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序章7話 本物の鬼見えし診察

 馬車で揺られること半日。ようやくその大きな館で馬車は止まった。半日ぶりの地上に私は少し感動していた。


「……死ぬかと思った。」


 あの大蛇と対峙した時よりも、だ。本当に、どうしようもない気分の悪さが未だに残っている。


「速さを重視との命令でしたので、申し訳ありません。」


「いえ……大丈夫、れふ……」


 少しよろめいて倒れそうになった。


「ったく、シャキッとしろ!今から領主様に挨拶するんだからね。」


 そこを支えながらミレーヌが出てくる。


「はひ……」


 気分の悪さを抱えつつもフィオナへ続いていく。館の前には沢山のメイドさんがいてびっくりした。その中の一人とフィオナが何か話している。


「フィオナさん、その子は?」

「この子が件の方です。」

「まぁ!誤解していましたわ。」


 ……まぁ、普通はそうだよね。


「話を通してきました。行きましょう。」


 話を通してきた、というのは分かるが……どうにもメイドさんや執事さんからの視線は……「こんなのにできるわけが無いだろう」ということを示していた。


「落ち着かないね。こういうのは。」


「そうですね……」


 小声でそういうやり取りをしながら私とミレーヌさんは館へと足を踏み入れた。


 -----------------


「こちらが旦那様の寝室でございます。今は……あぁ、丁度治癒士の方々が来ているところですね。少々お待ちを。」


 あれよあれよといつのまにやらこの領地の長のもとまで私とミレーヌは連れてこられていた。その間館の中がただただ「広いなぁ」と思って眺めていたが寝室もどうやら大きいらしく目の前にはとても大きい扉があった。


「本日もありがとうございました。」


 そんなことを考えながら待っているとフィオナが白い神官服を着た2人組に礼を述べた。一人は金髪の丸眼鏡を掛けた長身の男の人。もう一人は薄い紅色のロングで小さい女の人だ。あの人達がきっと『治癒士』ということだろう。


「ええ、ですがお力になれず申し訳ない…おや、そちらのお嬢さんは?」


 私に気付いたようで…視線が一気にこちらへ向く。正直隠れたくてしょうがないが客人として招かれたのにそれは失礼だろうと堪える。


「エレナ様直々に招いた地方の治癒士の方です。」


 どうやらそういう設定で私は呼ばれたらしい。不器用な笑顔を浮かべお辞儀をしておく。

 女の方は興味がなさそうだったが金髪の方の男の視線は違った。それはまるで…「こんな小娘ごときに」とでも言いそうな蔑みの目だった。


「こんな小娘ごときが…?戯れが過ぎるのでは?」


 ほんとに言ってくるとは……私が何も言い返さなかったからか男はさらに冗長した態度になった。でも、なんか言い返すことあるかなぁ…正直疑うのも無理ないと思うけど…


「それは我が主への侮辱とも取れますが?」


 フィオナさんは毅然と言い返した。しばらく、沈黙が訪れ睨み合いが始まる。

 そんな中私はというと口論ができるぐらいのコミュ力と度胸が羨ましいなぁ…なんて考えていた。

 呑気に考え事をしているとどうやら私には分からない駆け引きが終わったようで治癒士の二人は去っていった。


「…申し訳ありません。リン様。」


「あ、いえ…気にしてないので…」


「お気遣いありがとうございます。それでは長くなりましたがご案内しますね。」


 ほんとに気にしなくってもいいのになぁ…と考えていると背後のミレーヌが溜息をついたような気がした。


 -----------------


「旦那様、エレナ様、客人でございます。」


 部屋へ入ると豪華な寝台で眠る大男とそこへ付き添うエレナが見えた。多分あの人がシルヴァーナ伯爵…ということだろう。


「あ…フィオナ…早かったわね…」


 エレナの声色は暗かった。そこから察するに体調はあまり芳しくないのだろう。


「お父様、地方の治癒士の方が参りました。挨拶…できますか?」


「う…」


 のっそりと、巨体が起き上がる。改めて上半身だけでもかなりの大きさだ。


「君が…リン君か。」


「う、あ、えっと、ひゃい!」


 その鋭すぎる眼光で見つめられ反応がたじたじになってしまった。正直大柄な男性というだけで少し苦手なのに顔つきがあまりにもいかつい。失礼だけども…


「そうか……エレナ。」


 エレナに呼びかけると何かを耳打ちした。そしてしばらく何かを考えた後、私を手招きした。


「…?」


 とりあえず呼んでいるのだろうと行こうとした。のだがそれをミレーヌが止めた。そして…何を思ったのかミレーヌがシルヴァーナ伯爵の方へ歩み寄ると…


「だから言っただろうが!死にたいのかって!」


 胸倉を掴んで叫んだ。それも唾を吐き散らすほどに。

 その行動に私も、エレナも…フィオナでさえも目を丸くして困惑していた。


「あんだけ口酸っぱく酒や果実汁はやめろと言っただろうに…それに、どうせ甘味も控えちゃいないんだろ?」


「う、うぐぅ…」


 その指摘に動くことの無さそうだった表情が弱弱しいものになった。


「…だって、美味しいんだもん…」


「限度があるだろ!限度!言われてないとは言わせないよ。」


 凄い剣幕に押されていた。可哀そうではあるが…その内容は聞き逃せないものがあった。


「えっと、ミレーヌさんは、シルヴァーナ伯爵とお知り合いですか?」


「知り合いも何も、元々はこいつの主治医って奴だったさね。」


 初耳である。だから思うところはある、と言っていたのだろう。…というか今こいつって、一応伯爵に対してあまりにも失礼じゃない?とフィオナやエレナの方へ視線をやるもミレーヌが怖いのか驚いたのか動けないようだった。


「エレナ。あんたこいつから甘味を強請られたりしたかい?具体的にはこいつが本格的に病床についたあたりから。」


「え、え、あ、えっ」


「エレナ。あんたこいつから」


「ひゃい!」


「へぇ…」


 脅迫じみた質問から得た答えによってミレーヌの顔は益々鬼の形相になっていく。


「そんだけ死にたいなら私が殺してやらぁ!」


「ちょ、ちょっと!流石にダメですって!」


 私とフィオナが飛びついて今にも殴りそうだったミレーヌの拳を止めた。正直怖すぎて別人だと思いたくなる。


「ひぃぃぃぃぃ…」


 シルヴァーナ伯爵は情けなく寝台の隅で蹲る。大の大男が、である。それも見てられないしミレーヌを止めるのも厳しいしでどうしようか。


「ミレーヌさん、私たちは『治療』に来たんです!手遅れや不摂生を責めても意味が無いです!」


 これは医者としての基本的なことだ。もう正直なところ責めたいことがあっても言ったところで現状は何も変わらないのだ。だから今を診てどうしていくかを考える。それしかないのである。


「っ…………すまんね。やっぱりその顔見ると頭に血が昇っちまったよ。」


 一体シルヴァーナ伯爵が何をやらかしたと言うのか。知る由もないがとりあえず止まってくれて助かった。


「怖いよぉ……」


 気弱にグズるシルヴァーナ伯爵が寝台から出てきてくれるまで約1時間、私達は待つことになった。


 -----------------


 ミレーヌを部屋に入れないこと、付き添いをフィオナとエレナにすることでようやくシルヴァーナ伯爵は寝台から出てきてくれた。


「ええと、それでは、診ていきますね。」


 私は目の前の巨体を観察する。


『患者は40代男性。体型は…長身、かつやや肥満型。…顔色が悪く、衰弱しているように見える。』


 事前でわかる情報はこの程度。だがさっきの暇な時間にミレーヌから聞いていたこともある。


『甘味、酒、果実水が好物。運動は苦手。』


 そこから察するにこれは……私も知っている、あれだ。


「糖尿病に酷似したもの。ですね。まだ確定したわけじゃありませんし……そうですね、『甘血症』と仮名付けましょう。」


「甘血症?」


「えぇ、甘いものや糖を摂りすぎるとなりうるもので最悪の場合は足を切り落とすことになります。」


「えぇ!?」


 驚かれるがこれが現実だ。人の体など弱いもので不調ひとつが死に至る原因にもなる。


「安心……していいかは分かりませんが軽く見たところまだそこまでは至っていません。これから処置について考えるのでまた後日、お時間をいただきます。……その間、甘味などは制限されるよう、お願いしますね。」


 頭の中にメモをしつつ最後に忠告すると項垂れていた。医者2人に言われれば納得してくれるだろうか。


「ここからが……忙しい、ですね。」


 そう呟きながら私は寝室を出た。


 -----------------


 早速私は案内された客室でメモ書きを始めた。


 必要なもの

 ・採血道具(注射器が無い。代用品を考える必要あり)

 ・輸液(生理食用水が必要。蜂蜜水を塩水で薄めたものなら代用は可能……かも?)

 ・消毒液(薬草を使用)

 ・麻酔(薬草を使用)

 ・ガーゼ(清潔な布を使用)


「……無理じゃない?これ……」


 改めて施術に必要なものを書き出しているがあまりにも無謀に近しい。特に採血道具だ。これが無ければ今の症状がどこまで行っているか確かめることも出来ない。


「シルヴァーナ伯爵の容体からしてまだ余裕はあるし…これは先に知識を得る必要があるかな…」


 視野を狭めるなと自身に言い聞かせる。ここは異世界なのだ。私にも知らない医学の知識はきっと山ほどある…はず。だからこういう時は…


「ミレーヌさん。教えてほしいことがあります。」


「なんだい…今日はもう遅いだろう。早く寝ないと背が伸びねえぞ。」


「出来る限り早い方がいいので。ミレーヌさんも知りたいでしょ?…あの病気の治し方。」


 そう言うとミレーヌの目の色が変わったような気がした。小娘ごときが…と考えている気がするが気にせず要望を告げる。


「医学についてまとめている本はありますか?…その、魔法などについても載っているものだと助かるんですけど。」


 ミレーヌはここで主治医をやっていたと言っていた。つまりその類のものはミレーヌが知っているはずだ。


「それが病気の治し方とどう繋がるんだい?少なくとも私が知っている知識じゃあれの完全な治療法は無くポーションで症状を遅らせることしか出来なかった…と思うんだが。」


 治す方法がない。それは、正解だ。前世の世界でも完全な治療法は無かった。それでもこのまま何も対処しないままだったら危険なのは明白である。


「ミレーヌさんもご存知の通り、私の知識は偏っていますので。」


 ミレーヌはそれもそうかと納得した顔をしたが…首を横に振った。


「駄目だね…ここの書庫に記した医学書は全部燃やされただろうからね。」


 燃やされた…?怪訝な顔をしているとミレーヌはフッと笑みを浮かべた。この顔は…いつもの悪だくみだ。


「安心しな。私の頭の中に残っている知識であれば全部くれてやる。」


 きっと何か別の思惑があるんだろうが教えてくれるのならそれでいい。なので私は…


「ありがとうございます。」


 と、一言礼を述べた。


 ここから数日間、私の持つ知識とミレーヌの持つ知識を照らし合わせお互いに足りない部分の理解を深めた。そしてそこから数週間。必要なものと、知識を揃えた私はシルヴァーナ伯爵の手術へ挑んだ。



最後の部分、ここら辺のものまで書き出すと序章だけで半端ない長さになりそうだったので割愛することになりました。

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