序章6話 厄介な頼み事
私とミレーヌはようやく執務室の椅子へ腰を下ろすことが出来た。お互い疲労が濃い。
「やっと、今日で終わりかな……」
腕捲りを戻し三角巾を外す。額には汗が滲み連日の悲惨さが傍目から見てもよく分かる。
「ひとまずは落ち着いたね。」
「はい……後は足りない薬草とか、ポーションを使っての治療になると思います。」
私の手術はあくまで応急処置にしかなっていないのだ。毒を完治させたりは出来ない。それも進行を遅らせる程度の処置しか。
「ま、あんだけカツカツな中よくやった方さ。寧ろ死者ゼロなのが凄いねぇ。」
「え……死亡者居ないんですか?」
その情報は初耳だった。てっきりもう何人も……
「あぁ。なにせどっかの誰かさんが次々と魔物を討伐したらしいからねぇ。なぁ、リン。」
ミレーヌさんの目……間違いなく確信持ってる目だ。あんたがやったんだろって。別に隠したい訳じゃない、けど……
「それは良かったですね…一体どこの誰なんでしょう?」
わざわざ言うことでもないし吹聴されてそっちの仕事まで任されちゃ溜まったものじゃない。
「あえっと、ポーションは、どうなりそうですか?」
そのため内心焦りつつも話題を本筋へ戻す。
「あの領主代理様なら大丈夫そうさね。若いから食いもんにしてやろうと思ったが、存外芯がしっかりしてたよ。」
「う、うわぁ……」
その領主代理様には同情するなぁ……正直ミレーヌとそういった駆け引きで勝てる気が全くしないのだ。
「えぇと、それならポーションが届いたら使い方を教えて貰ってもいいですか?」
だからこそ、素直に強請る。というかミレーヌはなんというか……こういうことは断らないのだ。
「最初からそのつもりよ。あんたに教えりゃ私の負担も減るからねぇ。」
……自分にもメリットがあるもんね。もう隠す気も無さそう。でも……それだけ信用されてるってこと、だよね?
「ありがとうございます……ふふ……」
「何笑ってんだい、気持ち悪い……あ、あぁ……そういやぁリン。」
呆れたように言った後何かを思い出したようで名が呼ばれた。
「領主代理様がなんかあんたに用があったみたいでねぇ……」
「はぁ……」
「それであんたが施術中に話しかけてきたんだけど……」
……待って、嫌な予感が……
「……まさか、やらかしてます?」
「あぁ……『治療中。マスクも無しに何のつもり?邪魔するなら消えて。』って言ってたねぇ!あの時の領主代理様の顔と来たら……はー……腹痛い」
膝をバシバシと叩きながら思い出し笑いをする。その内容、決して笑える内容じゃないと思うんだけど?
「い、今から謝りに行きます!!」
急いで支度せねば。今ならまだ……と、慌ただしく必要な荷物と身支度を整えだした。
「その必要は無いよ……ほら。」
ドアの方へ視線が向けられ私もそちらを向く。
「……今は、大丈夫かしら。ミレーヌ様?」
すると読み通りだったろ?という顔をミレーヌがしながらドアの方へ向かっていく。
「あんたはそこに座ってな。はいはーい。今行くよ。」
言われたため再び同じ席へと戻る。そしてミレーヌが対応するのを待っていると……
「先程はお忙しい中失礼しました。」
綺麗な金髪ロングの女性が入口でお辞儀をした。……怒って、ない?
「いえ、こちら、こ、そ……」
と、言っている途中で気付いた。物凄く……顔が、怒っていることに……
(どど、ど、どうしよう〜!!?)
これが、私の領主代理様元いエレナ様との初対面だった。
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執務室の空気はヒリついていた。私は隣のミレーヌに助けを求めたい気持ちをなんとか抑えつつ相手の言葉を待った。
「改めてご挨拶を。私はエレナ・シルヴァーナ。シルヴァーナ伯爵ことガルディス・シルヴァーナの一人娘です。どうぞ、エレナとお呼びください。リン様。」
丁寧な所作だった。素人目から見ても……分かりやすく、本当に丁寧だった。少しは、話になりそうかな?
「え、えっと、私は、リンです。」
「はい、存じておりますよ?」
自己紹介のターンだと思って頑張って言ったのに何故か首を傾げられた。
「……」
あ、あれ?これやっちゃった?わかんなくて相手の話し出し待ってたんだけど!?
私が困ってオロオロしていると少しエレナの顔が緩んだような気がした。
「……本日はお忙しい中お時間を作っていただき、本当にありがとうございます。リン様。」
「い、いえいえ!こちらこそ足を運んでいただいて…」
「っ……違うのです!どうしても、どうしても……リン様に頼みたいことがありまして……!」
私の言葉を遮ってエレナが立ち上がった。思わず怯んで椅子が揺れる。
「お嬢様。少しはしたないかと。」
何を言われるのか戦々恐々してたがエレナのそばに居た赤髪のお姉さん侍女が宥めた。
「こ、こほん……少々、高ぶっていまして……」
頬を赤らめ咳払いをしてから座り直した。そして今一度私を見つめてきた。
「……さっさと本題に入って欲しいんだが。」
「ミレーヌさん?お静かに……」
本音が出てしまっていたミレーヌを小声で抑えつつエレナの言葉を待った。
「このタイプはケツ叩かないといつまでもうだうだと無駄を重ねるんだよ。」
しかしミレーヌは大人しくしているつもりは毛頭無いようで目の前の領主代理にはっきりと、そう告げた。普通なら処刑物なんじゃないかと心配していたが……
「失礼しました。ミレーヌ様。」
領主代理様の方が頭を下げている。……ミレーヌさん、何をしたの?
「本題!謝罪なんか求めちゃいないよ。」
「は、はひぃ!」
……どっちが上の立場なのか分からなくなってきた。エレナ様……なんか私と似た雰囲気する……
「え、えっとですね。その、リン様に頼み事がありまして…」
「頼み事、ですか…」
領主代理様からの、頼み事……
(嫌な予感しかしない……!)
「はい。今現在、私の父ガルディス・シルヴァーナは病床に伏せっているのです。しかも……治癒院の方々は治せない、と。」
……やっぱり、そういう感じだよね……
「そこで、リン様です。その、リン様なら……もしかしなくても、可能性が……」
チラチラと、視線を向けながら要望を告げてくる。なんというか……こういう『頼み事』はもしかして下手なのかもしれない。
「……容態、診察結果次第。失敗しても、その、処刑とか……罪に問われることがないのであれば、やります。勿論報酬は頂きますが。」
「本当ですか!?」
身を乗り出し手が握られる。驚きのあまり少しの間動けなかった。
「早速馬車を手配します!日程はいつ頃が良いのでしょうか?それにご家族の方の許可も…」
「お嬢様。」
「うぅ……でもぉ……」
早口で捲し立てるエレナをメイドさんが諌めてくれた。エレナはこの人には弱いみたい。
「許可も何も、その子の保護者は私さね。その子が行くと決めたなら私は構わないさ。」
ミレーヌの言葉でエレナの目がぱぁっと輝く。
「リン様、ありがとうございます。詳しい話はこちらのフィオナにお願いします。私は今から館へ戻って父へ知らせてきます!」
深々とお辞儀をすると慌ただしく執務室を出て行った。なんというか、喜怒哀楽が激しい子だなぁ。エリカみたい。
「話をお受け頂きありがとうございます。リン様。」
フィオナと呼ばれた赤髪のメイドさんから改めてお礼を言われる。
「いえ……これが、『仕事』ですから。」
それに、まだ……必ず助けられるとも決まっていないのだから。
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私は翌日、エレナを追うように馬車に揺られていた。
「うぅ……揺れるぅ……」
独特な揺れだったため少し酔いそうだ。船が近いだろうか。
「はぁ……外の空気でも吸ってりゃ良くなるよ。それにしてもなんで私まで……」
向かいの席にはミレーヌが居る。私の要望で向かう条件にミレーヌの同行を入れたのだ。
「ミレーヌさんが居ないと私が困るの。それに悪い話じゃないでしょ……」
ゆっくりと立ち上がり馬車の御者台の方へ向かう。ミレーヌの言っていたように外の空気を吸おうと思って。
「そうだけどねぇ……ま、私にも思うことはあるからね……」
頭を抱えている。そんなに嫌なのだろうか?それともあの村にそんなに思い入れが……
と、そんなことを考えつつ馬車の荷台の扉を開くと美しい赤髪が目に入ってきた。
「リン様、どうなさいました?」
「フィオナさん、えっと、少し、外の空気、吸いたくて。」
「あぁ……揺れますからね。どうぞ。」
少し咳をずらし座れるスペースを作ってくれた。私は少し遠慮しつつも座った。
「空気、美味しい……」
そんな言葉が漏れるほどには空気が綺麗だった。多分、都会育ちだからこういう田舎な空気が新鮮なんだと思う。
「ここらは森林地帯が多いですからね。自然と空気も良くなるのです。」
「はぁ……」
気の抜けた返事をする。気分が悪くあまり頭が回らないのだ。
「……」
しばらく互いに無言のまま馬車に揺られているとフィオナの方に少し機械チックの鳥が飛んできて、肩に止まった。
『エレナよ。フィオナ、旅路は順調かしら?順調なら何も返さなくて結構よ。今の予定で進めるわ。』
それだけ言うと鳥は綺麗な赤色の石へと変わった。
「い、今のって、なんですか?」
気になって尋ねてしまった。企業秘密だったりするのだろうか。
「魔道具ですが……?あぁ、あのような村ではあまり見ないものですしね。」
「魔道具……?」
私が首を傾げていると初めてフィオナが困惑した顔をした。
「そいつは色々と記憶が抜け落ちてんのさ。教えてやっといてくれ。」
その時、まるで会話が聞こえていたかのようにミレーヌが顔をのぞかせて言った。
「……記憶喪失、ですか?」
「まぁ、そんなところ、ですかね?」
何故か疑問に疑問で返してしまった。私にだって未だによく分かっちゃいないのだ。
「大変ですね……魔道具についてですが、特定の魔法を直接道具として形にして誰でも使えるようにしたもの、と言えば分かりやすいでしょうか。」
「ふむ……」
「例えばこれは『通信』の魔法を使った魔道具です。この子はかなりの高性質なので何度でも使えるタイプのやつですね。」
「へぇ……」
通信……伝書鳩?だから鳥なのかなぁ……
「便利な道具だとでも思ってればいいですよ。あ、揺れます。」
「へ?」
ガタンっ!と、今までにない揺れが起きた。
「うひぅ!?」
体制を崩して落ちそうになるもフィオナはそれを読んでいたかのように私の首根っこを掴んだ。
「ここからは悪路です。お戻りになった方が良いかと。」
「はい……」
これ以上迷惑をかけないために私は馬車の荷台へと戻るのだった。
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