4章1話 最後の馬車…だったらいいな
「服…よし。持ち物は…私は、これで充分かな。」
私は、アラキナに貰った服を着て荷袋に手術用の道具を入れる。恐らく…恐らくであるが…審議の場である王都に行くまでの間、ほぼ確実に何かが起こるだろう。
「無事に着くと良いんですけどね…」
現在、ヴィンセントが捕縛され…ヴィンセント側に取れる手段は既に強硬手段以外無いだろう。
そしてその機会も…私が賢人に認められれば、当分起こりえない。つまるところこれは…王都に着くまでが勝負ということだ。
「きゅ…」
「お前は連れていけないの。ごめんね。」
私をうるうるとした瞳で見つめてくる名前のない『竜』。出会って約一週間とちょっと、大人しくはしてくれていたがなんというか……やっぱり偉く私に引っ付きたがる。そのせいである程度何を言いたいのか分かるようになってきたし…
「準備は終わった?リン。」
準備が終わったらしいアラキナが声を掛けてくる。その装いは…かつての襲撃された時を思い出す、真っ黒なローブ。どうやらこれには色々と魔法印が仕込まれているらしくこれも証拠になるから持っていくついでに着るらしい。その下にはフィオナ達がいつも着ていたパンツスタイルの旅装を着込んでいるらしい。
「うん。ただこの子が行きたがってて…」
「…うーん…流石に『竜』を連れて行って何言われるか…」
『竜』の存在自体、この国ではおとぎ話とされている。その上連れて行って反逆を考えていると言われたらどうしようもない。それと本当に制御可能なのか怪しいということもあるため、自信満々に「自分なら勝てる」と言ってのけたガルディス様のところから離れさせたくない。
「…いい子に出来たら…ご褒美を上げるから…大人しくしてくれない?」
私ですらしゃがまないと上手く視線の合わない小さな『竜』に言い聞かせる。この一週間で言葉は離せないが言葉が通じていることは分かった。だから意味は理解してる…はずだ。
「キュゥ?」
「うん…えっと、好きなお肉でも…なんでも、うん。なんでも上げるから…いい子にしてて。いい?」
「キュウ!」
…納得、してくれた…かな。撫でるとすごい手を舐められた。ちょっと…ざらざらしてる…手洗っとかないと…
「本当に飼い主みたいだね。」
「…『竜』って愛玩動物になるかな?」
正直まだこの子の処遇も何も決まっていない。不安だらけで匿っている。このままいい子でいてくれればいいが…そう上手くは行かない、気がする。
「知性があるのは分かるけど…前例なんて無いからね…」
うーんとアラキナが頭を唸らせる。…何にも分かってない顔してるけどあなたのことだからね?まぁ…今は…考えても仕方ないか…
「…考えてもしょうがないし、今は大人しくしてくれるみたいだし、行こうか。」
「そうだね。ナ―シャも準備出来てるから…あぁ、覚悟は大丈夫?」
「う…うん。頑張る。」
何を、と言われれば無論…馬車、である。この世界にて多分私を一番苦しめたのは間違いなく…馬車だろう。そのための覚悟は昨日、済ませた。
王都へ行くのは私、アラキナ、ナ―シャの三人。ガルディスがヴィンセントを更迭するらしく別ルートで向かうらしくもう既に出立している。そのためこの三人での旅となる。
「行ってらっしゃいませ!リン様!」
「ご武運を祈ります。」
準備を終え、後は馬車に乗るだけ。見送りにエレナとフィオナがやってきた。遂に……最後、本当に最後の…大勝負。その始まりである。
「行ってきます!」
私は…色んな覚悟を込めてそう言って…馬車へと乗り込んだ。
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ただの1人の、シルヴァーナ家の従者が居た。
従者は洗濯物を干しに庭へ出ていた。
「あら?…貴方は…たしか…1週間前に来た子ね?」
その庭へ、ふよふよと翼を羽ばたきながらさ迷ってきた1匹の白い『竜』。何やら色々あってこの屋敷で引き取ることになったというのは従者達の中で噂になっていた。
普通ならば恐れおののくような存在なのだが…その様子はどこからどう見ても犬や猫のようなただの可愛らしい動物にしか見えなかった。そのためか、従者は『竜』に話しかけたのだ。
「キュ…」
「どうしたの?」
「キュゥ…」
『竜』は何処か寂しそうに…門前に止まっている馬車を見つめている。
「あれに乗りたいの?」
あれはたしかリン様らが王都に向かうもののはずだが…まだ出立しないようだし、少しならいいかと…従者は考えた。
「ほら…これでどう?」
「キュウ…!」
『竜』は馬車に乗り込むと…嬉しそうな表情になった。可愛らしい顔に従者が顔を緩ませていると従者を呼ぶ声がした。
「あれいけない…まだ洗濯終わってなかったわ…出立の前には降りるのよ?」
「キュウ?」
『竜』は首をこてんと傾げたが…従者はそそくさとその場を後にした。
こうして…歯車が、狂った。
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私の嫌な予感は往々にして、当たるものだ。本当に…嫌なほど。
「検問です。荷物の確認をさせていただきます。」
…場所は王都から500m程離れた何も無い野道。そこに…5人ほどの集まり。そのうちの1人、長らしき人物が検問と、言った。
「…何か聞いていますか?」
「いえ…それに、検問ならば門でするでしょう。」
「…随分と間抜けですね。」
さて…早速けしかけてきた訳だが…どうしようか…
「あ、ちょっと!」
「失礼します。」
私達が許可を出すよりも先に、強引に2台の戸が開かれる。…確かに見た感じ兵士に見えるけど…
その時、ナーシャが動いた。一瞬で詠唱を終え、接近し…
「立ち振る舞いがなっていませんね。30点です。」
「ほう…?手の早い女は好かれんぞ?」
魔法の発動とともに、馬車から飛び降りる。
これはまた…結局は武力解決しか無いのか…
「アラキナ、馬車止めて。」
…持ってきて正解だったね……早速、役に立ちそう。
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「はっ、たかが治癒士が一体何をグエッ」
ラッキー。1人無防備だったから喉を貫いちゃった。
「は?」
あれ?動きが遅い…隙あり。更に1人やり…
大したことないなぁ…
「『ファル・マグナス』!」
「『ファル・アルカス』!」
兵士が魔法壁を。ナーシャが攻撃魔法を放つが…あ、ナーシャが押し切りそう。
「…可哀想なぐらい一方的…だねぇ。どう思う?」
「はい…見たところ気概の強さで勝ってる…」
!…今、背後から…アラキナじゃない!誰───?
振り向けば私に似た、藍色の髪を垂らした…気品のある男が居た。何…この人…まるで気配が…
「リン!」
アラキナが魔法を放つ。精密にコントロールされたその魔法は私を掻い潜り背後の男へと…
「『反射魔法』」
着弾する前、見えない壁がそれを遮り…逆にアラキナの方へと軌道が変わる。
「っ…『ファル・アルカス』!」
その魔法はアラキナの防御魔法によって潰える。今の現象は…
「『反射』…だ。1度見られたら分かるだろうしね。」
…魔法の反射。少なくとも私が学んだ中にはそのような魔法は見られていない。つまりは…『固有魔法』ということか。
「タネが分かっても、普通は…どうしようもないんだけどね。」
私は『敵』と認識した瞬間には動いていた。
糸をしならせ距離が離せないよう繋ぎ…ナイフを持ってして反撃に出る。
ナイフは…男の喉を食い破る直前で止まった。見えない何かによって。
「危ないな……お前は魔法を使わないのか?」
「『反射』されると分かっているのに使うとでも?」
…ほんとは使えないだけだが…今はそれはいいだろう。何にせよ…うちには武闘派のメイドがいる。
「隙ありっ!」
「『ミル・アルカス』!」
私の攻撃を止めている間に兵士を全員やり終えたナーシャが後頭部に飛び蹴りを、アラキナが横腹へ魔法を放つ。
「レディが足を安易に上げるんじゃない…あと、魔法は我には効かん。」
私の手首を左手で、ナ―シャの蹴りを右手の手の甲で受け…アラキナの魔法を魔法障壁で受けきった。
…反射神経と状況判断能力が異様に高い…!でも…受けることしか…
「ふむ…間に合ったか。」
「え…」
ブオン!…と、何かの衝撃に襲われ、一気に吹き飛ぶ。受け身を取ることに成功したがこれでは振り出しに…
男が、パチンと指を弾いた。私には分からなかったが…アラキナやナ―シャは何かに気付き王都の方に視線をやった。
「何…これ…」
私遅れてもそちらを向けば透明な膜のようなものが見えた。
「侵入者を防ぐ結界だ。当分、王都には誰も入れなくなるだろうな。」
「なっ…リン様には賢人の審議が…」
「あぁ知っているとも。寧ろ、だから私がここにいる。」
男は切り株に腰を下ろし…余裕綽々な態度で、言った。
「名乗っていなかったな。私はヴェルディア王国第一王子にして『結界魔法』による功績が認められた賢人が一人、レヴィン・ヴェルディアである。」
その、衝撃の名乗りを。




