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電車で二つ隣の駅で降り、大きな本屋さんに来た。
乃地は電車に乗っている時や、降りて本屋さんに着くまで街中を歩いている時、初めて見るものに子供が好奇心を隠せず、ワクワクしているようで、見ている私も面白かったし楽しかった。
「ふふっ」
「ん?」
子供用本のフロアに行くのに、エスカレーターに乗っている時、思い出して笑ってしまった。
「あっごめん、だって電車の中で座って向かいの窓から、街の景色見てキラキラ目を輝かせてたのが、小学生の男の子が嬉しくてたまらないみたいな感じに見えて。あっ、バカにしてるんじゃないよ!可愛いなぁと思って」
慌てて訂正した。
ちゃんと本当のこと言っとかないとと思って言ってしまったけど、言った後恥ずかしくなって、顔が赤くなってるのがわかった。
「小学生·····キラキラ?はは·····なんか恥ずかしいな。はしゃいでるな」
「あっそんな恥ずかしがることじゃないよ。何も悪いことしてるわけじゃないし」
「うん。まあでも久しぶりに出かけるのも電車に乗るのも嬉しいのは確かだ。りんと一緒だから」
「そ、そうだね。久しぶりだね。あっ着いたよ!」
またもや優しい笑顔でそんな甘いことを言われて、どう反応していいかわからず、話を終わらせるように持っていった。
「これなんかどう?」
ひらがな、カタカナの練習帳のようなドリルを提案した
50音とその頭文字からの単語も書いているから、ついでに単語も覚えられるし。·····とはいえ、話すのだから単語はわかるのだろうけど·····
「ああ、いいな、わかりやすい。詰め込んでないから、量の多さに嫌になりそうなことはなさそうだな」
「えぇ?そんなことあったの?本とかそういうの読んでるの?あまり見たことないけど·····」
「えっ、あーもう随分前な。学生の頃、教科書とかずらっと小さい字でぎっしり書いてたろ」
「アハハハ、ほんと勉強苦手なんだね。でも確かにつらつら書いてるのとか、難しいこと小さい字で長く書かれてると、やる気失うのはわかる」
「だろう?小さい時はいいよな。まぁでも、その子達には、それが難しく感じるんだもんな。·····でも字って不思議だな。誰かが考えたんだ。丸くしたり点付けたり、何だこのくねってるようなのは」
「くねって·····あー、それは«ん»だね。まるで初めて·····そうか、初めても同じよね。言われてみれば、ほんと不思議な形ね、一応文字もそれなりにどんどん形を変えて、文字っていうものになっていったようだから」
「そうなのか?まぁでも特徴あるからすぐ覚えられそうだ」
「そう?よかった」
「もう一冊なんか欲しいな。数字、これもいるな」
「そうね数も必ずいるしね」
「なんか覚えるとか、面白くなりそうだな」
「それがずっと続いてくれたらいいんですけどね」
いたずらっぽく言ってみた。なんせ勉強大の苦手だった人だから、このドリルもどこまで続くか。
「あ、信用してないな」
「ふふっ」
「ふは·····」
お互い笑い合ってる。楽しい·····
「あら?葉山さん?」
私を呼ぶ声に振り向くと、内々定をもらった会社の広瀬ゆりさんだった。
今日もとても柔らかい雰囲気で、とても上品で一見冷たそうに見えるけど、微笑むととても愛らしい人。アルバイトだけど紅茶の知識が多くて、お客様からも信頼が厚い。
インターンで入った時、私を指導してくれる人が仕事している時やいない時は、声をかけてくれて紅茶を出してくれたり、お昼一緒にしましょうとお弁当を分けてくれたりしてくれている、とても優しくて素敵な人。
時々会社に行くことがある時、広瀬さんに会えるのがとても楽しみだった。その人にまさか会えるなんて!
「広瀬さんっ⁉️わぁ!どうして·····あっこんにちは」
「こんにちは。ほんと嬉しい偶然ね。あっ雅也さん、彼女、内々定してからインターンで時々出社してくれている葉山りんさん」
広瀬さんに会えたことが嬉しくて、他に気づかなかったけれど、その隣にはなんと営業課長の溝口課長がいた。
「ああ、こんにちは。俺のことはわかるかな」
「こんにちは、はいもちろんです!」
「そう、よろしく。じゃあ、ゆり行こうか」
「··········」
「え·····」
ゆり?ゆりって、下の名前?呼び捨て⁉️
休みの日に一緒にいるから、もしかしてとか、いや、ただ休日何かの用で会っただけかとか、ぐるぐる想像巡らせていた。
「あっ、もう?今あったのに」
「二人でいるんだ、邪魔だろう?それに俺たちも今日は二人でっていう約束だろ」
「あ、雅也さん葉山さん知らないから、私たちのこと」「ああ、そうなのか?·····俺達は付き合ってるんだ」
「えーっ!そうだったんですか!知りませんでした。わぁ、素敵·····」
思わず興奮して、次々言葉を続けた。
「ごめんなさいね。隠してるつもりはなくて、ただそんな話にもなってないのに、わざわざ話すのも変かなと」
「いえいえっ。そんな謝っていただく必要なんてないです!」
めちゃくちゃ驚いた。
溝口課長は誰が見てもかっこよくて、会社の人達や同じビル内の女性たちが話してるのをよく聞いていて、すごくモテる人だと認識してた。
誰にでも公平に接してくれて、ちゃんと個人を見て褒めてくれ、仕事もできるらしいと。
大企業の紅菱商事との繋がりを確実なものにして飲料部門、特に紅茶を日本で五本の指に入るくらいのシェアを占めたのは、溝口課長の営業手腕あってのことだとか·····そんなスペシャルな人だから、彼女がいても当たり前で、そんな女性はやっぱりスペシャルな人なんだろうと思っていた。
その人がまさかの広瀬さんだったとは·····
広瀬さんはアラフォーで子供さんもいる。
穏やかで気品があって一見冷たそうに見えるけれど、話すと表情もとてもチャーミングで柔らかくて憧れてる人。
そうか、そんな人だからそんな男性がいるんだなぁ、と二人を見て思いを馳せていた。
「素敵です。お似合いです」
と、こちらまで嬉しくなる。
「あら、ふふ、ありがとう。嬉しいわね、雅也さん」
「ああそうだな、ありがとう。彼女は俺の唯一だからね」
そう言って、溝口課長は、広瀬さんの目元にキスをした」
「わぁ」
思わず声を出し両手で口を覆った。何かの撮影なのって思ってしまうくらい絵になる·····
「雅也さん、葉山さんが困るわ対応に·····もう」
そう言いながら、広瀬さんは顔を赤らめてうつむいた。
そんな広瀬さんを見て、溝口課長は愛おしそうに広瀬さんに微笑み、肩を抱き寄せた。
ずっと見ていたい。二人自体が恋愛ドラマのよう。
溝口課長ってこんなに甘いマスクで色気出すんだ·····
広瀬さんの前だと。
みんなびっくりするだろうな。
「あ、葉山さん、そちらは·····もしかして?」
「あっはい、そうなんです。彼です」
「乃地、こちらは入社する予定の会社で、お世話になっている広瀬さんと溝口課長」
「ああ、こんにちは。りんがいつもお世話になります」「え·····」
乃地がそんな挨拶をしてくれるなんて·····
「いえいえ、こちらこそ。こんにちは」
広瀬さんは笑ってくれたけど、少し困ったように微笑んでいる。
広瀬さんには、乃地のことを話していたからだ。
「ねぇ、葉山さんもしよかったらランチでもどうかしら?」
「え」
「えっ」
「·····却下だ」
「え·····」
「雅也さん·····」
ランチのお誘いに驚いた私と乃地だったけど、もっと驚いたのは、溝口課長の·····あの溝口課長のまさかの却下発言。
溝口課長は誰にでも丁寧に優しく接している感じだったはずだから、もしあまり乗り切になれなくても、顔には出さずOkという答えだと思った。なのに、はっきりノーだし·····しかも、顔に出てるし!
「そんなこと言わないで、ね?ランチの後、まだまだ時間あるんだから、葉山さんとゆっくり話したかったの。·····休みの日に二人で出かけてしまうよりは、今ランチ一緒の方がいいと思わない?」
ん?
休日に私と広瀬さん?
なぜそんな話になるのか疑問だったけど·····
「·····そうだな、わかった。仕方ないランチだけだぞ」
「ほんと?ありがとう。葉山さんどうかしら?会社関係なくお友達として。あ、娘かしら、図々しいわよね」
チャーミングに笑った。可愛い。
多分、さっき別の日に私と広瀬さんが会うよりは、って言ったのは溝口課長を説得する為だった気がした。
「そんな嬉しいです。乃地、どうかな。久しぶりに外だから疲れてる?」
もし乗り気じゃないなら、また体調が安定していないからという理由で、断れるということを示して聞いてみた。
「いや大丈夫だよ。でもあと計算だけ見つけたいけど」
「うん、もちろん·····本当に大丈夫?·····それだけ見つけようね。あっ、すいません。もう一冊探してすぐ合流させてもらっていいですか?」
「ええもちろんよ。ごめんなさい、無理やりよね?」
ちょっとシュンとしている広瀬さんは可愛い·····と思ったら、すぐに溝口課長が広瀬さんを抱き寄せて、頭にキスを落としてる。
·····外国人?甘すぎます。
「あの·····私も広瀬さんとゆっくりお話してみたかったので嬉しいです。それにちょっと乃地、彼のことでお話しておきたいこともあるので」
「あら本当?ありがとう。じゃ私達も見たい本あるから、30分後に下の入口あたりでどうかしら」
「はい、よろしくお願いします。すいません、溝口課長せっかくのお休みのところ」
溝口課長はよく思っていないだろうから、謝っておこうと思った。
「いや問題ないよ、俺はゆりがそばにいれば大丈夫だ。それに休日に置いてかれるよりはるかにいい」
「あはは·····」
みんな知ってるのかな、こんな溝口課長。
広瀬さん、めちゃくちゃ愛されてるんですね。
·····執着も。




