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2章9話 よく当たる嫌な予感

 私達が向かったのはさらに階段を昇って行き、丁度上級区と中級区の間にある治癒院。私の現在所属するアルカナリス治癒院である。


「…すみません!グランツェさんいらっしゃいますか?リンです。」


 ドアをノックし、自身の名を告げる。しばらくした後…ドアが開かれ、顔色が悪くも堀の深い顔が見えた。よかった、とりあえず生存確認は完了…


「あぁ…一週間ぶりか。今日は何用かね。」


「一応顔を見せにと思いまして。それと孤児院に新しく人が入るのでついでに書類処理をと思いまして。」


「そうか。後ろの二人は…ライオット君とケニー君か?」


「はい。今日は少し用があって街まで来たんです。」


 グランツェはいつの間にやら孤児を把握している。書類の最終的な処理はグランツェに任せるためその際に目を通すからだろう。とは言ってもそんなにじっくり見ているわけでもないだろうに、よく顔と名前が一致するなぁ…

 治癒院の中に入るとやはり狭い空間に書類の山が大量にあった。ここに初めて入った時もそうだったけどこの量を一人で処理するの…大分きつくない?


「ちょっとグランツェさんと話するから、待ってて貰える?暇なら街を見てきてもいいけど…」


 いつも頑張って勉強しているのだし、偶には遊んでもいいだろう。それならば私だって…お小遣いを上げよう。


「じゃあケニーはここでラフィを見ててくれるか?俺、少し行きたいところがあるんだよ。」


「えー、ライオ、俺も…」


「ラフィが起きたときに説明しなきゃだろ。」


「えー…分かった…」


 ケニーも行きたかったらしいがライオット一人で行くことに決めたらしい。

 せっかくなので懐の適当な銀貨を何枚か渡して見送る。なんか顔がまた引き攣ってたけど気にしないこととする。


「いいな…ライオ…」


「また来るときはケニーが行けばいいですよ。きっとこれからもこの街にはお世話になりますから。」


 適当に宥め、ようやく本題である孤児についての書類整理だ。

 既にほかの八人は初めてここに来た時に書いてある。そのため幾らか書き慣れてはいるが…

 なんというか、項目が結構多い上にペンで書くから神経使うんだよねぇ…


「あ、そっか…本人寝てるから…」


 ちょうどよかった。片方残ってくれなきゃ名前以外空白で提出するところだった。

 前は皆のことある程度分かってからよかったけど今回はそうもいかない。


「ケニーさん、少しいいですか?」


「ん?何?」


 子供向けの絵本を読んでいたケニーが陽気な返事をする。やっぱり文字読めるようになると本っておもしろいよね。興味を持ってくれてることが嬉しい。


「ラファちゃんのプロフィール埋めなきゃだから、私が聞いたことに答えてくれないかな。分かんなかったら大丈夫だから。」


「そんなことならドンとこいよ。」


 ドン、と胸を叩いて答えるケニー。それならば遠慮なく頼らせてもらおう。

 …これ、ついでに文字の読解力の勉強になるんじゃない?とも思ったが外にまで来て勉強は嫌だろうしやめておこう。


「じゃあ…」


 そこからしばらく、書類埋めに専念することになった。


 -----------------


 特に何事もないまま、順調に進んでいた。その時のこと。

 異変が起きた。何やら…ラファの左腕の一部が発光しだしたのだ。


「えっ、何?」


 最初に気付いたのは私で突然狭い室内で光を放ちだしたので驚いた。


「わぁっ!ラフィの身体が光ってる!これ、前と一緒だ!」


「前…?」


 気になる言葉が聞こえた。前にもこういうことが…


「魔法印か。」


 流石に光が鬱陶しかったらしくグランツェも様子を見に来た。グランツェはラフィの腕を見て魔法印という言葉を口にした。

 魔法印…確か、魔法を保存する魔法陣をさらに圧縮して、人体や武器に埋め込む技術のことだっけ?

 ラフィに何の魔法印が…


「『吸収魔法』か。魔力を吸われ続けている。」


 グランツェは魔法に通じているようですぐに判断し…何かを唱えだした。

 聞いたこともない詠唱。これは…


「『中断魔法(キャンセル・コード)』」


 その詠唱によってグランツェの手のひらから放たれた光。それらはラフィの腕の光を包み込み消滅させていき…光は、止んだ。


「…このようなことが以前にもあったのか?」


 グランツェは険しい顔で、ケニーへ尋ねる。

 その表情からは何やら嫌な予感を想起させられる。


「あ、あぁ。こいつが小さいころから何度かあって…二週間前ぐらいにさっきぐらいの光を初めて見た。その時は医者だって言ってた爺さんに預けて、収まったんだが…」


「そうか…」


「なぁ、ラフィは大丈夫なのか?」


 その問いに返答はない。グランツェは何かを考えているようだ。

 しばらく考え込んだ後、グランツェは口を開いた。


「一時的にだが、私の魔法が効いてるうちは死ぬことはない。ただ、魔力は人が人でいるための源だ。それを無理やり奪うということがどういうことか、言わなくてもわかるだろう?」


「そ、そんな…」


「早まるな。魔法印自体の排除は容易である。より大きい魔力を流せば壊すことは可能だ。」


「なら…」


「より大きい魔力が無いのだよ。私の魔力量では不可能だ。」


「その場合はどうするのですか?」


「…これを仕掛けたものの排除…であるな。」


 あまりにも単純明快で、難しいことだ。それはつまり、一度でも埋め込めばほぼ永続的に働くというようなものではないか。


「私の魔力が危険領域に入るまでは私が魔法を続けよう。だが…それ以降は、覚悟しておいてほしい。」


「…ラフィ…」


 弱弱しい声で、彼女の名を呼んだ。

 あっという間に…嫌な予感は証明されたわけだ。これは…どうするべきか。

 沈痛な雰囲気の中、私はひたすら考え続けた。『排除』するための方法を。

 もし、仮に…私が犯人だったら多分魔力が吸収されなくなったことに気付いて何かしらのアクションを起こすはず。そしてその際…その、犯人がグランツェさんの使った固有魔法を知っているとしたら、グランツェさんを狙うはず。もし、知らない場合は…無差別なものである可能性が高く、特定は不可能に近い。

 なんとなく、なんとなくだが…私には、あの人が絡んでいるようにしか思えない。

『吸収魔法』は、特定の場合を除いてあまり使われないものだ。そして、人に対して扱うことは禁止されている。

『人体操作魔法』は、強力な洗脳効果があるが魔力の消費が激しいらしい。


 繋がりが、あるのだ。どちらも禁術で、方や魔力の吸収、方や魔力の消費が激しい。

 これは憶測にしか過ぎないが…きっと。


「なら、やることは決まっている。」


 私は一つ、自身で決定し…その時を待った。


 -----------------


 時刻は深夜。普段は騒がしい街も、ぽつぽつと明かりを落とし始めている。

 そんな中、私は…治癒院の屋根の上にて気配を殺し、潜んでいた。

 冬の冷たい風が身を仰いでくる中…静かに、静かに…気配を同化させて。

 他の二人には帰ってもらい、私は書類の整理を手伝うという名目で残ったあと、憶測をすべてグランツェに話した。

 グランツェも、何やら思い当たる節があったようで、しばらく考えた後、私の案に乗ることにしたらしい。


「………」


 相手方で考えうる方法は、二つ。一つは一時的に魔力が溜めれられないことを妥協し、グランツェの魔力が尽きるのを待つ。これは最も安全だが…かなり長期になることが予測できる。

 もう一つ、単純にグランツェを排除し、中断魔法を終わらせる。これは何かの計画が急いでいるという証明にもなる。


 果たして―――――――――






「っ…!」


 一瞬の攻防。私が振り向いてナイフを喉元へ放つもその手首が取られ止められる。反対に私はその貫手を身を捩り躱した。


「『ミル・インヴィクタス』」


 女の声で詠唱が為された。その瞬間に警戒する。今の魔法は…身体強化魔法!


「糸!」


 糸を何重にも重ねた束が、その放たれたとてつもない威力の拳を受け止め…私の軽い身体は衝撃で向かいの屋根まで飛ばされる。

 ギリギリで受け身を取ったが…かなり…まずい。背中に痛みがじわじわと広がっていく


「…やっぱり、詠唱をさせたらダメだ」


 普段から戦闘のこと考える…なんてことはないが、今回で戦うことがあるとすればそれはきっと魔法使いと、というのは想定していた。その上で…私はまず大きくハンデを背負っている。


「『ミル・マグナス』」


 その女の手から無色の魔力で固められた球体が放たれる。

 一つ目のハンデがこれだ。魔法による遠距離攻撃に対する対策が避けるか接近する以外無いのだ。


「っ…」


 一度、屋根から飛び降り…私は姿を暗い街中に潜める。ハンデを背負っている、とは言ったものの有利な点もあるのだ。それが…


 私の身体に魔力が無いこと。


 この世界における兵士や魔法使い、冒険者はまず最初に『魔力感知』を覚える。つまり…戦闘における基礎ともいえる。魔力感知は自身の体内の魔力だけに飽き足らず、他人の魔力や、魔法自体の魔力を感知する…らしい。だから、そこに関しては、有利を取れると思った。


「…」


 正直に言って、初手を取られたのは想定外だった。恐らくは相手も警戒していたか……狙った位置に私が居たか、そのどちらかだろう。

 本当は不意打ちの初手で首を狙って詠唱させるつもりは無かった。


「『ファル・マグナス』」


 思考中にも中級の一般攻撃魔法が放たれる。しかしやはり私の位置は見えていないようで小さめの弾を幾つも無作為に放ち出した。


「……悪手だね。」


 そうとはいえそうするしかないのだろうが……チャンスである。それは魔力感知が出来ていないと証明したようなものだ。

 私は敢えて相手の立つ家の正面から壁を伝い屋根に昇る。


 正面という意識外による隙が1秒。

 魔力感知が出来ないということによる隙が1秒。

 暗闇による視界の悪さの隙が1秒。

 計3秒。その隙で戦局は一転した。


 ナイフを投げる。狙いは当然頭。しかし相手が反応し防御魔法によって防がれた……が、その間に距離を詰めきれた。良しとする。

 続いて、移動中に展開した糸によって足を掛ける。これは反応が遅れ……見事体制が崩れる。

 足場も悪い。これによって屋根から落ちそうになる……ところに、私が仕掛けていた糸が機能する。


「か……か……」


 屋根を登る際、仕掛けていた糸。まるで落下を予測していたような位置にあったそれは一瞬相手を空中に留めた。私が留まったところで糸を引き寄せれば……完全に詠唱を殺した。


「ふー……!ふー……!」


 ジタバタ、ジタバタと動き回る。しかし……私はその手を緩めない。

 死の淵というのは恐ろしい。例えどんな状況でも火事場の馬鹿力というもので状況が覆ることはある。特に……私のような、子供だと。


「っ……」


 ハンデその2。体格差。単純明快。急所を突いても刺客との体格差で耐えられたり、仕留めきれない可能性が高い。


 本当に、意識が落ちる直前だろう。一瞬馬鹿みたいな重力が働いたせいで手を緩めるしか無かった。下手をしたら糸で指を切ってしまうから。

 私も体制を崩し……共に地面へと落下した。

 私は受身を取ったためなんとか耐えたが……下手をすれば頭を打っていた。

 そして……その、相手は……


「…………」


 気絶していた。落下の衝撃だろう。突っ伏したまま動かない。

 私は、トドメを指すべく……徐々に距離を詰め……

 そして、間合いに入った瞬間。急に起き上がり手首が握られ……


「『マナ・ドレイン』!」


 その女の声で詠唱が成されるのだった。



リンの直感はよく当たります。それは天才が所以しているのか、裏社会に生きていたことがあるからなのか、本人も自覚はしていません。


グランツェは一人でアルカナリス治癒院を切り盛りしています。そのためか近所のおばちゃんが生存確認によく見に来るそうです。

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