3章9話 優秀な従者
「ガルディス様!」
私は振り向いて直ぐに、その名を呼んだ。
「うわう!?な、なんだい、リンちゃん…」
少しびっくりしたようで椅子から転げ落ちそうになっている。申し訳ないが今はそれどころではない。
「あ、あの……えっと、上手く理由は分からないんですけど、とにかく…グランツェ様が危ない、んです。」
確証はない。それでも言い切らなければ伝わらない。私は先ほどの自信が嘘のように言葉に詰まりながら伝えた。聞き終えたガルディス様は…なんだそんなことかとでも言いたげな顔で溜息を付いた。
「大丈夫だよ。グランツェ君には世話になっているからね。」
「…?」
意味が分からず首を傾げるもガルディスは何も言わず、椅子から立ち上がった。そして…
「僕の従者は皆…優秀だからね。今に分かるさ。」
そう、自身満々に告げた。
いや、根拠のない自信ほど恐ろしいものは無いんだけど?
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実に小賢しい、小娘だ。その知恵は認めてやろう。だが…私に反旗を翻すのがどういう意味か…教えてやる。
「なぁ、グランツェよ。あの小娘を見てどう思った?」
私は、魔法をすぐ放てるように組み立てながら…目の前の男…グランツェへ問うた。
グランツェは壁際まで追い込まれ…既に幾度か傷を負っている。
「何だ…自分の悪事がまんまと暴かれていくのが耐えられなくなったのか?ヴィンセント。」
グランツェは…防御魔法を貼った。しかし言ってしまえば初級程度の強度しかない魔法壁など…今更意味は無い。
「お前は…私の時も、そうだったな。貴族院にいた頃を忘れたわけではあるまい?」
「っ……黙れ!『人体操作魔法』!」
組み立てた魔法を放つ。この魔法は未完成の、『人体操作魔法』。しかし…未完成と言えどもしばらくの間動きを拘束し、意思無き人形にすることができる。
パッと、魔法による光が放たれ…グランツェの関節部分へと巻き付く。この魔法の本領はここから…後は一方的な蹂躙を…
光が、闇に覆われた。
「おっと…ちょっと出るのが遅かったなぁ…いや、ベストタイミングか?」
「だ」
「るせぇ.喋んな。」
私が何か言うよりも先に…その闇から現れた男は私の顔面をぶん殴った。
ふざけている。ふざけている…なんだ…誰だ…
「誰だ…貴様…」
目の前の男は黒のローブに、黒い髪、鋭い…黒の瞳。そして…男の周りには先ほどの闇が靄のように漂っている。まるで、何をしようとも食ってやるとでも言い表しているように。
「あ?お前には名乗る名前はねーよ。今から捕まるんだからな。」
「ぬかせ!」
男は無防備だ。ならば…私のほうが早い!
「『吸収魔法』『ファル・ヴェルミリオン』」
左手で吸収魔法を展開し、周囲の魔力を吸い取る。無論…奴の周囲を漂う黒の靄も。そしてその得た魔力で上乗せした魔法を…放つ。狭い室内だ。避けられるわけが…
「相性が悪いな…悪く思うな。」
一瞬、ほんの一瞬だ。男の魔力反応が消えたかと思えば、その声は背後からした。すぐさま振り向き…未だ展開中の魔法を向け……
「あ…が…あ?」
意識が、朦朧とした。編んでいた魔法も…解除され…私の身体は力なく、倒れた。
「そりゃあ俺の魔力は特別だかんな。悪いがその身柄、確保させてもうらぜ。」
男は軽々と私の身体を担ぎ…その身に闇を纏った。どういうからくりだ?この魔法は……
意識が、落ちていく。その直前…グランツェが私を見て、口を開いた。
「リンは…実に聡い、そしてお前とは違い思いやりのある人間だ。多少交渉能力に欠けるようだがな。」
その言葉は…私の心を酷く抉った。
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~一週間後~
「と、言うわけで、捕まえてきた。」
「……え、えっと…何が…と言うわけなんですか?」
私達がガルディス様の屋敷へ戻ると、何故かそこに拘束されたヴィンセントとそれを自慢げに見せびらかすクロウが堂々と居座っていた。…ほんとにどういう状況?
「貴様……貴様の手合いか……これは不当な拘束だ。今すぐ拘束を解除したまえ。今ならば…手打ちで」
「これ、なんだと思います?」
にゅっと現れたアラキナが…瓶詰にした何かを見せつける。その中には少し古ぼけて見える紙の束が入ってあり、その紙一つ一つに魔法印のようなものが見えた。
「っ…」
「貴方が一番最初に教えてくれた『魔力収集』。これを活かせば…このように、証拠を残すことも可能なんですよ。」
「デタラメだろう!その証拠に正当性は…」
「どうせそう言うと思っていました。なので…話し合いましょう?」
アラキナは、次なる手札を切る。それは、推薦状。勿論…内容は…
「此度の功績により、リン様は『賢人』に推薦されました。二日後に…審議が行われます。」
「なっ……」
ニタリ、と…嫌な笑みを浮かべ、思う存分嘲るような仕草で…アラキナは、ヴィンセントを見下す。
今まで受けた分を返すように。
「勝負は審議の場…貴方の罪を全て、白日の下に晒してあげましょう。」
…なんで、私が居ない間にそんなことになってるの…?
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「…ヴィンセントはシルヴァーナに捕らえられたようです。」
門兵の格好をしていた男が、目の前の圧を持った男へと報告した。その男は薄い赤色の髪に黄色の瞳を持つ。それはこの国におけるとある血筋を示すものだ。
「っ…使えん男よ。見所があると思っていたのだがな…まぁいい。手駒は幾らでもある。お主も抜かりないだろう?」
「…はい。今ならば充分勝機が…」
そんな、他から見れば分からない会話が…されていたその時、その2人しか居ない部屋の戸が、叩かれた。
「閣下…伝令です。2日後、新たなる『賢人』の選定が行われるため王都からの呼び出しであります。」
「何…?」
赤色の男が、兵士服の男を睨み付ける。
しかし兵士服の男は顔色を強ばらせ、焦った様子続ける。
「例の治癒士が推薦されたようで…どうやら、魔物の異常発生を払った英雄と…」
「……ヴィンセントめ……排除しておけとあれほど……」
忌々しげに、今は捕まっている男の名を吐き出した。
「ならば…儂直々に排除して見せよう。」
男の眼はギラギラと野望を抱えている。それは…国を、全てを支配せんとしようとする、野望を。
男の名を…フェルグライト・アーカナ。四大領地アーカナ領の領主である。
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さてさて…ヴィンセントを思い切り脅したあと…私は今、どうしているか?
「この服でしょう!?」
「いいえ、幾らフィオナの意見でも譲りませんわ!」
「絶対こちらです!」
…この、ガルディス様の屋敷の私の部屋にて言い争いをしているのはフィオナ、エレナ、ナ―シャである。それぞれ違った色や装飾の礼服を持って、バチバチと火花を散らしている。
どうやら私が賢人になれるかの審議に着ていく私の服を決めているらしい。本人は蚊帳の外で。
「あの……」
「リン様!今は黙っていてください!」
「そうです!今は大事なことなんです!」
「リン様が出しゃばってもしょうがないんです!」
…試しに口を出してみればフルボッコなんだけど?何これ…私の事だよね?
「3人とも…少し甘いんじゃないのかい?」
バァン!と部屋の戸を開いて現れるはガルディス様。当然のように…礼服を持っているが…
「お父様、お引取りを。」
「旦那様、仮にも女性の部屋です。無断での立ち入りは…死、です。」
「旦那様センス無いので普通に帰った方がいいですよ?」
「……」
ガルディス様はとぼとぼと踵を返して行った。
えぇ……
「あのですね…リン様は────」
「その通りです、ですが────」
「いいえ、それならば寧ろ────」
再び始まった議論を適当に聞き流しつつ、どう争いを収めるか考えていたところ…
今度はガルディスのように急では無い、コンコンと、礼儀の正しいノックが部屋に響いた。
「あ…どうぞ。」
一応私の部屋なため私が許可を出す。というか3人は聞いちゃいない。今もなお論争中である。
「あ、リン……声が廊下にまで響いてるけど…大丈夫?」
控えめにドアを開いて顔を見せたのはアラキナ。相も変わらず…というか、少し化粧してるのかな?いつもより綺麗に見える…
「あ…えーと…大丈夫…ではないかな。」
「そう…何を言い争ってるの?なんか…ちょっと怖いんだけど…」
「私が審議で着る服を決めているみたいで。」
「あー…愛されてるんだね…」
…まぁ、そうとも言えなくはない…けど…正面から言われると少し恥ずかしいじゃないか。
「まぁそれなら………これ、どう?」
後ろ手に隠していたものをアラキナが取り出す。それは…服だ。治癒士用の白と金の糸で織られたものとは違う…黒と藍色で織られたローブだ。
「え…これって…」
「僕が作ってみたんだけど…これなら治癒士って分かるんじゃない?」
確かに、フィオナやエレナ達の持っているようなドレスに似たようなものとは違い…これならば私が一目見て治癒士と分かるだろうし…何より…
「うん…か、かっこいい…」
すごく、賢そうに見える。うん…服にこだわりは無いんだけど…これは、着てみたいと思った。
「よし…じゃあ…お三方。リンはこれが良いって。」
三人に向かってアラキナが言う。三人はようやくこっち側の世界に帰ってきてくれたようで…その服を見て、これなら仕方ない…と言いたそうな、悔しそうな…そんな顔をした。
「じゃあ、決まりだね…リン。頑張って!」
そう…これはまだ準備。勝負は…ここからである。
三章終わりです!あとちょっと…頑張れ自分…




