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「ぽち·····また探しに行かないと」

乃地がここに入院した次の日の夕方、乃地のものを取りにマンションに行った時にはぽちは見当たらず、でも凄く気になっていたものの、ぽちを探すことができず放ったらかしになってしまってた。

やっと行けて、マンションの管理人さんにぽちのことを聞いたけれど、見当たらなかったと言っていた。もし見つけたら保護しておいて、こちらに連絡をくれるとも言ってくれていた。

マンションに行っても、ぽちがいる気配はなくマンションの周りや、いつも行く公園などを行ったけれど見つけることはできなかった。

あんな普通でないことが起こったんだから、びっくりして怖くてどこかに逃げたんじゃないかと、管理人さんは言っていた。それに珍しい犬種だから、捕まえて売るとか飼うとかされても不思議じゃないとも·····

ぽちはおとなしいけれど、人懐っこいわけじゃない。 心を許した人にしか触らせない。無理に捕まえられていれば別だけど·····


最近は数日に一回探しに行っているけれど全く見つからず、ぽちの写真を見せても、誰も見たことがなと言われていた。

今もまた何度となく探しに来た道や場所を歩いて見てるけど、やっぱり姿を見つけることはできない。

「 乃地に心当たりを聞いた方がいいよね·····」

私とよく散歩していたから、私の方がぽちのことをわかっていると自負していたけれど、私と過ごすようになる前は、乃地と散歩してたはずだから、私の知らない散歩コースや好きな場所があっても、不思議じゃない。


可愛がっていた、ぽちがいなくなったって聞いたら、余計ショックかもしれないと、話すのをためらっていたけれど、このままじゃダメだもの·····


怪我をして事件に巻き込まれて、ぽちのことまで考えていられないのかとも思ったりしたけれど、もしかしてぽちの記憶がなくなっているのかもしれない·····もしそうならすごく悲しい·····

あんなに可愛いぽちを忘れるなんて·····


ちゃんと話そう。そして、心当たりを聞いて、そこを当たってみよう。

お腹を空かせている、きっと寂しい思いをしている·····


病院に帰ると、乃地はベッドで眠っていた。

精密検査と先生の聞き取りで、かなり疲れが出てしまったんだろうと先生が言ってた。

先生の見解では記憶障害が所々あるようだ、ということだった。

職場のことは、ほとんど全部、友達は家によく来ていた斗真くん以外の人達をんすれているようで。

斗真くんのことも、詳しくは覚えていない。

幼少期のことも·····


ただ·····私のことは、だいたい覚えてくれていたらしい。

MRIやPETでも脳に損傷は見られないので、恐怖が脳にショックを与えて、混乱しているのかもしれないと話していた。

落ち着いたら戻る可能性は高いけど、もしかしたら時間がかかるかもしれないし、ずっとこのままかもしれないとも··········


脳はまだまだ未開の部分がほとんどだから、そうとしか言えないようだった。

ちなみに乃地が関係してた女の人のことは、名前を一人か二人くらいしか覚えていないということがわかったのは、しばらく後のこと。


「じゃあ、乃地·····ぽちのことはどう?覚えてる?」


今まで名前が出なかったから、覚えていない可能性が高いと思いながら、聞かずにはいられなかった。


「ぽち·····」

「そう、ぽち。ずっと一緒に住んでた犬のぽち·····乃地が高校の時、道で会って拾ってきたって話してくれてたでしょ?·····いないの。

ずっと探してるけど、見つからないの。昔、乃地が散歩行ってたとことか、心当たりのところはないかな」

「·····ずっと探してたのか?」

「ずっとって言っても大学も行ってたし、乃地が入院して、ここにほとんどいるから、本当のわずかな空き時間だけど」

「好きなのか·····?」

「えっ⁉️好きなのかって·····それはそうでしょう?乃事だって可愛がってたでしょ?私の前ではあまり構わなかったけど、いないところではそうだったでしょ?

じゃないと、ぽちがあんなにあなたのそばにいるわけないわ。ちゃんとあなたを主人と認めているようだったもの·····

どこか昔行った思い出の場所とかはない?」


「·····ないよ。りんと行った場所以外行ってない」

「そう·····か·····」

「大丈夫だ」

「え·····ぽちは大丈夫だ、ちゃんと生きてる」

「·····どうしてわかるの?捨て犬だったとは言っても、何年も飼われていたし、餌にありつけてるかなんてわからないわ」

「いや俺にはわかるから」


珍しく言い切った。

目覚めて記憶が曖昧な部分が結構あり、何を聞いても瞳が揺れ不安そうにしていたけれど、この時は何も疑わず、自信を持って確信しているかのようだった。


「りんはぽちを本当に可愛いがってくれてたもんな」

「ぽちはいつも優しかった·····お利口さんだったし·····私を慰めてくれてたし·····」


そう、乃地と仲が良かった時は、同じように一緒に幸せな家族のような感覚だったけど、乃地が私に冷たくなり、他の女の人と遊ぶようになってからは寂しく辛い思いをして、時には泣いていた私に、寄り添うようにいつもすり寄ってきたり、膝の上で寝たりしてくれていた。


「私の心の支えでもあったの·····大好きで、大切な家族だよ」


「りん·····」

「あっ!攻めてるんじゃないから·····でも·····」

「ごめん·····りん、本当にごめん·········」


ぽちがしてくれていたことのありがたさと、犬だけど一生懸命私を支えてくれていたこと、その当時、乃地に何回言っても、女の人のところに行くのをやめてくれなくて辛かった思いが蘇り、涙がぽろぽろとこぼれてしまった。


「うっ·····く·····」


ベッドの横に座る私のところに、起き上がってゆっくりと頭に手を添えてきた。


「りん、もう一度チャンスをくれないか?」

「えっ·····?」


私の手を優しく握り、私の目をまっすぐ見ていった。 少し緊張しているようでもある。

こんな乃地は初めてだ。


「りんを泣かせないから·····」

「乃地·····」

「別れたくないんだ。俺のそばにいてほしいんだ」

「でも·····もう私は·····」


一瞬、嬉しいと思ってしまった自分がいた。

でもすぐその後に、あの辛かった日々が蘇ってきた。

次々に女の人を変えて、私と偶然街で会っても女の人と腕を組んだり、肩を抱き寄せたりするのを解くことなく、一度一緒に帰ろうと言った時は、相手の人にキスして抵抗したり·····もうあんな思いはしたくない。

·····もう疲れたから。

もう好きでいるのは辛すぎたから。

好き合っていた、あの時の幸せを手放したくなくてみっともなく、すがり続けた惨めな自分をもう見たくない。

それにきっと乃地が今になっているのは、襲われて怪我をして怖い気持ちがあるからだろう·····


「もう無理だわ·····乃地が独りでは大変な状態だったから、こうしているけど保険も手続きが終わって、お金もちゃんと払えるようだから、もう私はいなくても大丈夫よ」


「違う!そんなんでいたいんじゃない、いてほしいんじゃない!·····気づいたんだ。本当に大切な人は誰かを·····大切なことは何かを」


「疲れたの·····もう嫌なのあんな思いは!」


せっかく止まった涙が、またポロポロと流れる。

再び私の涙を拭うのに触れようと、伸ばしてきた彼の手を振り払う。


「信じられるわけない·····1年近くもの間、私がずっと言ってたのに。もう一度やり直そうって、他の人のところに泊まらないでって·····なのにっ」


事故で乃地が死んでしまうかもしれないという恐怖で、この気持ちに蓋をしていた。

だけど一つのきっかけで、何かが崩れたした感じだった。ぶつけられなかった気持ち·····


「死にかけたら生まれ変わって、一からやり直せる?忘れて?そんなふうにっ·····都合のいいドラマや小説じゃないわ。

もうそんな時は過ぎたの。これまであったことを忘れられない。何かある度に、疑ったり怖くなったりする。不安になったり、泣いたり·····もう嫌なの·····しんどいの·····」

泣きながら、怒りを抑えられず言い放ってしまった。 まだ入院中のまともに動けない病人に、記憶喪失も患っている人に


「そうだよな·····当たり前だ。·····今まで最低なことばかりして、りんを泣かせたもんな」


乃地はぐっと手を握りしめてうつむき、そう言った。


「でも·····もう少し、もう少しでいいから、いてくれないか?まだ記憶もままならないし、仕事見つけるまで。俺の世話は、その貰える保険代で賄えるか?お願いしますっ!」

「乃地っ⁉️」


乃大地はベッドの上だけど、正座して両手をベッドにつき、頭を下げた。·····土下座だった。


「お願いします!」

「やめて·····そんな·····乃地?」


乃地は頭を下げたまま、上げずにいた。

私が頷くのを待ってる。ずるい·····でも、今まで謝ってくれることのなかった人が謝って、しかも土下座までしてる·····


「·····バイトとしてお世話します·····1日10000円で食費別でなら」


それでも跳ねのけられるほど強くなかった·····

「!本当に⁉️」

「でも恋人としてじゃないから、友達、としてだから」「うん、わかってる。ありがとう」


とても嬉しそうに破顔した。初めて見せるような表情で少し戸惑う。本当に乃地?


「も、もし女の人が、来てくれるような女の人がいたら、その人に変わるからすぐに」

「そんな女いない。りんがいい·····」


今になって·····そんなずるい。ドキッとしてしまった。でももう後戻りはできないし、しない、したくない。


「それから、ぽちは」


話が随分逸れてしまったけど、ぽちのことは諦めない。見つけられるなら、もう一度会えるなら。


「ぽちか·····ぽちは、しばらくは見つからないかもしれない」

「どうして?」

「いや·····ただそんな気がしてるだけだ·····元々飼う前からずっと一人で生きてきたし、誰かに飼われようとは思ってなかっただろうし、俺が襲われてびっくりしてどこかへ行ったなら、もう死んだと思って自分でどこかへ行ったのかもしれない·····」


「そんなすぐ切り替えられるほど、愛情なかったわけじゃないはずだわ。乃地もなんだかんだ言って、ちゃんとぽちを可愛がってるのは伝わってたし、ぽちもあなたに対してちゃんと主人って思ってるのが分かる接し方だったわ。私が悲しんでる時あなたに怒ってたけど、怪我とかして帰ってきた時は、ちゃんとあなたに寄っていって傷を舐めたりしていたもの」


「·····それはそうだけど·····とにかく、今は探さなくていい。ぽちのことは、俺がの方がよくわかってる。もし帰ってくる気があるなら家に帰ってくる。それにあいつは怖がって逃げるようなポンコツじゃない」


「ポンコツ·····」

でも確かにそうだ。ぽちはなんだか普通の犬とは違って何に対しても、あまり怯えるとか警戒するとか、そういう仕草を取ることはなくて、全てにおいて冷静で物事を達観視してるような感じだった。それは珍しいイタリアングレーハウンドという犬種だから、他の犬とは違う、そういう特徴のある犬なのかとも思っていたから。


「りんも、俺のことや大学のこととかでかなり大変だろ?これ以上背負ったら、今度はりんが病院に行かなきゃいけなくなる。病気になってほしくない」

「乃地·····」


昔の優しかった、乃地に戻ったような感じだ。·····戻ったというより、そういうことにも気づくようになった? 確かに乃地が刺されてから、色々と大変だった。

刑事さんに事情聴取され、始めは私も疑われかけたけど、お隣さんが男の叫び声がしたと証言してくれたのと、防犯カメラで、私が乃地の家を出た後に、見知らぬ男がマンションに入って、乃地の階で降りたことも確認が取れたので、ひとまず疑いは晴れた。


でも、時々乃地の交友関係、職場関係のこととか聞かれたりして、精神的にも疲れているところに、大学もほとんど授業はないけれど、ゼミが週二回あるので行く。卒業論文があるから。

あと就職内定をもらった企業の社員さんから、たまにLIMEが来るので、そのやりとり。他社に取られないためらしい。他のところなんて絶対行かないのに·····大きな会社ではないけれどわりと名前は知られていて、最近は特に、飲料部門の紅茶の扱いでより一層有名になったらしい。この1年の間にトップ企業の紅菱商事と繋がり、大きくなってきた。その紅茶の所に興味があったからインターンで入り、紅茶の話でアルバイトの人ととても話が合い、もっともっと紅茶のことを知りたいという思いが強くなり応募した。

競争がかなり高くて無理かもと思っていたら、まさかの内々定を頂けた!

そのアルバイトの人が私を押してくれたらしい。

アルバイトの人なのに、そんな力があるのかとびっくりしたけど、もちろんすごく嬉しかった。その人のことも人として、とても好きだなぁと思えたし、好きな紅茶に関われるし。

まぁ、つまりは長くなったけど、正直に言えば余裕は、ない·····確かにこのまま無理すれば、よくないと思えた。


「わかった。保健所に入れられていたら怖いから、週に一回そこに連絡だけにするわ、今は。乃地が退院してまた落ち着いたら、また探してみる。·····確かにぽちは頭がいい子だったな」

「うん·····ありがとう」

「あ、う、うん」


また乃地がありがとうって言った。

あんな経験をしたからか、ちょっと雰囲気も違ってるように感じる。

仲が良くなくなってからはもちろんだけど、元々少し影があるというか、自分の許せる距離が人よりも違うというか、どんなに好きであっても私には完全に乃地の心を温めることはできないみたいな感覚があった。

でも、睡状状態から目覚めてからは、柔らかくなっているような·····影の部分を感じなくなっていた。

生まれ変わったみたいな感じなのかな。

死にかけて、気持ちの何かが変わったのかな。


(昔のように、また笑い合えるのかなぁ·····あ·····私、今何考えてるのっ⁉️またやり直したい?)

そう思い始めてしまいそうな自分に喝を入れ、気持ちに蓋をした。

今は良くてもまた日常に戻れば、やっぱり同じになるかもしれない·····

その可能性の方が高いのだから、考えない方がいいと、考えるのをやめた。

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