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序章5話 薬草の瓶の蓋はとても硬い

「伝令!伝令!」


使番の大きな声に領主の一人娘こと、エレナ・シルヴァーナは目を覚ました。


「何事です?」


エレナは重い絹の毛布を押しのけベッドに腰掛ける。すぐさま侍女が駆け寄ってくる。いつも思うが早すぎないだろうか。


「おはようございます。お嬢様。どうやらまたルミエール村に魔物の群れが出たみたいですよ。騎士団の方々がうずうずしていましたがいつもの冒険者が村へ向かったようです。」


お淑やかに答える赤髪の若い侍女、フィオナは淡々とエレナの服を着替えさせ髪を整え出す。


「そう、なら心配はいらないのよね?リュイが行ったんでしょう?」


リュイはこの領地でも1、2を争う冒険者だ。普通の魔物の群れぐらいならケロッと帰ってくるだろう。そう考えていた……のだがフィオナは首を横に振った。


「何やら妙なことが起こったみたいですよ。あ、魔物は無事に討伐されたみたいです。」


「妙なこと?」


振り向いて聞こうとしたら「動かないでください」と止められそのままエレナの長い金髪を櫛で梳き始めた。


「詳しくは知りませんね。ただいつもよりポーションの要求量が多かったのと先程の伝令で恐らくは……」


フィオナがドアの方を向く。何かあるのかとエレナも同じほうを向いたその時。


「失礼します!領主代理!ルミエール村から要請です!魔物の被害報告と家を失ったものの処遇についてだそうです。」


元気よく言うとドアの前で返事を待っている様子が伺える。


「では、行きましょうか。」


フィオナは最後にエレナのお出かけ用の上着のボタンを丁度閉め終え自身の準備を始め出す。


「……今日もありがとう。そしてよろしく。」


エレナもフィオナに礼を言い部屋の戸へと向かった。


「不吉な事じゃなければいいのだけど。」


祈るように、そう呟きながら。



-----------------


丁度エレナの馬車が館を出立した頃…

ルミエール村にてリンは村人達の治療を行っていた。既に魔物騒動から二日立ったが怪我人は多く止血などの簡易的な治療は出来ても薬草やポーションが足りず治療の手がなかなか追いつかない状況だった。それでもリンはミレーヌと役割分担しリンが診察、簡単な治療を行いミレーヌがその診察結果に基づき治療を施していった。


『患者1、30代、男性。腹部裂傷。影狼によるもの。皮膚変色以上無し。毒物の危険性低。致命率60%。止血、薬草またはポーションによる処置が必要。』


『患者2。20代、女性。脚部変色。毒液による可能性大。直ちに切開手術を開始…毒素流水により排出成功。傷口洗浄後縫合開始。1分50秒で成功。感染リスクゼロではないため様子見が必要。』


『患者3、60代、男性。右腕骨折。左脚部骨折。他にも切り傷あり。皮膚変色無し。簡易ギプスにより固定。安静にする。』


『患者4、40代、男性。頭部から流血。噛み跡あり。影狼によるものと推測。止血、消毒後、縫合によって処置。』


『患者5、7歳、女子。脚部に傷あり。恐らくは転んでできたものと推測。消毒後布を当て感染リスクを最低限に。』


『患者6、女性、20代。左腕から左肩にかけて変色症状あり。毒物によるものと判断し患者2と同様の対応を行う。』


次々とリンは診察、治療を繰り返していく。例え、終わりが見えなくても、ここにいる人たちを『医者』として救うために。


-----------------


「到着しました。」


御者の一言でフィオナが動き出す。先んじて馬車から飛び降りた後ドアを開きエレナの降車補助である。


「ありがとう。」


お礼を御者と、フィオナにも告げた後エレナは村の様子を伺う。門の前から見える分だけでもかなりの荒れ具合が分かった。家々の屋根は何かに溶かされており窓や戸は食い破られたような跡がある。


「ひぇ…」


「気を確かに、お嬢様。」


エレナの荷物を持ったフィオナが思わず倒れそうになったエレナを支える。そうだ、自分は今領主の代わりで来ているのだとエレナは自身に言い聞かせ気を取り直す。


「クロウ。」


御者を見送っていたエレナの側近、黒髪オールバックの執事の名が呼ばれた。


「なんなりと、マイマスター。」


「村の者に許可を取ってきて頂戴。門兵も立てない程に損害を受けているみたいだもの。こちらから向かいましょう。」


「はっ!」


エレナの意見は普通の、所謂お高く留まっている貴族からすればありえないことだ。だがここにはエレナのやることを否定するものはおらず淡々とことが進んでいく。


「許可を頂きました。行きましょう。」


五分程待っているとクロウが許可を手に帰ってきた。エレナ達一行は村へ足を踏み入れた。


「まぁ…」


外からでは見えなかった部分が見え思わず顔をしかめてしまった。それは、大量の怪我人だった。もはや治療小屋にも入りきらなかったのだろう。布を大量に敷いた地べたに寝転がされている。


「ざっと見て60人近く。この村の成人男性はほぼ全員だと見てもよいかと。」


フィオナの声色も少し暗かった。いつも冷静な彼女ですら想像していなかったということだ。


「クロウ、今統率を取っているものを探してきて話を付けてきて。その間私たちは…少し村を見回ります。」


クロウはそれを聞くと首を縦に振ってどこかへ向かって行った。


「行きましょう、お嬢様。」


フィオナが先行して歩き出す。エレナも応じて、着いていく。


「一体、何があったというの…?」


その疑問を口にしながら。


-----------------


村の損壊状況を確認した後、今度は村人達に声をかけようかと思っていたところでクロウが帰ってきた。


「今村の統率を取っているものはミレーヌのようです。ですが彼女は現在怪我人の治療中に当たっているため手が離せない、とリュイ殿から聞きました。」


「リュイは無事なのね。よかったわ。」


リュイがいればひとまずまた群れが来ても大丈夫だろうし、一安心では、ある…?


「どうされましたか?お嬢様。」


エレナが疑問に首を傾げているとフィオナは心配そうに顔を除く。


「いえ、大丈夫よ。」


「そうですか…」


納得はいってないがそう言うなら、という顔でフィオナが引き下がる。そんなやり取りをしていたら一人の50代くらい女性が走ってこちらへ向かってきていた。そしてエレナの目の前に立つと膝立ちになり肩を上下させた。


「すまないねぇ、碌な接待も出来なくて。」


額の汗を手で拭いながら言った。多分この人が…


「私ゃミレーヌ。今の村を一応まとめさせてもらってる。村長代理さ。」


やはり。クロウの言っていたミレーヌだ。思っていたよりも朗らかそうで安心…


「こちらこそ、そんなに急がせてしまって申し訳ありません。」


ひとまずの挨拶はこれで終わりだろう。問題は本題が何かである。


「とんでもない、呼び立てしたのはこっちだしねぇ……早速本題に入ってもいいかい?」


その時、ミレーヌがにやりと不敵な笑みを浮かべた。それはまるで…獲物を見つけた狩人のようだった。


「え、えぇ…」


エレナは怯みながらもそう答えた。その態度が余計にミレーヌの笑みを深めたことも知らずに。


-----------------


「とにかくさ、大量のポーションと家屋の損害補償、それの融通をお願いしたいね。」


応接室、というには簡易すぎる机と椅子があるだけの部屋に案内され座った開口一番にミレーヌが言った。既に取り繕うつもりは無いらしい。つまりは舐められている、とエレナは判断した。


「具体的な数字の提示をお願いします。それによって判断致します。」


とにかく背筋だ、と自身にエレナは言い聞かせた。姿勢をよく保つだけでその人の見え方は変わるものだ。


「…この村の惨状を見たうえで即決できないのかい?」


その言葉はあまりにも重かった。確かに、即決したい気持ちはある。それでも…


「人の上に立つものが下の者の言いなりになってどうするのですか。」


エレナは自分にできる限りの圧を放って堂々と言った。これだけは、譲ってはならない。それが領主だから。


「…ふぅん…あんたとはいい仲になれそうだね。」


また、笑みを浮かべた。だが今度は先ほどのようなものではなく、見定めているようだった。

果たしてこの女性はどれほどの修羅場をくぐっているのだろうか。そんなことを考えさせられるほどの貫禄を感じた。


「じゃあ早速」


ミレーヌが本当の意味で本題へ行こうとしたその時、応接室の戸が開かれた。


「あ、あの、ミレーヌ、さん。今いいですか!」


少女…10歳ぐらいの、青みがかった黒髪の少女が声を張り上げた。顔を見ればかなり汗をかいておりどうやらかなり緊急のようだ。


「…一旦、中断だね。悪いが待っててくれると助かるね。」


そう言って立ち上がり少女の元へ行く。どうして自分よりもそちらが優先なのか少し疑問に思ったのだが言わないでおいた。きっとミレーヌにはそれなりの考えがあるはずだから。


「で、どうしたんだい。リン。」


「この、新品の奴、開けれなくって…」


リンと呼ばれた少女はごそごそとポケットの中から瓶を取り出した。ちょうどジャムを入れるぐらいの大きさのもので中には…草だろうか。それらしいものが入っている。


ミレーヌは少し腑抜けたような、安心したような顔をした後瓶を「フンっ」と回し開けリンへ手渡した。


「他には?」


「えと、広場のもの全部です。補充お願いします。」


「最初からそう言いな。」


そんな会話を為しながら親子のように見える二人は応接室を出ていった。なんなのだろうか。あの少女は…


「フィオナ。私も行きます。」


気になった私は彼女らに着いていくことにした。


-----------------


広場へ出ると二人は怪我人の一人の近くへしゃがんで何かしていた。ミレーヌは治療を担当しているらしいし少女はその手伝いだろうか…と思って近くへ寄った。


『患者23、男性。30代。胸部から腹部にかけて爪痕。流血あり。止血、消毒、縫合の順で施術。』


「…!」


エレナはその光景を見て思わず言葉を失った。なぜなら…その少女がすさまじい手さばきで施術を行っていたからだ。それは常人である自分からしても異様なものであるということだけは分かった。


『患者23、容体安定。次に、行きます。』


リンが一度手を止めたとき。今しかないとエレナは決心して叫ぶ。


「あの。リン様、少々お時間…」


『治療中。マスクも無しに何のつもり?邪魔するなら消えて。』


その決心を折るほどの眼力で睨まれ身体から力が抜ける。


「え…?」


ミレーヌに同情されるような眼を向けられた後エレナは侍女と側近に連れられ応接室へと引きずられるのだった。







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