3章8話 白鱗
その、『竜』が咆哮を上げた瞬間一瞬世界の時が止まった。その一瞬で状況は一変する。
竜は自身に対し殺意を向けてきていた魔物を長い尻尾で薙ぎ払い、鋭い爪で切り裂いた。瞬きする間に…魔物は魔力の粒子となって消えて行った。そして…向けられた敵意を排除した『竜』は、今度は私へと視線を向けた。
「あ…ぁ…」
声が、出なかった。目の前の強大な存在に対しては何をやろうとも意味を為さないと、そう本能が理解してしまっている。恐れ慄き…ただ、息をすることでさえ不可能に感じる。状況は変わったが…これは……これは…
「い、いや…」
掠れた声が漏れる。死ぬ。間違いなく…こんなものと相対した時点で。そうなると分かる。分かり切っている。なのになんで…あぁぁもう分からない。頭の中がごちゃごちゃで…一体どうすれば意味も何も…
『竜』が、その私の全身程ある顔を近づけてきて…
「グルゥ…」
そう、弱弱しく鳴いた。そして…
ポフン!…という、間抜けな音と共に竜の巨大な身体は収縮していき…気付けば私は胸の中に小さな白鱗の竜を抱えていた。
「本当に…何なの…?」
困惑の中…私の意識は何故か遠のいてきて…
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ガラガラ…ガラガラ…ガラガラ…ガタン!
「!」
その大きな揺れで、私は目を覚ました。
「………あれ……なんで…」
「リン様!」
ガバッ、と寝転がっていた私の上に柔らかい重みが伸し掛かる。……うっ…
「ちょ…何ですか…ナ―シャさん…」
「だって…リン様……よりにもよって『卵』の発見場所…のみならず、『竜』の発見場所で気絶していたんですよ?心配に決まってるじゃないですか!」
……竜…竜……………あ…
「竜は…!?どこ…に…」
「…その……そちらに。」
ナ―シャが指した方向。それは私の頭の方で…
「きゅぅ…」
弱弱しく、鳴く声が頭上から聞こえた。……なんで?でも確かに中々にいい寝心地…
「じゃない!」
スッと身体を起こす。おおぅ…全身に筋肉痛が…流石に今日は張り切り過ぎたかもしれない。
「あの、なんでここに…」
「…急に魔物が散り散りに逃げ出したので私達は急ぎリン様の元へ向かったのです。その道中…雲すらをも突き破るほどの存在が地を揺らしたのです。それはまさしくおとぎ話に出てくる『竜』だと、遠目から見ても分かりました。」
うん…大体そんな感じ…だよね?私もそうだったというか間近まで顔寄せられたし…
「…ものの数秒でしょうか。竜の姿が突然見えなくなったんです。そして捜索に向かった矢先リン様と…そのリン様を魔物から守るように威嚇していたその子が居たのです。」
…本気で言ってるの?と目で訴えるとこくりと頷かれた。…どうやら冗談でもなんでも無いらしい。色々と疑問は残るがとにかく……
「私…初めて……生き延びてよかったと、思ってます…」
…前世含め、私は命の危機に陥るようなことは早々無かった。叔父が護身術として人を殺す術を教えていてくれたのもあるだろうが…私自身、死んでも別にいいかと、心の奥底で思っていたのだと思う。親は居ない。身内と言えば叔父だけ。その叔父に、少しでも恩を返したいというのが願いだった。生きていたいとは…思えなかった。
でも、今の私は…死ぬのが、怖いと率直に思った。まだこの世界で何も為していない、お世話になった人たちに何も返せていない。そのことが…私を生に執着させた。
「私もですよ。リン様に死なれたら私はどこで雇ってもらえばいいのですか?」
自信満々にそう告げてくるナ―シャ。全く持っていつも通りの調子だが…その顔はどこか安堵が大きく見える。
「…そうでしたね……はぁ……」
あんまりに情報が多すぎて少し整理したい…
ため息を着くと…白燐の竜が私を見つめていることに気付いた。何…なんでそんな見つめてくるの?
「…貴方は、魔物の異常発生の原因なのですか?」
私は竜へと問いかける。竜は不思議そうに首を傾げた。こうして見ると…ただの犬猫とかと同じようなペットに見えてくる。
「キュ?」
私の問いかけに言葉は返って来ない。もしかしたらと思ったが言葉は通じないようだ。
「…そういえば、他の皆さんは?」
馬車の中を見るに私とナーシャと竜。それと御者台に1人か2人ぐらいな気がする。他の人が見えないことに少し不安を覚えたがナーシャは首を振る。
「『竜』が現れたことを報告しに行ってもらってます。直に捜索隊が組まれるでしょうが…」
チラリと、小さな竜を見つめる。ナーシャが言わんとしている事がなんとなく分かった。
「……あの、魔力を感じ取るのって、殻を破った後でも出来るんですかね。」
「…そもそも魔力の流れを見れる人が希少なので…私には分かりません。お力になれず申し訳ないです…」
ふぅむ……どうしたものか……
ただ、野に返すのは論外な気がするし…なにより伝説の存在ってワケだし…あ、これは功績になるのかな?……あ…そっか、今回賢人になるために来たんだった。
過程のラスボスを倒すことが目的になりそうだった。あれ?でもそのラスボスを倒すための過程が今回の目的で…うん?
「ま、まぁ……とりあえず、保護でしょうか…?」
「そうですね…幸いリン様には懐いていらっしゃるので大丈夫…と思いたいのですがね。」
…不思議なものである。でも確かに…あの瞬間、この子は私を助けるために動いていたように見えるし…今もナーシャが触れようもんなら全力で威嚇している。
「今回、私の功績はどうなるんでしょう?」
「それは…帰ってみれば分かりますよ。フィオナ先輩に連絡してあるので。」
フフ、と何か嫌な予感のする笑みを浮かべた。これは…これは…胃が痛くなるやつ…!?
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「英雄だ!英雄の帰還だ!」
「宴だ!!!」
「うおおおお!!!!」
異常発生の拠点に帰った私たちに浴びせられたのは…凄まじい、それはもう…凄まじい歓声だった。
あ…フィオナ居た。何か笑ってる…ねぇ、何やったの?もう既に胃がキリキリしてきてるんだけど…?
「…着きました。」
御者台の方からアラキナの声がした。どうやら馬車を手繰っていたのはアラキナだったらしい。…そんなことはどうでも良くて、これの説明を…
「伝説の『竜』を撃退せし英雄、リン様のご帰還です!」
フィオナの声が響く。何事かと困惑しているとナーシャに背中を押され私は馬車から降りて…
「わぁぁぁ!!!」
「英雄様!英雄様!」
より大きくなった歓声が、拍手が…私に向けられる。何…これぇ?
見える顔は冒険者や兵士…さらには最寄りの街の住人達も居る。
それら全てが笑みを浮かべ、歓迎し…拍手している。なんか…私の顔が描かれた旗とかも見えるんだけど…何あれ…
……と、とりあえず、微笑んでおけばいいのかな…うぅ…
「こちらです、リン様。」
フィオナへ手招きされる。…もう何も無いよね?無い…よね?
私は、フィオナに導かれ…とある部屋に入った。その部屋に入る頃には色んな人たちも見えなくなり…静かになってきた。落ち着いた場所で…そこに…何故か国王陛下が居た。あとガルディス様。
……なんで?
「やぁ……リン。いや、国の英雄様…と呼んだ方がいいかな?」
「…リンでお願いしますぅ…」
もうこれ以上は私の身が持たなかったため情けなく私は懇願した。
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「さて…色々聞きたいことはあるだろうが…まずは礼を言わせて欲しい。」
「な、なんですか…」
もう正直心労がすごいのだが…国王から礼なんて…
「君は宣言通り此度の『魔物の異常発生』を止めた。その事実だけは相違ない。そうだろう?」
「あ…えと、…はい。そうなるん…ですかね。 」
正直なところ私にも分かっていないがあの『卵』やそれに掛けられていた魔法が原因ならそうなんじゃないだろうか。結局のところ、推測の域を出ないのだ。あの『竜』が証言してくれるなら別だが…それも、望めないだろう。
「詳しい話は報告書に纏めておいて欲しいが『卵』を排除したのは君だろう。ならばリン、君はこの国を救ったと言っても過言じゃない。」
国王は詳しいことはいいからとりあえずお前は国救った!だから褒めとくね!ってことを言いたいんだろうけど…どこか、釈然としない。
「…大変、もったいないお言葉です。ですがあくまで私一人の力でなしえたことではありません。皆の協力あってこそのものです。」
口を開けばすらすらと言葉が出た。国王と話していると何か…さっきまで抱えていたモヤモヤした気持ちが晴れていくような気がする。
「そうか。ならばその者たちにも褒賞を与えよう。そして…リン、君には、私からの『賢人』への推薦を褒賞とする。」
「陛下…!?」
唯一その場に残されていた恐らくは護衛の兵士が声を上げた。私も、驚きである。だが…
「…ありがたく…お受けいたします。そして、レオンフリート陛下の名に傷がつかぬよう…尽力、致します。」
「あぁ、貴殿の春を願おう。」
春は様々なものに言い換えられる。そして今回のものは…幸福、あるいはそれに準ずるものだろう。
「…!」
私は、一礼し…退室しようとした。その時…全身が時が止まったように、固まった感覚が走った。
それと同時に違和感。先程までの会話での…
何故か、モヤモヤが取れて晴れた気持ちになった。所詮は気分の問題。されどそれが…
「…魔法…」
によるものであれば?
前世、日本の世界では『犯罪』等をその場で実行して痕跡を残さないというのはほぼ不可能に近いらしい。でもことこの世界において…それは…
今私に掛けられているのは?そもそもとして私がいない間、私だったらどうする?
「一番邪魔な人を排除する…!」
すぐさま、答えに辿り着き…私は踵を返した。
全てが、取り返しがつかなくなる前に。
ようやくここまで…3章が終わって4章で完結予定なのでここまで来れてよかった…




