2章3話 空腹は最高のスパイス
外に出る、とは言ったものの部屋を出てすぐに私とナ―シャはこの屋敷を探索することに決めた。
屋敷は二階建てになっており一階はキッチン、ダイニング、浴室らしきものがあった。
浴室らしき、というのは全く掃除されていなかったから、である。
そして二階には先ほどの私達の居た部屋に加え五部屋ほど空き部屋がある。もう何年も人が住んでいた形跡は無かったためあの子供達も使っているというわけでは無さそうだ。
となると、疑問が浮かんでくる。
「あの子達が何故ここに居たのか…その上近づいてきた私達を攻撃する理由は何なのか。ですね。」
「同感です。」
私達はダイニング…といっても、少し大きめのテーブルがあるだけで椅子の無いその部屋で一度落ち着いていた。多分椅子を買う予算も無かった、ということだろう。
「それをビルグレイさんに話してくれるのであればいいんですけど…」
「まぁ、ビルグレイ殿なら上手くやってくれるでしょう。」
何故かナ―シャはビルグレイに対し謎の信頼を置いている。一体二人の間に何があったと言うんだ。
ここにきてほとんど彼女は私と一緒にいたし何か二人で話していた様子は無い。
「ナ―シャさん、なんでそこまでビルグレイさんを…」
「ふふ、それはですね。」
疑問に思い尋ねると彼女は何やら自分の荷物袋をごそごそと漁り、何かを取り出した。
…その手に置かれたのは、どこからどう見ても…飴玉だ。
「…これは?」
「飴玉です。シーアさんのお店を出る前におまけで二つも貰ったんです。甘いものをくれる人は信じられます。」
えっへん、と胸を張って言ってのけるナ―シャ。
…どうしよう、いっつも有能なのに、何故かとてつもないポンコツに見えてしまう。
でも、恐らくはこの世界だと甘味は貴重なのだ。ならばそれで信頼するというのは…一理ある?
「リン様もおひとつどうぞ!」
目をキラキラと輝かせて飴玉を手渡してくる。
多分、そんな意図も無いかな。うん。単純にナ―シャさんが食べ物に釣られたんだと思う。
「おっ、ここに居たのか。」
私が呑気に飴玉を口に放ったところで、部屋の入口で高い声が聞こえた。
声の方を見れば開ききった部屋の入口から、少年の顔が見える。ルアンだ。
「話しが終わったから二人を呼べって、あの爺さんが言ってた。」
「分かりました。」
返事をするとそそくさと部屋を出ていく。
やっぱり、警戒されてるんだろう。
「……私の話を聞いてもらうにはまだ早いかもしれませんね…」
「ならばリン様。私にお任せを。」
「……?」
何をするつもりかは分からないが……何やら張り切っている。ならば、任せてみようか。
「じゃあ、私は行ってきますね。」
「はい!」
そんなやり取りを終えた後、張り切るナーシャを置いて私は再びさっきの部屋へ向かった。
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私が部屋に戻ると、少し変わった光景が広がっていた。
「リン君、戻ってきたかい。いやぁ、若い子にこうも寄られると落ち着かなくってねぇ。助けて欲しいナ。」
ビルグレイの右腕にニアが、左腕にフェナがしがみついて顔を埋めいている。
珍しく陽気な老人は困った顔をしていた。
「なぁ、ねーちゃんもなんか言ってやってくれよ。ニアもフェナも動かないんだ。」
ルアンも不満な様子で私に縋ってきた。
一体私たちの居ない間に何があったと言うのだ。
「あのー……離れて上げた方が…」
「ヤダ」
「ムリ」
短くも鋭い返答。これは私の手には負えないだろうね。うん。よく見ればビルグレイが動けないだけで会話は出来るし……しばらくはあのままで居てもらえばいいだろう。
私は向かい側のソファに腰掛け、ビルグレイに目を向ける。
「ならそのままで結構です。ビルグレイさん、会話の内容を教えていただけますか?」
「えぇー……そんなぁ……」
不満気な物言いだが顔が言っている。間違いなく、嫌がってはいない。満更でもないというわけだ。
「はぁ、仕方ないネ。えっと、何を話したかだっけ?」
うーん、と少し考えてから、それを話し出した。
「まずここの孤児院が移動した経緯を聞いたかなぁ。でもこの子達も知らないみたいだったヨ。次にここの孤児院について、かな。……正直、あまり話したい内容じゃないんだよね。だから……端的に言うけど。」
1泊開けて、その事実を述べる。
「治癒院はここを見捨てたんだよ。だから子供達だけで生活することを強いられた。ただ、子供達だけで生きれるわけないし……ここらは治安が悪いからね。孤児院はならず者の住処になったって話しだネ。」
それを語ったビルグレイの瞳には、どこか……悔しいという感情があった。
きっと治癒院に任せたことに責任を感じているんだろう。
「そう、ですか……」
確かにあまり聞きたい内容じゃ無かった。でも、聞かなければならないことでもあった。
一気に雰囲気が暗くなる。どう、次の話を切り出すべきか……悩んでいた時、部屋の扉が静かに開かれた。
「あ、皆さん。少しいいですか?」
ひょこっと、扉の影からナーシャの顔が見えた。
見れば、何やらエプロンのようなものを着ているし……少し、いい匂いが階段の方から部屋に漂ってきた。
これは、もしかして……
「ご飯にしませんか?私、お腹が空きまして。」
そうナーシャが言った直後、子供達の顔が明るくなったのは言うまでもない。
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ナーシャは私達が話を聞いている間に晩御飯を用意していたらしい。ダイニングの広いテーブルに幾つもの美味しそうな手料理が置かれていた。
謎にどれも大量なのは聞かない方がいいのだろうか。
「これ!食べていいの!?」
子供達の目が輝いている。最初見た時のような、敵意だったりが混ざり濁った瞳はそこには無い。
「えぇ。沢山作ったので、おかわりもありますよ。」
ナーシャが優しく微笑むと子供達は一目散に料理に飛びつこうとした。が、それ私は止めた。
「まずは手洗いうがい……です。衛生管理は大事ですから。」
少し不満そうな顔をされたが仕方あるまい。ただでさえ服やらの汚れが目立つのにそこまで怠れば下手したら感染症になりうる。
それを言って聞かせようとしたが今にも飛びついてしまいそうだ。どうしようかと、頭をひねらせているとナーシャが口を開いた。
「そうでしたね。私も忘れるところでした。」
そう言って、先んじてナーシャが洗面所へ向かった。
すると不思議なことに、子供たちも後を追うように向かっていく。
「凄いですね、ナーシャさん。」
「いやぁ、どうだろうネ。どちらかと言えば……あの子達が飢えてたのがデカイんじゃないかナ。」
それは1目見れば分かったことだった。明らかに年齢にそぐわないあの体格は……少なくとも何日かは何も食べられちゃいないだろう。
「何はともあれ、です。私達も行きましょう。」
ナーシャは今きっかけを作ってくれたのだ。ならばこの好機、活かさないでどうする。
この機会に……頑張って信頼を築こう。
最低でも目を見て話して貰えるようには、ね。
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ナーシャの作った料理はどれも絶品だった。流石、シルヴァーナの従者である。
ただ、想像していた少し洋風なオシャレなものからは少し違い雑にスパイスをかけ焼いた肉や味の濃いソースで味付け炒めた肉など、肉料理がメインであった。
いつの間にこれを用意したのかは知る由もないが、どれも満足のいくものだったと断言出来る。
「美味しい…!」
「うめー!」
「(無言の頷き)」
子供達は凄い勢いで平らげていく。
対する私はと言うと正直1切れ食べた時点で割と満足し手は止まっていた。
昼に食べたものが明らかに響いている。
「リン様、あまりお召し上がりになられてませんが…大丈夫ですか?」
「あ、はい。私のは大丈夫なので、あの子達やナーシャさん、食べちゃってください。」
「……本当に、いいのですか?」
謎に本気で心配そうな顔をされた。彼女は少し自分基準で考えてしまうところがあるようだ。
「はい。私は……もう少し、あの子達と話さないことがありますから。」
「そうですか…」
何故か悲しそうな顔をされるも食べれないんだからこればかりは仕方無い。
今なら、話を聞いてくれるだろうか。
「……ねぇ、少しいい?」
子供達の方……唯一少しだけほか2人から距離があったルアンに声を掛けた。
「なんだよ。」
モグモグと咀嚼しながらも無愛想な返事が返ってきた。
やはり人というのはご飯を食べていると機嫌が良くなるものだ。それを利用して、だがようやく1歩前身と言える。
「……ルアン、はなんというかニアやフェナと比べて閉鎖的じゃなさそうだったから……話しかけたんだけど、いいかな?少し、君達について聞きたいの。」
「俺たち?まぁ、いいけど。」
追加のお肉を頬張りながらだったがなんとか許可を得た。
正直子供相手でも若干緊張気味だがなんとか思考を整理しながら聞くべき内容を口にする。
「えっと、君達はなんでここに居たの?ここは確かならず者が占領してたって、聞いたけど。」
「なんでも何も、ここを取り返すためにあいつらが留守のうちに取り返しに来たんだ。お前らもその仲間だと思ったから倒そうとしたんだ。」
……ん?今なんか不穏な言葉が聞こえたような……いや、気の所為かもしれないし、念の為確認しよう。
「留守の間に、ここに入ってたってこと?」
「そう言ったじゃんかよ。」
「じゃあ、そのならず者もそのうち帰ってくる…?」
「…………あ。」
ルアンもそのことに気付いたようで唖然としている。
「ニア、フェナ!」
「しー…」
楽しそうにビルグレイと食事をしているニアとフェナにも状況を伝えようと声を出したが私はそれを口を塞いで防ぐ。流石にあんなに楽しそうなのに邪魔しちゃ悪いではないか。
「はみふんだよ!(なにすんだよ!)」
なんて伝えるべきだろうか……こういう時は、私の都合よりも、この子達がどう感じるか、どう思うかが大事なんじゃないだろうか。
「…あの子達、ここ最近はあんな風に笑ったりすることはあった?」
「え…?」
「私には分からないけど、きっとあの子達には今はとても大事な時間だと思う。それを…邪魔するのは、悪いかなぁって…」
我ながら下手な説得だ。でも、通じるものもあったのかルアンの目は迷いを映した。
「でも、なら、どうすんだよ!いつ奴らが帰ってきてもおかしくないんだぞ?」
最大限小声で尚且つ迫力のある様子で訴えかけてくる。
でも…それなら問題はない。既に秘密裏に動くことさえ了承してくれたのであれば。
「大丈夫。私がなんとかするから。」
「はぁ?」
怪訝な顔をされた。全く、見た目のせいで通じないというのは損なものだ。
ナ―シャは万能メイドです。フィオナはエレナ専用メイド?です。




