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広瀬さん達が連れて行ってくれたのは、イタリアンカフェ。

何でも二人が内緒で付き合っていた時から通っている、ログハウス調の内装でカップリングシートなるものがある。

カップリングシートは、他と同じ丸太作りだけど窓に面していて、ガラスで遮られてはいるものの全面ガラス張りなので、色とりどりのお花や木などが人工的に植えられているお庭を眺めながら、食事やお茶ができるシート。もちろん友達同士でも座れるけれど、3シートのみなので、運が良ければそこへ通してもらえる。

予約はランチタイム、カフェタイムはできないそう。 私達は、四人で奥の方の大きな6人用のテーブルに通してもらったけれど、そこからでも充分お庭を堪能できる。

開放的で落ち着くお店。行きつけのお店があるって憧れる。·····私たちはそんなところ全然行けなかったから。


「素敵なお店ですね。外から見た感じと全く違って·····ログハウスだなんて温かみがあって、落ち着きます」

「ほんと?よかったわ。私も最初来た時、そう思ったの。雅也さん、あ、溝口課長がお客様を連れて行く時に利用してたところなの。ね?」

「··········」


あれ、急に機嫌が悪くなってる?もしかしてやっぱりお邪魔だったのかな。


「雅也さん?」

「うん·····ゆり、今はプライベートだから課長はナシだ」「あ·····」


え、そこ?

あ、だからさっき一瞬機嫌悪いように見えたんだ·····なんか意外だし、クールなイメージと違って·····

広瀬さんも少し困った顔で、私に微笑んだ。


「そうだ。今、俺たちの行きつけだから客は連れてこないけどな」

「ふふ·····もし味も気に入ったら、お客さんになってあげてね。ここのマスターもとてもいい人だから、居心地いいと思うの」

「はいっ。もうこの作りと雰囲気だけでもとても来たいです。お茶とかでもいいんですよね?」


食事はあまりできないだろう。家賃が無料なのは、3ヶ月だし、この状態で乃地の仕事先も見つかるかわからないし。

慰謝料と示談金がある程度降りてくるけど、私も外でもっと働けたらいいけれど、やっぱり乃地の状態では、放ってくのも不安だし·····

本当にたまに息抜きでこれたらいいなぁ、なんて思ってしまって口から出た言葉だった。


「ええ…もちろんだけど·····葉山さん聞いても?」

「あっはい。えっと、乃地、話してもいい?広瀬さんには乃地のこと、ある程度聞いてもらってて、事故にあって当分出社できそうにないってところまで話してるの」「そうか。いいよ·····あんまり知られたくないけど、りんを支えてくれた人なんだろ」

「·····乃地。ありがとう」


乃地が私の心を想ってくれてる。

広瀬さんとは恋バナするぐらい打ち解けていた。

広瀬さんの雰囲気や人柄が私を安心させてくれていて、話していて聞いてもらいたいと思わせてくれる。

広瀬さんの言葉は私には必要な気がしたから。乃地とうまくいかなくなって、乃地のここ最近の関係や私の気持ちを聞いてもらっていて、その答えが一度離れましょうと告げてくれた。

不思議とその言葉は、私の心を溶かしてくれた。

自分に優しくあるために、自分を愛してあげるために離れてみましょうと·····

しなさいとかじゃなく、一緒に考えましょうと寄り添ってくれる言葉が、私の心に染み込んだ。

それで自分の今の状況、二人の関係のいびつさや逃げていたことに気付けた。


「実は事故というか·····乃地は·····」


起こったことを短的に話した。

私自身も思い出すのも怖いというのもあったけど、乃地にもし何か心的ストレスなどが起きても·····というのもあったから、記憶障害の方に早く移った。


「まぁ·····そんな恐ろしいことが·····」

「ゆり、大丈夫か?」


広瀬さんはあまりのことに驚き震えて、信じられないという感じだったけど、すぐに溝口課長が背中をさすってあげ、空いた手で広瀬さんの手を握ってあげていた。


「ありがとう、大丈夫よ。ごめんなさい、葉山さん続けてくださって大丈夫よ」

「はい·····それで記憶をなくしてる部分があるってことがわかって、·····ほとんど人は分からなくて、私やご近所さん、親友くらいを覚えています

あとこうして話すのは大丈夫ですが、読み書きを全く·····字を覚えていません」

「そんなことあるのか·····?」

「まぁ·····」


二人とも絶句してる。

それはそうだろう。私だってそうだった。


「だからひらがなの本とか見てたのね」

「そうなんです」

「·····葉山さんは大丈夫?彼のそばにいるのね?」


ちらちらと乃地を見ながら、遠慮がちに聞いてきた。

乃地の家を出る数日前、広瀬さんには別れることを告げていて、住むところがないなら家に来てもいいと言ってくれていた。

しばらく親友の涼子の家にお世話になることになっていたので、感謝しつつもお断りしていたけど·····


なのに今こうして乃地のそばにいて、本屋さんに二人で来ていたら戸惑うのも当然。

私でさえ戸惑ってる。別れを決心できたのに、そうすることもできなくて·····新しい日常を得ようとしていたのに踏み出せず·····


「周りの人も字も覚えていないと、一人では生活が難しいので、字を覚えて生活に慣れるまではお手伝いさん的にいようと·····」

「お手伝いさん·····そう、それでいいのね?」

「·····いいかは分かりませんが、放っておけないのは確かで、それに事件の後の彼は前とは違ってる部分がよく見られて·····ちゃんとお礼や私の気持ちを気遣ったり、わかろうとしてくれるんです」


「当たり前のことだろう?今までそんなことができてなかったのか」


低く冷たい声が響く。

溝口課長のこんな声や雰囲気は初めてだ。

いつも穏やかで暖かそうな雰囲気が全く見られない。 それくらい乃地という人は恋人として、最低だったということなのだろう·····


「愛する人には、愛を表し常にそばにいてくれる感謝と慈しむのがと普通だろう」


そう言って、溝口課長はまたもや広瀬さんの腰に手を回してる。手に力を込め、引き寄せ、広瀬さんの顔を優しく甘く見つめている。


「君はどう思ってるんだ?」


乃地を見る目は厳しいけれど、まっすぐ見定めようとしている目。·····嘘を見分けるための。


「·····今までの俺は酷かったと思います。理由があったにしろ、ただ自分に自信がなく弱かっただけです。でも今は、生まれ変わった今は、りんを大切にしたいです。りんは俺にとって唯一です。どんなに好きか思い知りました。·····だから見て欲しくて·····見てもらえるように、一から·····いや新しく生きていこうと決めてます。まだまだ何もかもがマイナスからですが、まずはこの気持ちを信じてもらえるように行動していくつもりです。本当だから、りん。今度は·····俺は·····」


そう言って、はじめは溝口課長をまっすぐに見ていたのに、最後は私を見つめて揺るぎない気持ちを表わすように話してきた。

「乃地·····」

「言うのは誰でもできるし、なんとでも言える。その言葉を実行して達成できるかは、君の今の状況じゃ遥かに厳しいぞ。またそれで、彼女を辛い立場に追い込むかもしれない。わかってるのか?本当に彼女のことを思うなら、解放してやって君がある程度の土台ができた時、迎えに行くべきなんじゃないのか」


「そうですね·····そうすべきだと思います。俺も·····でもりんを離したくないんです。俺の目に見えないところに行って欲しくないんです。勝手ですが、他の奴に取られるかもしれないと思うと耐えられない」

「えっ」


そんな風に思ってたの?記憶がなくて、心細いとかじゃなく?


「ふ·····」

「雅也さん?」

「いや、何でもないよ。ゆり、彼女にはこれから定期的に社にアルバイトとして来てもらうよ。その時口に出さずとも、俺たちが引き離すべきだと判断したら、そうさせてもらう」

「えっ!」

「雅也さん!葉山さん、他人の私達が勝手なことを言ってしまってるけど、あなたが心配だから。私には娘のようにも思えるのよ」

「広瀬さん、嬉しいです。ありがとうございます。溝口課長もご心配おかけします。私、今は乃地のところにいようと思います。今は前のような冷たさも言葉もありません。いつも謝りと感謝の言葉を言ってくれて、こっちが別人じゃないかと思うぐらい·····びっくりしてしまうくらいです」


「りん·····ありがとう」

「ううん、私もアルバイトでお給料貰えるし」


恥ずかしさから思わず、アルバイトだからと言ってしまう。


「うん、それでも。でも俺はそういう気持ちだから、あ!だからといって、何も強要するつもりはないから」


少し赤くなって、慌てて乃地が言う。


「うん、今の乃地は、私のことちゃんと誠実に接してくれてるってわかってる」


「なら、ひとまず料理も来たし、退院お祝いってことで、ね?」

「はい!ありがとうございます」

「ありがとうございます。これから、りん共々よろしくお願いします」


そう言って、乃地は溝口課長と広瀬さんに頭を下げてくれた。


「ええ、こちらこそよろしくお願いします。澤井くんも焦らないでね。何かあれば協力させてくださいね。ね、雅也さん」

「ああ。話すだけでも気が晴れたり、落ち着けたりするんだ。これ俺の名刺。この下がプライベートの携帯ナンバーだ」

「ありがとうございます」

「よかった。さあいただきましょう。美味しそうよ、今日も」


広瀬さんの掛け声で、楽しいランチタイムが始まった。ランチメニューは、パスタかお肉かお魚の三種類から選べる。

広瀬さんと乃地は、魚タイのポワレ。外はカリカリで中はふわっとしていて、とても美味しいと二人ともうなずきながら食べてる。


私は生ハムとほうれん草のクリームパスタ。

生ハムはコクがあって、しっかり味がしてる。もちろん、美味しい。

溝口課長は少し値段アップして、牛肉の赤ワインソース、アボガドクリーム添え。

お肉はフィレのようで、広瀬さんの口に少し切って運んであげている。本当にラブラブ。


「すごく美味しいです!ランチでのこのお値段で、この味ってすごい。しかも前菜付きでなんて」

「そうでしょう?まぁデザートは残念ながらないんだけど、お茶までついてるからコスパいいでしょ?」

「はい!良すぎです。週一で来たいくらい!もっとでもいいなぁ」


言うのはタダだ。


「フフフ、また連れてきてもらいましょうね、雅也さん」

「うん、ほら、これも食べて。また誘うよ、だから俺といる時にな」

「うん、よかった、ね?」


溝口課長がまた広瀬さんに野菜を食べさせて、それを普通に受け入れている広瀬さん、慣れてるんだ。


「りん」

「ん?」

「この魚うまいから」

「えっ」


何を刺激されたか、乃地までスプーンに鯛を乗せて、私の口元に持ってきてる。·····恥ずかしすぎる。


「い、いや、大丈夫っ、自分で」


フォークをもらおうとしたらかわされて、口元にまた来た。

乃地は譲らないって顔してる。


「なんで·····う、じゃあ」


諦めて恥ずかしさを振り払い、スプーンにパクっといった。


「美味しい·····!」

「うん」


乃地は満足そうに微笑んだ。何の集まり?何の罰ゲームですか?これ。


「あらあら、ごちそうさま。ふふ」

「俺達には劣るけどな」


·····いえ、お二人に勝とうととも思ってませんが·····あまりにも自然な二人を超えられるはずないです。


美味しく楽しい時間はあっという間で、ほんとこんな穏やかな気持ち忘れていてた。

とても充実感を得られた。まるで今までもずっとそうだったかのような雰囲気で·····

食後の紅茶も美味しくて、ランチでも紅茶が美味しいって、本当希少でありがたいと、広瀬さんと女子トークをしている隣で、乃地は私と同じブレンドティーを注文した。·····いつもはコーラとか炭酸系ばかりのしか飲まないのに、やっぱりこうなった今だからか、紅茶に挑戦して怪訝な顔して飲んでいる。·····だからオレンジジュースもあるよと言ったのに·····

私が好きな物を共有したかったらしい。

課長は広瀬さんのためにダージリンを頼んで、どちらも広瀬さんが味わえるようにしてくれていると、溝口課長が電話しないといけないところがあって、席を外している間に広瀬さんがこっそり教えてくれた。

本当にラブラブだ。·····いいな。


「悪い、待たせたか?」

「いいえ、大丈夫よ。女子トークできたもの。あっでもお二人は用事があったかしら?」

「いいえ、大丈夫です。本屋さんだけで帰るつもりだったので、こんな素敵なランチタイム過ごせて嬉しいです!ありがとうございます。誘っていただいて」

「こちらこそ!楽しかったし、葉山さんと話せて嬉しかったわ。これからもよかったら、プライベートではりんちゃんと呼ばせてもらっていいかしら?」

「もちろんです。嬉しいです!あの·····私もゆりさんと呼ばせてもらってもいいでしょうか?」

「もちろんよ。嬉しいわ、ぜひ呼んでほしい。ありがとう。ふふふ」


とても愛らしく笑う、広瀬さん。

普段はとても冷静で気品のある大人な感じだけど、笑ったり話してるしてる時は、そのイメージは崩れて優しげで、こういうところに溝口課長も落ちたのかなぁ、なんて思ってしまった。


「こちらこそありがとうございます」


「ところで·····君は·····澤井くんは仕事探すんだよな」

「はい、でもすぐには無理そうです。まず字が読めないので·····でもなるべく早く習得するつもりです。りんに負担かけっぱなしになってるので」


「乃地、無理して体を壊したら大変だから、ゆっくりでいいよ。保険おりたりしてて、少しの間は生活費はあるから」

「うん、でものんびりしてたら、りんが俺を好きになってもらうのが遅く·····いや、無理になってしまうかもしれないから」

「え·····」

「そのことだが、俺の知り合いに連絡したら面倒見てもいいと言ってくれてる。カフェの店員だが·····」

「えっ、でも乃地は·····」

「·····もしかして、雅也さん、芹香さんところ?」

「ああ、CEOに連絡してみた。この前障害を持つ人の手助けもしたいと話してて、delightcafeでも雇ってみようと思うから、もし知り合いがいたら教えてほしいと、この前言われたところだったからな」

「まぁ!芹香さんのところなら安心だわ」

「ねぇ、どうかしら?今すぐは決心つかなくてもいいから考えてみて、乃地くん。私達のお友達でもあり、ふるお客様でもある人なんだけど、とてもいい人なの。乃地くんのことちゃんと見てくれるわ。保証できる。

でも今の状況では、多分大変な思いをするのは避けられないだろうけど、他のところよりはいいはずだわ」

「まぁ、君次第だ。退退院したばかりだし、体のこともあるから、整ってからで構わないと言ってくれてる。その気があるなら、また彼女を通して聞かせてくれ」


「三週間·····三週間後にお店に行ってみていいですか?それまでに字を読めるようにします」

「乃地·····」

「漢字はまだ無理かもしれませんが、自分なりにできるか、やってみたいです」

「わかった。とりあえずLIMEを交換しようか」

「ライム·····?」

「あ、課長、スマホは持ってるんですが、パスワードわからなくて、開けれないんです。それに使い方も分からなくなってるので·····」

「そうか·····じゃあ、スマホを扱えるようになるまでは、ゆりと葉山さんに介してもらおうか」

「はい、そうさせてください。お手数おかけします」

「すみません、俺のせいで·····よろしくお願いします」


乃地が溝口課長と広瀬さんに頭を下げている·····謝ったり頭を下げたりを嫌がる人だった。昔から大人たちにも見下されたり、悪いと決めつけられていたせいだろう。

だから、私が代わりに謝ることも多かった。

でもちゃんとできてる。無理矢理とか本当はそう思ってないのに、とかは感じられない。

本当にそういう気持ちで頭を下げているんだと思えた。


「君のせいじゃないな·····病気のせい?かな。そうやってちゃんと言葉で表し、態度で示していけばちゃんと誰かは君を色眼鏡なしで見る。いや色眼鏡で見ていたとしても、その眼鏡を取る人は必ずいる。だから全てを諦めるな、それでも進めよ。·····それから謝るんじゃななく、お礼だ」


溝口課長は、やっぱり人をちゃんと見る人だ。

器の大きな人だと思った。厳しい中にちゃんと優しさを感じる·····こんな人の下で働けるのは人間として成長できるだろう。それはきっと乃地にも感じられたんだろう。


「·····!はい、ありがとうございます」

「溝口課長·····ありがとうございます」

「いや、それと葉山さんも間違ってると思ったら、そう言ってやるんだ。その場は喧嘩になるかもしれない。でも本当にやり直したい、ちゃんと生きたいと決心した奴なら·····必ず受け入れるはずだ。君を大切に思ってるなら尚更な。もし変わらないなら見限れ。

君自身が君らしくいられる場所に導かれるよ。しっかり地に足をつけていれば·····」

「はい·····ありがとうございます」


溝口課長は広瀬さんからある程度、私と乃地のことを聞いているんだろう。乃地に警告と励ましを伝え、私には乃地と真正面から向き合うことの大切さを話してくれた。·····それがたとえ辛い結果を迎えることになるとしても、自分を見失ってはいけないと·····大切にしてあげないと、私自身も。他人のことなのに、まだ会って間もない私たちにしっかり諭してくれてる。ちゃんと心に刻んでおこうと思った。乃地もそう思ってくれてるような気がした。


とても充実した楽しい時間が終わり、結局ご馳走してもらって、お店を出たところで別れた。

後ろ姿を見送っていると、すぐ溝口課長はゆりさんの手を取り、自分の腕に絡ませて優しい笑顔でゆりさんを見つめて歩いている。

あんな素敵だと思える恋人同士になれたらなぁ·····

·····誰とっ⁉️

思わず自分で焦ってしまった。

乃地は不思議そうに私を見た。

そして口角を上げて帰ろうと言った。

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