1章7話 影の魔法
「っあっ!止まんぞ!」
突然、クロウが声を荒らげる。
その直後馬車が急ブレーキし荷台が一瞬浮き上がった。
「落ちてねぇか!?おい!」
「だい、じょぶ…です。」
正直、別の意味で死にそうだが……今はそんなこと言ってる暇は無い。
状況の確認だ。ここは……行き止まり?
「なんで、止まって…」
「しっ、静かに。」
荷台の方へ移動してきたクロウに口を抑えられる。
突然の事で驚くも声色が先程と違い少し落ち着いた真剣なものだったため大人しく従う。
「…追っ手だ。屋根伝いにずっとこっちを付けて来てる。」
「!」
「もうそろそろ来る。息を殺しておけ。最悪の場合は…魔法を使う。」
コクリと頷くとクロウもそれ以上何も言わず、とにかく息を殺していた。
それから…何時間にも思える沈黙の数分の後、ザっザっ……と、2台の方に規則正しいリズムの足音が近付いてくる。
「……」
その足音は、丁度荷台の前で止まり…
「『ファル・マグナス』」
「っ!」
「!?」
その詠唱を口にした。今度は女の声だ。
瞬時に私も、クロウも動き出す。私はすぐに荷台から出ようとしたがクロウは私の手を掴み…詠唱した。
「『シャドウズ・テレポート』」
一瞬、ほんの一瞬だ。視界が真っ黒に染まり…身体が落下する感覚と、妙な浮遊感が全身を駆け巡った。
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「…え?」
次に目を開くと、そこは荷台の中では無かった。
見覚えのある部屋…
「ぁぁ〜上手くいったか?」
クロウは頭を手で抑えながら目を見開く。
彼の周りには黒い何かが蠢いていた。あれは…
「よし…ここ、フィオナが取った部屋だな?」
あ…だから、見覚えがあったのか。
正直この部屋でしたことといえば眠っただけなので記憶が少し曖昧だった。
私が頷くとクロウは一息つき、床に座り込んだ。
「フィオナが帰ってきたら一旦館に戻る。」
淡々と次の行動を告げてくるクロウ。しかし私には気になることがある。
「その、フィオナさんは、大丈夫なんでしょうか?」
自ら降りていったとはいえ置いていったのだ。心配でないわけが無い。
だがクロウの反応は違い何か言いづらそうに、口を開いた。
「…寧ろ敵の心配をしてやってくれ。フィオナが戦いだしたら俺でも手のつけようがねぇ。」
その言葉には哀れみが含まれている。本気で、相手に同情しているんだろう。
そこまで本気を出したフィオナは恐ろしいのだろうか。
「多分そろそろ帰ってくる。…お、噂をすれば、だな。」
コツコツ、と規則正しい足音と共にドアがノックされる。
「じゃあ…そうだな…マスターの好きなところ3個。」
ドアの前でクロウが立ち止まり、問う。
これは…多分、合言葉みたいなものだろうか。
内容が少しあれだが。
「3つですか…とても悩ましいですね…」
ドアの向こうから本当に、心の底から悩んでいそうな空気が伝わってきた。…もう本物でいいんじゃない?
「…笑ったお顔がとても可愛らしい。苦手なことにも努力を欠かさない。周りに頼ることを忘れない。あとは…」
「…ふぅむ…合格だ。入れ。」
続けようとするフィオナを無視してクロウが言うとドアが開き、まずは男の身体が投げ入れられる。
そして、フィオナが続いて入って来た。何かぶつぶつと呟きながら。
「いや…」とか、「あれも…」とか…多分、さっきの質問が彼女の中ではまだ終わってないらしい。
「おーい、フィオナ。戻ってこい。こいつはなんだ?おい。」
「結論を出すにはまだ早い…あぁ…お嬢様に会いたい…」
「聞いてんのかって。」
全く話が通じなくなったフィオナに、クロウが肩に手を置いた、その瞬間。
「うるさい!今集中してるんです!」
「へ?」
振り返り様の強烈なフィオナの裏拳が、クロウに炸裂したのだった。
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「…ほんとに、申し訳ありませんでした。」
正座してしゅんと項垂れるフィオナ。
ようやく現実に帰ってきてくれたようで一安心である。
「今回のは流石に俺、悪くないと思うんだが?」
「うっ…」
ここぞとばかりにクロウはフィオナを責め立てようとしているが…今はそんなことしてる場合では無いだろう。何より本人もかなり反省しているみたいだし…止めた方がいいかな。
「…フィオナさん、さっさと謝ってください。クロウさんも、館へ向かう準備をしてください。」
私が言うとフィオナはすんなり謝り、クロウも仕方なし、と言った様子で準備を始めた。
出来るなら言われないでもやってほしいものだ。
「そんで、そいつが…あれか、狙ってきたやつか。…なあフィオナ。ここに来る途中、もう1人見かけなかったか?あとついでに馬車の残骸。」
「いえ……やはり、1人ではなかったのですね。」
フィオナはクロウの発言で色々察したらしい。
でも確かに、あそこでフィオナを振り切って追ってこなかった。その時点で狙いがフィオナ自体か別で追っ手がいたかのどちらかに絞られる。
「色々と吐かせてから…あ?」
クロウが男の顔を見て、怪訝な表情をした。
私も気になり、覗き込む。
「…え?」
「…」
その男の顔はまるで凍りついたように、生気を感じない。
思わず手首に触れ、脈を測る…
「息、してません。」
脈を感じなかった。呼吸もしていない。既に、死んでいる。助けようが…無い。
「おい、フィオナ!お前やりすぎたんじゃねえのか!?」
「峰打ちで済ませました!それに私が魔法を当てた後は間違いなく生きてましたよ!」
2人とも、少し気が動転している。
逆に私は…冷静に死因やらを考え出す。
正直、こう言った状況には慣れてしまっている。若干感覚がマヒしているのだろう。
「…落ち着いてください。少なくとも、死後から数時間は経っています。フィオナさんがやった訳では無いです。」
検死にはそこまでの自信はないが…この遺体の状態と、似た者は見たことある。それが…
「原因は衰弱死です。」
衰弱死した、遺体だ。
ただ…それだと、1つ分からないことがあるのだ。一体どうして…遺体が意志を持って動いていたのか。
「待てよ。それじゃあさっきまで動いていたのは…」
「魔法の類で、そういったものは?」
私にその辺の知識は無い。だから聞いたのだが…2人とも、首を横に振った。
「1度館へ戻りましょう。書庫の魔法関連の書物に記されているかもしれません。」
「そうだな。どの道一旦帰るつもりだったわけだし…」
フィオナの提案にクロウが肯定する。
…この2人、喧嘩以外で口を交わえることが出来たのか。
とにかく一旦帰ることで結論が出たため2人は慌ただしく準備を始める。
クロウは床に手を付き何かを唱えフィオナは軽い荷造りを始めた。
その荷造りが落ち着いたところで、クロウが顔を上げ口を開く。
「既に『道』は作ってある。ほれ。」
クロウが手を差し伸べてくる。それを、フィオナが握る。
「リン様。お手をどうぞ。」
フィオナもクロウと同じように、今度は私は手が差し伸べられる。
訳が分からず首を傾げるとフィオナは久々に見せる優しい笑みを浮かべて、答える。
「此奴の魔法は触れた者にしか影響を与えられないのですよ。だから、手を繋ぐのです。」
「はぁ…?」
あまり分かりやすい説明では無かったがとにかく手を繋げばいいのだろう。と、フィオナの手に触れた。
「じゃ、いくぜ?目は開けんなよ。」
言われた通り目を瞑る。
「『シャドウズ・ロード・テレポート』」
また、荷台の中で感じた感覚が再び私の中に走った。
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浮遊感や落ちる感覚が無くなった。目を開けるか迷ったが指示を待つことにする。
「えっ、お嬢様!?」
「マスター!?」
2人の驚きを含んだ声がして、少し目を開けそうになる。…開けてもいいのかな。
「リン様、少々お待ちを。」
フィオナに改めて言われたためガサゴソと音のする中大人しく待つことに。
それから数分ほど待った頃。
「もう、目を開けても構いませんよ。」
丁寧な言葉で、クロウが言った。さっきまでは言葉遣いなどあって無かったようなものなのに急になぜ…と、思いながら目を開ける。
「リン様、おかえりなさいませ。」
目を開いた瞬間…視界に入ったのは、1人のメイド。…の、服を着たエレナである。
「・・・」
一体なんで、このご令嬢はメイド服を…
困惑の中でも会話は続いていく。
「お風呂にいたしますか?ご飯に致しますか?それとも…それとも…」
「頑張ってください!お嬢様!」
「マスター、似合っています。」
待って、本当に待って欲しい。情報量が多すぎる。
私の思考は急いで情報の整理に専念する。
・まず、なぜエレナがメイド服を着ている?
・2人は恥ずかしがるエレナを励ましている。多分うるさい外野。
・後ろで話しかけたそうにしているガルディス様は何?
……ワカラナイ。本当に、分からなかったが…
「えっと…お風呂で。」
「かしこまりました!今すぐ魔石を起動させてきますね!お背中お流します!」
「…アリガトウゴザイマス。」
もう、考えることがめんどくさくなった私はされるがまま、流れに乗った。
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私がお風呂で溶けている中、フィオナやクロウはせっせかと情報を集めていたとさ。
エレナがメイド服を着たのは「リン様労いたい!」から始まって何をされたら嬉しいのか?を考えた結果、いつものフィオナの真似を頑張ってやっているらしいです。ちなみに急に戻ってきたからまだ不完全なメイド、という自認である。




