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序章8話 足りないものだらけの治療

 念入りに何度も消毒したその寝室でリンは深呼吸をした。鼻孔にツンとしたアルコールの香りが漂ってくる。


「…準備完了。」


 ゴム製の手袋を付けいつもと同じように口元を隠せる三角巾を取り付ける。


「本日は、よろしくお願いします。」


 事前の麻酔によって眠りについたシルヴァーナに、付き添いにいるエレナへ、挨拶を述べる。皆の顔は期待と不安それらが半々になっている感じだった。


「それでは改めて…オペを、開始します。」


 その宣言と共に本格的な『治療』が始まった。


 -----------------


『患者は40代前半。男性。甘血症の疑いあり。血液検査によって症状の特定。』


 改めて自身の中のカルテを振り返りながら作業を開始した。リンはミレーヌに手を差し出すとそこへ竹筒に金属針を先端に取り付けたものが置かれた。皆、初めて見るこの器具に困惑していた。だがリンは目もくれず集中して作業を続ける。


『採血を開始……失敗確率10%』


 その竹筒は現代で言うところの注射器のようだった。先端を火で軽く炙った後、右腕の太い血管のあるところへ寸分違わずリンは針を通した。そして取っての部分を引くと竹筒の中へ血が溜まっていく。


『採血成功。成分の分析を開始…血の粘度が少し高く色が濃くなっている。…ほぼ確定。』


 リンの想像していたよりも遥かに進行していてリンは驚きを隠せなかった。これは多分異世界にある魔法の治療による影響が大きいのだろうと今は考えることをやめ次の工程へ移る。


『血糖を下げる。蜂蜜水と塩水で精製した生理食塩水の代替品で血圧維持を図る。』


 ミレーヌから手渡されたもう一本の竹筒に慎重に精製した水を入れる。そしてミレーヌへ何か指示を出すとミレーヌは緑色の液体を持ってきた。


『煮沸したサルビアフラムによって血管炎症を抑制。また高血糖によって傷ついた血管の炎症を減らすことで血糖を直接下げる。』


 これはミレーヌの知識で思いついたものであり上手くいくという確証にまでは至れていない。


『点滴、投与同時開始。』


 ミレーヌに合図を送るとミレーヌが緑色の液体をシルヴァーナ伯爵に飲ませた。リンはそれに続いて右前腕へ点滴する。


『経過を観察。血圧維持…成功。安定化を待ち次の工程へ。』


 リンは様子を伺いながらも次を考える。次の工程のために全身を観察し…その手掛かりを見つけた。


『灰色の斑点発見。腹部、8㎝ほど。炎症の可能性大。』


 正確性があるかは分からないがこれぐらいしかヒントは無いのだ。リンは慎重にその腹部の触診を始めた。案の定脈が弱く少し押すと硬さを感じた。


『血管硬化を確認。切開し血管の縫合。』


 リンは小さいナイフを取り出した。丁度、10cmぐらいのものだ。そして金属針と、糸を用意し一息の間に切開を始めた。


『切開開始。成功率70%。感染リスク高。急ぎ血管の縫合を行い消毒を施す。』


 手慣れた動きで血管を縫合していく。知る人が見ればそれはまるで芸術のようだったと言う。


『縫合完了。傷口への消毒、止血を行う。』


 ミレーヌに教えてもらいながら調合した薬草で消毒を行い布を結びつけて止血を行った。


『……現状行える全処置を終了。後は経過観察で問題なければ次の段階へ。』


 次の段階、それは長期の治療だ。まあこれは……


「起きてから、ですね。」


 リンは部屋を出てようやく一息つくのだった。


 -----------------

 

「治療は終わりました。気分はどうですか?」


 寝室にて初めて診察した時と同じように向かい合って話す。


「腹の辺りの違和感は消えたな……だがそれぐらいだろうか?」


「そうですか……」


 ということはまだ不調は残ったままでありやはり完治には至らなかった、ということだ。


「……シルヴァーナ伯爵」


「ガルディスでよいぞ。」


「ガルディス様、今から正直に、お伝えしますね。しっかり聞いてください。」


 こくりと頷いたので続ける。


「貴方のそれはまだ『完治』していません。そしてそれが『完治』する可能性は今後限りなく低いと言えます。」


「…………」


 返答はない。やはりショックなのだろう。


「なのでこれからは長期的に行って欲しいことを……」


「……は、食べても良いのか?」


「はい?」


 よく聞こえなかった。首を傾げるとワナワナと震えてもう一度言った。


「甘味は、食べてもいいのか……?」


「…………」


 思わず絶句した。しかも……背後から何やら寒気がしたし、暴れ出す前に終わらせよう。


「……駄目です。また血糖値が上がると今回のように処置が必要になります。甘いものは禁止です。」


「そん……な……」


 ガックリと項垂れるがこれが事実なのだ。それにミレーヌも言ってくれていたのだしこれはもう自業自得としか言えない。


「はい。それではこれから毎日やってほしいことを言っていくので……」


 項垂れているガルディスへ淡々と処置を告げていく。何はともあれ治療は終わったのだ。後はもう本人次第だ。


「……ちっ、躾が足らないか……」


 少し物騒な物言いが聞こえたのは、スルーしよう。


 -----------------


 一段落ついたため私達は帰り支度をしていたところ、エレナからお礼がしたいから部屋に来て欲しいと言われ部屋を訪れていた。

 エレナの部屋は思っていたよりも質素なもので少しイメージとは違った。


「本当に、本当に……ありがとうございました。」


 エレナが深々とお辞儀をした。私はなんとか返すのが正解なんだろうか。

 確かに危険な時期は脱せたと思うけどそれでも完治ではないのだ。


「いえ……それに、私に出来ることはここまでで、ここからはガルディス様次第になるかと。」


「はい。存じております。ですので私共も協力して必ず天命を全うさせて見せます。」


 ミレーヌと私が何度も言ったからかここ最近のガルディス様は本当に憔悴していた。でも仕方あるまい。全ては命あってのものなのだから。

 

「お嬢様、早く本題に入られては?」


 またミレーヌ様に叱られますよ、と隣で話を聞いていたフィオナが忠告した。それを聞いてかエレナは1度ピシャッと姿勢を正し咳払いをしてから本題を口にした。


「えぇと、その、実は折り入ってリン様に頼みがございまして…」


「頼み……ですか。」


 今度はなんだろうか。疑問を浮かべながらも続きの言葉を待った。ここにはミレーヌが居ないからか話し出すまでに1分近くは待った気がする。


「先程あんなことを言った手前、言いづらいのですが、その……この、領地における主治医になってもらえませんか?」


「……はい?」


 思わず口から疑問が零れ出ていた。今この人が言った言葉を正しく認知するのにかなりの時間を要した。


「その、ですね、やはりお父様のことがありますし万が一が起こった時安心できると言いますか……それに、今リン様は身寄りがないとのことでしょう?」


「はい……そう、ですね。一応は。」


 多分ミレーヌ辺りから聞いた話だろうが……その辺の詳しい事情を私は知らない。


「……なので私は……貴方の才能を、買いたい……いえ、欲しいと、そう思ったのです。」


 1呼吸置いて告げられたのは間違いのないエレナ自身の意思だった。

 

「リン様、どうかご一考、よろしくお願いします。」


「…………分かりました、1度、持ち帰らせてください。」


 長い長考の末、私は保留を選んだ。ここで決断するには私の視点だけじゃ不安だったからり

 

「……!ありがとうございます!」


 そんな曖昧な返事に対してもエレナは目を輝かせ深くお辞儀をした。


「……才能が欲しい……か。」


 私はその言葉の重みを思い出しながら部屋を出た。






竹筒で作った注射器は竹細工師と針職人を王都から呼び寄せ作らせた、一度きりの使い捨て道具。


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