序章1話 知らない世界
ドクドク、ドクドク…と、身体中に目まぐるしく熱が回っている。
熱い。熱い……熱い……痛い?
「ぅ゛っ……ぶはっ…」
口元から血が吹き出る。鉄錆の味が、口の中へ広がっていく。
『腹部に刺し傷。臓器損傷……致命率90パーセント。』
そんな時でも頭は冷静に自身の状況を考える。
もう助からないということは考えもせず。
「こいつを……して……とけ。」
路地裏に聞きなれた、優しいはずだった声がこだまする。
声のした方へ顔を動かすと想像通りの、優しい顔がそこにあった。
「おじ……さん……」
私の叔父だ。私を闇医者に育て、愛してくれた。そのはずだった。優しかった。のに、なんで……
「なん……で……」
私は刺されているんだろう?
疑問と、痛みと、熱が体を支配していく。冷たい路地にいるはずなのに、雨が降って体が濡れているのに、私の熱は収まらない。
「ちっ……こいつを……きれば……楽だったのによぉ。」
叔父は悪態を付きながら私の元へと寄ってくる。そして昔やってくれたように頭に手を……
撫でてくれるなんて、そんなはずが無い。この状況になっても、どれだけ頭が良くても、それを理解できていない。現実逃避したくて、その事実から目を背けようとした。
──────────カチャリ。
頭に突き付けられたのは、拳銃。明確に、殺意を持った鉄の塊が額に当てられ…
「嫌……嘘……」
私が何か言うよりも先に、その引き金は引かれた。
「ぁ…」
意識が、暗転する。痛みも、熱も…その、大事だった思い出も。何もかもを失ったあと、私は死んだ。
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佐藤 凛は、天才である。それも現代では到底あり得ないほどの。しかし天は二物も与えてはくれなかったようで...
彼女は13歳の時に医大を飛び級で卒業した。
そのまま技能を生かそうと始めは表の医者を目指していたがまともに話すこともできない、最悪の場合は泡を吹いて倒れるほどのコミュ障と対人恐怖症を患っていた彼女はまともに組織で働くことができず独立。
来る患者拒まずで居たところ裏社会では知らないものはいないほどの闇医者となっていたのである。
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そこで私は目を覚ました。目を……覚ました?
自分の今の状況に、首を捻る。
「致命率は既に100パーセントだった……のに……なんで?」
間違いなく、脳天に銃弾を受けた。それにそもそも腹部の刺し傷だって…ほとんど致命傷だった。
「リン!ご飯だよ!」
私の名を呼ぶ声がした。立ち上がり、声のした方へ向かおうとしたが思うように身体が動かずよろけた。
リン『後遺症……かな?奇跡的に生き延びた?なら……ここは何?』
思案しながらも戸を開ける。
「ほら、冷めちゃう前に食べなさい。」
50代ぐらいの、民族風の衣装を着た知らない女性が居た。……誰?誰?怖い……!
リン「え、えと、お邪魔しまっちた!」
戸を閉め回れ右。しばらく歩いたところで蹲る。
リン「何……!?何……?誰!?あんな人見たことないし……患者さんにも居なかった、はず。」
心臓がバクバクとうるさく音を立てる。知らない人に話しかけられ笑いかけられたことに対する恐怖。
久々に人と話し噛んでしまったことの羞恥。様々な感情が脳内を駆け巡る。
「どうしたんだい、慌てて。」
肩に手を置かれいつの間にやら背後を取られていることに気が付いた。
「……………ひゅ……」
今までの感情に加わり驚きが混ざり感情がショートし私はその場で失神した。
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「……ここ……どこ……」
目を覚ますと知らない天井があった。そうだ、知らない天井だ...ってやつ!私がやる側になるなんて...!
「おや、起きたかい。」
背後から突然の声。驚きのあまり身体が跳ねる。
「………………!」
声にならない声すら出なかった。喉まで出かかった言葉はそのまま腹の底へと戻る。
「あんた、体調が悪いならそう言いなさい。無理して倒れられたらこっちも面倒なんだよ。」
女性が淡々と熱やらを測りながら語りかけてくる。その内容は悪態だったが……声音はとても優しかった。
「……ぇと、貴方、はだ、誰ですか?」
恐る恐る、私は問う。怖かったし女性を完全に信用はしていないが気を失った私に何もしなかったのだ。そこだけは信じられた。
「なんだい?さっき頭でも打ったんか?ミレーヌだよ。ここの宿屋の主人さね。」
私の頭の様子を診ながら答えてくれる。やっぱり……親切だ。優しいんだ。……でも、なんで?
なんで私に優しくするの?と、喉まで出かかった言葉を抑え込む。
「……私は、リ、リン、です。えっと、あの、ここは……どこ、ですか?」
「あんたの名前なんざ知ってるよ。ここはルミエール村さ。ほんとに頭打ったのかい?見たところ腫れも無いけど……」
私の頭に触れようと手が伸びる。
「っ……嫌!」
反射的に身を引き手を弾いた。本当に、反射的だった。
「ぁ……」
やってしまった。怒られるし殴られる。嫌だ。痛いのは嫌だ。怖い。ごめんなさい。殴らないで。
「……私ゃあんたを取って食わねぇよ。失礼な。今日は一段と拗れてんのかい?……分かったよ。何かあったら呼びな。」
それだけ言い残すと頭を掻きながらどこかへ出て行った。
「なんで...叩かないんだろ...」
私の胸に疑問と、分からない感情を残して。
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「……私……」
怖かった。先程鮮明にフラッシュバックした、死の瞬間。そこから私はおかしいことに気づいた。今、私の姿は幼く、若返って10歳くらいになっている。それに聞き慣れない地名に見慣れぬ衣装。間違いなく……ここは……
「異世界……そして、転生?」
現実的じゃない、と言ってやりたい。でも証明できないのだ。
「……どうしよう……」
嫌な夢だと言って欲しい。でも何度頬をつねっても目は覚め無かった。
「ミレーヌ、さんが言ってたみたいに記憶喪失とかだったら……まだ良かったのに……」
忘れたい。色んな記憶を、全部。嘘で塗り固められていたから。
「……私、どうやって生きていこう……」
これからのことを考えると頭が痛くなる。何も知らない、分からない世界で私は……どうすればいいんだろう?
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「おい、寝てんのかい?」
「!?」
これからの不安を考えるのが嫌になり現実逃避していた所話しかけられた。驚きのあまり勢いよく飛び跳ね振り返る。
「なっ、なな、な、何?」
バクバクとうるさい心臓を宥めながら答える。
「……あんた今日変だね。ま、いいさ。私はこれからタリスんとこに行ってくるからしばらく帰ってこないよ。」
知らない名前が出た。何か用事だろうか。
「何を、しに行くんですか?」
その言葉にミレーヌは首を傾げるながらも答えた。
「いつものやつさ。なんだい?興味があるのかい?」
ニヤリと、嫌な予感がする笑みを浮かべて。
「えぇ、と……」
断ろうかと、思っていのだが。
「仕方ないねぇ。着いてきな。ほら。」
無理矢理手を引っ張られる。どうやら既に拒否権など無いらしい。
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初めての外だ、などと考える間もなく手が引っ張られる。
「ミレーヌ、さん、タリスさんって」
少しでもペースを落として欲しくて普段だと考えられないが自ら声をかけた。
「あぁ、何処にでもいるような奴さ。どうやら怪我したみたいでね。見てくれって奥さんがうるさいんだよ。」
診る……ということは、ミレーヌは医者なのだろうか?でも宿屋の主人って言ってたような……
「着いたよ。あんたはここでお待ち。」
考え事をしていたら着いたみたいだった。恐らくはこの世界では普通の、民家の前だ。私はすぐそこのベンチに座るように言われた。
「流石に実際にやってるところを見せる訳には行かないからねぇ。今日は声だけよ。」
ひっひっひっと笑いながら家の中へミレーヌは入っていった。なんだか……胸騒ぎがするが大丈夫なのだろうか。
「いだぃっ!いだぃっ!いだい!やだぁぁ!やめてくれぇ!!」
「!」
民家の中から成人男性の情けない悲鳴が聞こえた。一体何が起きていると言うのだ。
「少しだけなら、いいよね?」
連れてこられたんだし見るぐらいなら許してくれてもいいと思うし、うん。こっそりと戸を開く。
「え……」
その光景に思わず絶句した。
「いだっ!いだぃっ!ぁぁぁ!!」
「大人しくしな!」
痛みに悶える成人男性とそれを叱りつけながら薬草のようなものを傷口へと塗りたくるミレーヌが居た。そして、ミレーヌの手は赤黒く、血の色で染まっている。
(確かにこれは子供には見せられないよね……)
ひっそりと、戸を閉めようとした、その時。
「助けてくれぇ!頼む!神様!誰か!」
痛みのあまり言った言葉だろう。ただ……その『助けて』という言葉は私の医者としての気持ちを切り替えるのに充分だった。
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ゆっくりとその場へと歩み寄る。
『患者は恐らく20代、男性。腕に刺し傷と切り傷。深さは……2センチ。動脈は避けてる。感染リスク40パーセント。』
軽く頭の中でカルテを作る。ここまでがいつものルーティンだ。
「リン、どうした」
とミレーヌに聞かれるよりも早く、私は口を開く。
「消毒は?」
私の質問に対しミレーヌは目を見張った。多分、知らないはずの単語がこの口から出たからだろう。それでも今の私は構わずに続ける。
「今やったばかりだよ。」
疑問があるはずなのにミレーヌは真剣な面持ちで答えてくれた。
「なら、止血。布と水。後はキツく縛れるものを頂戴。」
何も言わずミレーヌは手渡してくる。
『止血……圧迫は5秒。傷口洗浄、水温……大丈夫。』
テキパキと手を動かす。それも手馴れたように。
「縫合する。糸と針はある?」
「縫合!?あんたに出来るのかい!?」
ミレーヌが驚きの声を上げる。
「出来る。やる。だから早く。傷が開く。」
言い切り手を出すと渋々だが糸と針手渡される。
『糸の間隔2mm。縫合開始……1分30秒で完了。組織損傷最小限。』
終わったと同時に脱力感。経った数分の出来事だが私には何時間にも思えた。
「あ……あ、あれ!痛くねえ!痛くねえぞ!」
「リン!あんたどこでそんな……」
色んな声が交わって、私へ向けられる。が、今の私には全く耳に入らなかった。
(……この身体であれだけのことをするのは……疲れるなぁ……)
疲労が凄まじい。これでは治療の意味が無い。自分が倒れてどうするのだ...
「でも……通用するんだ。」
私の、医術。恐らくは前世の世界中でも上澄みだったと自負できる唯一の技術。
「……これしか、無い。」
私はその決意を胸に……疲労のまま眠りについたのだった。
ご覧いただきありがとうございます! 星屑ノ筆、初投稿です! 拙い文章ですが、リンの医術とビビりっぷり楽しんでもらえたら嬉しいです! 反応次第で、2~3日内に2話投稿予定! 感想や応援コメント待ってます! 星屑ノ筆でした~!




