1章9話 決意の時
「……っはぁぁ……あっぶなかったぁぁ……」
クロウが地べたに座り込み、大きく息をつく。
私たちは今、咄嗟にクロウの魔法で治癒院の外、人通りの少ない路地へと出たところだ。
「流石に……緊張しましたね。クロウ、下見に来た時は人の入りは無かったんですよね?」
ギロリと、フィオナがクロウを睨む。
クロウは必死の形相で首を横に振った。
「無かったって。夜中から朝方まで見張ってたんだぜ?勘弁してくれよ。」
「……それもそうですか……」
フィオナも少し動転しているのだろう。だから少し考えればありえないということでさえ疑ってしまっている。
……でも、疑心暗鬼になるのも仕方ないだろう。
だってあの時間違いなく訪れた男が……
「……リン様、あの声の主、覚えがありますよね?」
「えぇ、それはもう。ほんの昨日聞いたばかりですから。」
「…聞き間違いであればどれほど良かったか…」
二人でうーんと、頭を悩ませていると話についていけないクロウが口を開く。
「なんだ?あの男、知り合いか?」
「……あれは間違いなく、ヴィンセント様です。ルナリス治癒院院長の。」
「・・・は!?」
数秒固まった後、クロウが驚きの声を上げる。
そして目を見開きフィオナに詰め寄った。
「聞き間違いじゃないんだよな?」
「はい。」
「っ〜……マジかよ。」
面倒くさそうな表情を浮かべた。
正直私も、フィオナだって頭を抱えたい。いや、既に抱えているがどうすればいいのか…
「1度戻り、ガルディス様に報告を。」
「そうだな。」
2人の意見は合致し一先ず館へ戻ることとなる。
特に準備はなく、すぐさまその場で館へと転移した。
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屋敷の書庫に戻るとすぐさまフィオナと私はガルディスの私室へ向かった。
クロウはまた別件で動かなければならないらしく…
「スパルタ過ぎんだろ……」
と、文句を漏らしながらどこかへ行った。
……何故かフィオナはとても笑顔だった訳だが理由はお察しの通りである。
ガルディスの部屋の前に着くと、フィオナが扉の近くに居た従者へ話を通し、許可を貰い入った。
「失礼します。旦那様。」
断りを入れてから、フィオナが先に入る。私もそれに続く。
軽く挨拶を交わすと座るように指示され私とフィオナは腰を落ち着かせた。
「何が見つかったんだ?フィオナ。」
既に禁書庫へ入ったことは周知しているようでガルディスは早速、本題に入るように促す。
フィオナは思考を整理するように一息ついてから、口を開いた。
「まず、私達が調べたかったものは見つかりました。こちらの本の内容丸々が恐らくは。」
件の本をどこからか取り出しガルディスへと渡した。
ガルディスは表紙を見て、怪訝な顔になる。
「……続けろ。」
「はい。先の本を見つけた矢先、書庫へと踏み入る者がおりました。そして、我々は確かに聞きました。その者が、その本を探していたことを。」
「何奴だ?」
「ルナリス治癒院院長のヴィンセント様かと、思われます。声と魔力による推測なので確信までは至りませんが、今頃クロウが調べていることでしょう。」
「ふむ……そうか。なるほどな……」
話を聞き終えたガルディスは顎を撫で、考える素振りを見せてから、言った。
「確かに、奴の物言いやら態度には違和感があったが……そういうことだったか。だが……残念なことに、今奴を捕縛することは叶わんだろうな。」
「どうしてですか?」
決してそれぐらいのことでは怯まない。ガルディスの言葉には何か理由があると分かっているから。
「奴は腐っていても実力は確かだ。そして、この世界は実力至上主義、ひいては……魔法至上主義。その証拠さえ無ければ結局のところ奴の信頼を揺るがすことは出来ん。それに、奴の後ろには強大な貴族がいる。」
要するに……証拠を持ってこい、ということだろうか。
……それなら……
「証拠があれば、いいんですね?」
「…あぁ、それも……決定的なものでなければならない。でなければもみ消されて終わりだ。」
「っ……リン様!?」
フィオナは気付いたらしい。ガルディスも……元より、フィオナの話を聞いた時点で決めていたのだろう。それ故に動揺は少ない。
「ならば、私にお任せを。」
「き、危険です!相手は……治癒院、さらには大貴族です!」
「フィオナ。下がれ。」
ガルディスが威圧しながら立ち上がり、フィオナに退室を命じる。
「……失礼します。」
フィオナはなんとも言えない顔で私を見たあと、部屋を出た。
さらには従者にまで指示し私と2人きりになる。
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暫くの静寂の中、先に口を開いたの無論、ガルディスである。
「よく聞け。リン。」
「はい。ガルディス様。」
「……お前がどうなろうと、私達シルヴァーナは最後まで後ろ盾となろう。」
「っ!」
思わず、肩が飛び跳ねた。それほどに、嬉しく感じた言葉だった。
でも、それと同時に疑問も浮かぶ。
「最初に言っておかなければと思ってな。これは我々が貴族であり、シルヴァーナであるから……お前に受けた恩義を返すためだ。裏はないと、魔法に誓おう。」
魔法に、誓う。それはこの世界における魔法がどういう立ち位置かを考えれば重みが分かる。
「ありがとう、ございます……」
それしか、言いようが無かった。疑っていたことの罪悪感が押し寄せてくる。少し、泣きそうだった。
私が少し落ち着くまで待ってから、ガルディスは再び口を開く。
「リン。これからお前は……治癒院に向かい、ヴィンセントの悪事を暴くんだな?」
「はい……そのつもりです。」
「ヴィンセントは……魔法至上主義の推進派筆頭だ。それ故に、推進派の貴族と繋がっている可能性が高い。それも……高位の、4大貴族だろう。」
ゆっくりと、一言一句違えずに伝えられる。
その言葉一つ一つを吟味していく。
「つまり、ヴィンセントの敵になるということは……この国の、推進派そのものと敵対することになる。」
「……覚悟の上です。」
そもそもとして……魔法が使えない私は推進派がいる限りは安寧が来ない。だから……目的と、合致しているのだ。
「あの、ガルディス様。」
この際、だ。今しかきっと言えるチャンスは無い。だから、私は胸の内をさらけ出す覚悟をして、口を開く。
「私は魔法が使えないのではありません。魔力が……無いのです。今まで隠していて……本当に、申し訳ありません。」
「あぁ、知ってるとも。」
「………………え?」
時が固まった。今……なんて……
「生憎、僕の最も得意なことは魔力感知なんだ。だから……知っていたさ。エレナも、フィオナもだ。クロウも多分知ってるんじゃないかね。」
「な、なんで……」
「最初に言ったことが全てだよ。」
────────恩義を返すため。
その言葉のためだけに、破滅の可能性がある道を後押ししてくれている。自身の全てを賭けて。
そんなの……そんなの……
「ありがとう、ございます……!」
頭を下げ……とにかく、お礼を言った。
どうしてここまで、なんてもう考えない。寧ろ……どう恩返ししよう、そう考えると……スっと胸が軽くなった。
この世界に来てから、恩返ししないといけない人が増えていく。私に……何が出来るだろうか?
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いっぱい、改めて謝って、お礼をして……
それから、可能な限り必要なことを学ばせてもらって、色んなものを貰って……準備を終えた。
「失礼します。リン様はいらっしゃいますか?」
その、少し豪華な部屋のドアがノックされる。共に来ていたフィオナがドアを開け、何かの書類を受け取った。
「リン様……合否通知です。」
手渡され、内容を確認する。合格する、と豪語したが……実際のところはかなり緊張している。
「えっと……筆記100点……魔力評価……1点……実技が……」
ここまでは想定内で……問題の、実技が……
「測定不可能」
そう、書かれていた。首を傾げるも続きがあった。
「但しこれは悪い意味でなく我々の技術を遥かに凌駕しているからであり、点数は関係なく、合格とする……」
「おめでとうございます!リン様!」
「やった!」
ハッとした時には既に遅い。素直な喜びはフィオナに聞かれていた。少し恥ずかしい。
「……えと、これで、任務へ行けますね。」
「今の、お嬢様に見せてあげたかったですわ。」
「もう!フィオナさん!」
……少し、距離が近くなったように思う。それが……嬉しいけど、少し落ち着かない。
今まではずっと1人だったから。
「……では、参りましょうか。治癒院へ。」
「えぇ、必ずしや……この世界に思い知らせましょう。リン様の技術を。」
「恥ずかしいですよ……もう。」
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私が……違うね。私達が、これからやるのはこの国に反逆する行為。そう、言うなれば、『革命』 だ。
必ず果たして見せよう。生き残るため、恩返しするため……医者として、人々を救うための……革命を。
「今度は闇医者じゃない医者として、生きれればいいなぁ。」
これにて第1章は終わり、ここからリンの革命が本格的に始まります!
また登場人物紹介を上げたら2章投稿していきますので、どうぞお楽しみに!




