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2章2話 何事も最初に名乗るべき、これは教訓である

「……お腹いっぱい……」


 サラダと、オムライスを食べた辺りで私は既に限界だった。

 目の前のナーシャはと言うと既に完食しており……少し、物欲しそうに私の方を見ている。


「……要りますか?」


 無駄になるよりはマシだろうし、言ってみたが……


「本当ですか!?」


 身を乗り出して確認された。……まだ足りないって、どれだけ食べれるんだろう。

 私が頷くと餌を与えられたペットのような……そんな興奮具合になっていた。

 何故かあるはずの無いしっぽが見えてきたし。


「では遠慮なく、頂きます!」


 再びご飯にがっつき始めるナーシャ。今は何を言っても話にならないだろうし……邪魔しないようにしよう。


「おっ、君は食べ終わった?どうだったかな?ウチのシーちゃんの料理は美味しいでしょ?」


「はい……ただ、ランチセットの割にオムライスの比率が多すぎるのは少し気になります……」


 お腹を擦りながら、答える。

 味はとてもよくセンスを感じたが……如何せん量が多すぎて人を選ぶだろう。


「そうなのネ。あの子人と少しズレてるから気づかなかったのかも。教えとくよぉ。……そろそろ、本題行こっか。」


 ヒラヒラと手を仰いだ後、目付きが変わった。

 どうやら雑談の時間は終わりらしい。


 -----------------


「端的に言うとネ。潰れちゃってた。」


「へ...?」


 老人が言った最初の一言目が衝撃的過ぎて、私は言葉を正しく理解するのに時間が掛かった。


「驚くのも無理ないよネ。僕もついさっき知って危うく腰を抜かすところだったもん。」


 ハハハ、と笑って言うが正直洒落に聞こえないのが現実である。

 ともかく端的に、で端折った部分を聞くのが先だ。


「何があったんですか?」


「うんとね、建物自体はちょっと離れたところにあるんだけど管理が全くされてなくって、孤児たちも姿が見えなかったんだよね。どこかで生きてればいいんだけど...」


 少し悲しそうな顔で、老人は言った。他人ごとでは無いからだろう。


「その建物はどの辺りにありますか?」


「ここから南に進んだ辺りネ。正直あっちの方は少し訳ありだから近づかない方が身のためヨ。」


「訳あり、ですか?」


 尋ねるととても言いづらそうに、口ごもった。そしてしばらく悩んだ後、何かを決心したように口を開く。


「君は...悪い子じゃ無さそうだし、良いかな。見れば分かると思うし、そこのお嬢ちゃんが食べ終わったら一緒に行こうか。今から行けば日の沈む前には帰ってこれると思うしネ。」


「ありがとうございます。」


 なんていい人だろう。見ず知らずの私達にここまで...ん?あれ...まだ、名乗ってない...?


「あ、あの!」


「ん?なに?」


「わた、私、リンと、申します。そちらはナ―シャさんです。あの、まだ名乗って無かったな、って」


「あぁー!そうだったね。」


 老人も名乗っていないことに気付いたようだ。

 ...なんというか、こういうのって自分から切り出さないとダメなんだ。また一つ勉強になった。


「僕も名乗ってないね。僕はビルグレイ。皆からはよくビル爺って呼ばれるかな。」


「ビルグレイさん、ですね。」


 ビルグレイ、ビルグレイ、ビルグレイ、と頭の中で唱え完全に記憶する。

 世話になった人だし...これからもお世話になるかもしれない。しっかり覚えなければ...


「あ、あと孫はシーアだよ。シーちゃんって呼んであげるといい。」


「あ、はい。」


 ...年上の人をそう呼ぶことは無いだろうが...名前だけは覚えておこう。うん。

 互いの自己紹介を終えた後、店を出た私達はその孤児院の場所へ向かうのだった。


 -----------------


「...」


「うーん...酷い有様ネ。」


「リン様。私の傍から離れないように。」


 絶句する私に、陽気なビルグレイ。そしてきっちり側近の役割を果たそうとするナ―シャ。

 一時間程歩いて私達はその孤児院まで辿り着いた。

 ...孤児院の建物自体は問題は無かった。外壁などに汚れは見えるが少なくとも何年も放置されているようには見えない。

 ただ...孤児院のある場所が問題である。それが…


「いやぁ...貧民街の、それも訳ありの人達が集まる場所に移動させられてるなんて...困っちゃうよねぇ。」


 訳ありの人間が集まる場所、そう...所謂、スラムという奴だろう。そこの近くにその建物は移動させられたらしい。


「実質放置のようなものですね。」


 ナ―シャが誰も言わなかったその事実を淡々と述べる。


「そうだねぇ...なぁんか、きな臭いね。」


 白い髭を撫でながらビルグレイが呟く。その意見には私も同意である。


「...中に入ってみませんか?」


 私の提案に二人はこくりと頷いた。恐る恐る、その敷地へと私達は足を踏み入れた。


「警戒を怠らないよう。」


「心配してくれるの?優しいねぇ。」


 ビルグレイはふぉふぉ、と笑いながら返事をする。全くもって陽気なものである。

 でも、これぐらい気楽の方がいいのかも...


「?」


 足元の草に、違和感を感じた。まるで...小骨が喉に刺さったような、そんな感覚。

 その感覚に従いすぐさま二人へ呼びかける。


「止まってください!」


 その、叫びと同時...何かが私の頬を掠めた。視線をやれば地面に、鋭利な先端を持つ矢が突き刺さっていた。

 それは、疑いようのない第三者による攻撃だ。すぐさま射線の切れる場所に...


「失礼。」


 私が動くより先に、ナ―シャが動いた。私とビルグレイ両方を抱えて正面口の方まで走る。

 的が大きくなったはずなのに飛来する矢は私達には当たらない。ナ―シャが避けているのではない。

 これは...魔法だ。


「非常時です。ご無礼をお許しください。」


 扉を蹴破り、一気に中へと進む。何か外の方で声が聞こえたが...上手く聞き取れない。

 孤児院の中は外観でも分かっていたが意外と広い。玄関だけでもそれなりの広さであり、孤児院というよりは中世の屋敷のようなイメージである。


「んー...階段、登っちゃって。」


 黙っていたビルグレイが突然口を開いた。その口調からは何やら確信めいたものを感じたためそれに従い私達は...正確にはナ―シャが大股で階段を駆け上がった。


「動くな!」


 上がった直後、高い声が響いた。声の方を向けば...5歳くらいの少年がボウガンを構えこちらを睨みつけていた。


「制圧します。」


 それだけ言って私とビルグレイを離し...ナ―シャが動こうとした。

 だが、私は咄嗟にその手を掴んだ。また、感じたのだ。何か...違和感を。


「ねぇ、僕。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 そんな硬直状態の中、口を開いたのは陽気な老人だ。

 老人の言葉に少年は警戒を深める。


「喋るな!」


「ニアか...フェナはどこかな?」


「なんで、お前...」


 少年に、動揺が走った。私は今なら大丈夫と判断し...ナ―シャの手を離した。

 ナ―シャは待てが終わった瞬間に動く。二歩大股で肉薄し、その矢が放たれる前にボウガンを蹴り上げ少年を無力化させた。


「いるんでしょう。出てきなさい。私達は争いに来たわけじゃありません。」


 ナ―シャが少年の立っていた部屋の奥へ声をかける。

 すると一人の少女がナイフを持ってとぼとぼと出てくる。少し少年よりも年上の、7歳ぐらいだろうか。

 もう一人の少女が別の方向、少し離れた部屋からボウガンを持って出てきた。こっちは8歳ぐらい。顔が似ているし姉妹だろうか。


「「ビルおじちゃん...」」


 少し瘦せこけた少女二人は、その名を確かに呼んだ。この、陽気な老人の名前を。


「ニア、フェナ...よかった。ここに居たんだネ。」


 二人は武器を捨てるとビルグレイへ抱き着きわんわんと泣き出した。近くで見ればより...酷い境遇に居たのが分かった。

 だからかは、分からないが、私の口は勝手に動いていた。


「私は、貴方達を助けに来ました。ここについて、教えてもらえる?」


 -----------------


 広めの部屋に案内され、私達はソファに腰掛けテーブルを挟んで向かい合った。

 少女二人と少年一人が向かい側で、私とナ―シャとビルグレイがこちら側である。


「初めまして。私はリン。アルカナリス治癒院から派遣されて来ました。君達の名前を教えてくれる?」


 遂一時間前に覚えた教訓。対話は名乗るところから始めるべき、を活かして私は最初に名乗り、相手にも名乗るように促した。

 ただ、子供達は私の言葉を聞くとビルグレイの方に視線を向けた。


「大丈夫。この子なら大丈夫だよ。」


 その視線に答えるようにビルグレイが言った。すると子供達同士で何やら話し合った後、こちらに目を向けた。


「わっ、私、は、ニア、です。12歳です。」


 三人の中で最も背の高かった少女が、ニアと名乗った。薄い紅色に藍の瞳が特徴だ。

 というか12歳...?どうやらかなり痩せているらしい。私が見間違えるほどに。


「私は...ふぇな。はち。」


 少し呂律が怪しいが、確かにそう聞こえた。ニアが何か耳打ちしているので恐らくその通りに喋っているみたいだ。

 こちらも薄い紅色に藍の瞳。しっかりと見たから確信を持てる。ニアとは姉妹だろう。


「ルアン。7歳だ。」


 自慢げに答えた。少しフェナが睨んだ所を見るに恐らくは勝ち誇っている、ということか。

 ルアンは黒い髪に褐色肌、碧色の瞳が特徴だ。身長は年相応だし、こっちはそこまでの心配はなさそう。


「…ありがとう。早速で悪いんだけど…この孤児院で何があったか、教えてくれるかな?」


 名前を記憶しながらも次の話題へ進めるべく質問する。

 またも三人は顔を寄せ何かを話し合ったあと、こちらに向き直った。


「なんか、ニアとフェナがそっちの爺さんじゃなきゃ嫌だって言ってる。よく分かんねえけど。」


 ルアンの物言いは突き放すようで少なくともこちらの誰も信頼していないことだけは分かる。

 何にせよ、これは『患者』の要望だ。私には、応える義務がある。


「…ビルグレイさん、いいですか?」


「構わんよぉ。」


 陽気に笑って言うビルグレイ。どこか暗くなりそうだった雰囲気まで変えてしまった。

 彼なら、任せてもいいだろう。私が腰を浮かすとナ―シャも続いて立ち上がる。


「少し外の空気を吸いに行きましょう。ナ―シャさん。」


「かしこまりました。ビルグレイ殿、何かあったら呼んでくださればすぐに駆け付けます。」


「大丈夫じゃよぉ。」


 ひらひらと手を仰ぎながら笑うビルグレイに見送られながら、私とナ―シャはその部屋を出た。





ナ―シャはよく食べ、その分いっぱい動く子です。だからメニューを見て目を輝かせていました。リンの心配は杞憂ですね。

二人を抱えたのは素の筋肉によるものでそれと同時に防御魔法を展開して矢を防いでいました。優秀なのは名実ともに、というわけです。


リンが感じ取った違和感は奥の部屋は扉が閉まっているのに少年が立っていた部屋の扉が開けられていたこと、です。

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