1章4話 道中にて、視線
「推薦状、ある。受験票、ある。筆記用具、ある。飲み物を入れた革袋……後、手術道具。」
最後に針と糸、綺麗な布を入れて袋の口を閉めた。3回ぐらい確認したから忘れ物は問題ないだろう。
「もう行かれますか?リン様。」
私の身支度をテキパキと整えながら問われる。
本当になんで私までこの人にお世話されてるのかは分からないが、今は時間が無いのでありがたく思っておこう。
「はい。余裕を持って行きたいですからね。」
恐らくは日本人では基本であろうこと。何より時間ギリギリを攻めれるほど肝が据わって居ない。
「分かりました。では行きましょうか。」
フィオナの身支度を待つことになるかと思っていたがいつ終わらせたのか、既に彼女は準備万端である。
「……どういう技術?」
そんなことを思いながら私とフィオナは試験会場である、「ルナリス治癒院」へ向かった。
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「あの山の方で見えるのがルナリス本院です。……暇潰しに、なぜあのような場所にあるか、分かりますか?」
荷台からそっと顔を出すと確かに白と金の目立つ配色の建物が遠目にも見えた。
「昔は欲を断ち神々に身を捧げるものが集まる場所だった。だから、大抵の治癒院は辺鄙な場所に立っている。……で、合っていますか?」
「正解です。」
教えてないのに、と呟いているが勝手に調べたのだ。所謂敵情視察とも言える。
そんな、適当な雑談を交えながら試験会場に向かっていた時。
「……!」
何か、視線を感じとった。それも、複数の。
昔から私は人の視線に敏感だった。特に、自分の知らない人相手には。だから今も気付いたのだ。
普通の通りにいる人たちならばいいが、人気のない場所からも視線を感じたのだ。
明らかに誰かに監視されているような、気がする。
「フィオナさん……もう少し、人通りの少ない通りはありますか?」
「え…?あぁ、はい。あそこを曲がればもう少し人気は無くなるかと。どうかされましたか?」
「……少し、勉強に集中したいので。」
別に人の声があったとて集中は出来る。
だからこれは……私の疑心を確信に変えるため。
ここだと、好奇の目やらで溢れていてどれが本物の疑わしい視線か分からない。本当に存在したかも。
「かしこまりました。少し揺れるのでお気をつけを。」
ガタリ、と荷台が揺れると方向が切り替わった。
「……どうするかな。」
仮に、何らかの理由で観ているとして、相手側の思惑が分からない。
敵襲なら無力化。観ているだけなら放置……こちらから仕掛けるべきではない。フィオナも居る。得策とは言えない。
「ひとまず……馬車に糸を張っておこうかな。入ってこられると困るし…」
せっせかと馬車の荷台の入口に糸を仕掛ける。入り込もうとすれば引っかかりそのまま壁にぶつかったように落ちることだろう。
「フィオナさん、そちらで勉強してもいいですかね?少し酔いそうで…」
「構いませんよ。」
荷台から御者台へ移るとフィオナが顔を寄せ耳打ちする。
「……何かありましたか?」
恐らくは先程の事も含めて、ということだろう。フィオナはかなり勘がいいらしい。
「3人ほど、先程の道から着いてきているようです。それも不自然に、距離を開けたり近づいたりしていますね。」
隠すべきでなく寧ろ共有すべきことな為包み隠さず言った。フィオナの顔も険しくなる。
「急遽試験日が早まったことと何か関係があるのかもしれません。ここは速やかに通っていきましょう。……ですが」
フィオナの手綱を握る手に力がこもる。そして……一瞬、ものすごい殺気を放った。それも、笑顔で。
「仕掛けてくるようでしたら……容赦はしません。」
……今ほんの一瞬熊と対峙したのかと思って身構えた。そのレベルで恐怖を感じた。
「……フィオナさん、強いんですか?」
恐る恐る。下手を聞いたら殺されるんじゃないかという恐怖が付き纏う中、聞いた。
「昔の話ですよ。もう……本当に、昔です。」
どこか遠い目でそう言った。これは多分「これ以上聞くな」ということだろうか……
触らぬ神に祟りなし、だ。
などと呑気に考えているとフィオナは前方を確認し……手綱を持ち直した。
「ともかく急ぎましょう。しっかり掴まっておいてください。」
その宣言がされた瞬間、ガタンと、馬車が揺れた。
「え……え、え、えぇぇぇぇぇぇ!!!??」
馬車が加速し出し、私は死を覚悟した。
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その加速する馬車を、3人の男が見つめていた。
1人はエレナの従者、クロウである。彼はエレナとガルディスの指示により先んじてルナリスへ潜入していた。ちなみにフィオナの放った殺気に死を覚悟したらしい。
1人は上位冒険者、リュイ。ルナリスはシルヴァーナ領の冒険者がよく拠点にする場所なので居てもおかしくはない。リンに気付いた彼は声をかけるか悩んだが荷台に糸を張られ加速し出した時点で諦めた。
……最後の一人は、果たして?
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その後、何事もなく……正しくは事の最中だったわけだが、治癒院まで辿り着いた。
「なんとか、開始時刻に間に合いましたね。」
「えぇ……ちっ……命拾いしましたね。」
今のは聞かなかったことにしよう。うん。
何はともあれ無事に来れたのでよしとして、今から試験である。
「リン様、参りましょう。」
「はい。」
治癒院の門をくぐると白と金の、協会のような建物が目に入った。そこには街にもいた精霊達がより多く見える気がする。
「失礼します。」
先んじてフィオナが入り後に続く。入ると受付があり、その奥に会場があるという案内があった。
「本日はお越しいただきありがとうございます。日程変更もありましたがご不便はありませんでしたか?」
丁寧に挨拶をしたのは金髪ウェーブの優しそうな雰囲気の女性だ。
女性がにこりと笑いかけるとフィオナは私の荷物の中から推薦状を取り出した。
「はい。本日はこちらのリン様の受験に参りました。こちら、我が主ガルディスの推薦状です。」
「お話は聞いておりましたがこの方が……」
ぱぁっと目を輝かせて見つめられる。これは……多分、興味を持たれてるんだと思う。というか、話は聞いてたって……
「あ、すみません!はい、ご確認できました。受験表はお持ちですね?」
「はい。」
さっと手渡すとそれも一通り確認される。その後、「案内します」と言われたのでフィオナに一時の別れを告げ私は会場へ向かった。
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会場に入ると、誰もいなかった。だだっ広い部屋にポツンと机が一つだけある。
「…ほかの受験者は…?」
「本日は貴方だけです。」
背後から、どこかで聞いたことのあるような男性の声がした。声の方へ振り向くと見た事のある顔があった。
「わざわざ早めたというのに受験者が現れたとは…しかも、貴方とは。」
その男…名前は知らないが、ガルディス様の治療を担当していた治癒士だ。金髪の、眼鏡をかけた私に挑発していた、あの人。
「本日はお世話になります。」
「ふん…まさか治癒士を名乗っていたのに資格を持っていなかったとは…しかも、推薦状付き…ですか。」
悪態を着いた後…顔が耳元に近付けられ…悪意の籠った声色で告げられる。
「ガルディスに何をしたんだァ?クソガキ。」
「…ただ治療しただけです。」
「はっ、野鼠風情が?」
これが、この男の本性だろうか。なんと言われようとも私には…響くことは無い。全部、憶測に過ぎないのだから。
「私しか受けないのであれば、早く始めましょう?試験官様?」
「生意気な…どうぞ、座ってお待ちください。」
それだけ吐き捨てるとまた部屋を出ていった。多分、試験の準備でもするのだろう。
「試験官は不正を防ぐために3人以上いるわけだし、大丈夫……だよね?」
不安を抱えながらも私は席に着き、試験へと臨んだ。
クロウは少し特殊な闇属性魔法が扱えるので潜入などが得意です。




