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しばらくして、乃地が目覚めた。
「乃地·····よかった目覚めてくれて」
涙が溢れた。
手術は成功して、麻酔が切れた頃に目覚めると言われていたけど、本当に目を覚ましてくれるか不安だったから。
·····あとは、私が分かるか·····どの乃地か·····
ゆっくり腕を上げ、私の方に手を伸ばして·····触れてきた。
「り、ん·····俺·····生き、てる」
「うん。よかった·····わかるのね?私のこと」
一気に血が全身に流れ出したかのような安心で、ふわっと肌に電流が走るような感覚がした。
私の頬に触れる乃地の手に、私の手を重ね微笑んだ。
「そうか·····生きてるのか·····よかった。またりんといられるんだな·····よかった」
「うん·····よかったよ·····私を一人にしたら·····許さなかったんだから。お墓参りなんてしなかったんだから!」
涙がぽろぽろ流れて止まらない。
「ひどいなぁ」
「私を一人ぼっちにする方が酷いんだから」
私の涙を拭いながら、乃地は弱々しく笑った。
「うん、一人にしない····絶対に。俺はりんとずっといる。幸せにする。愛してる·····りん」
「うん·····約束。私も·····愛してるみたい·····わかっちゃった」
「!·····こうなるのも悪くないな」
そう言って、また弱々しく笑って見せたから、私の頬を撫でている手を、思いっきりパシッと叩いた。
「·····って。なんで」
「調子乗らないで!悪いでしょう!こんな生死に関わるようなの。冗談でも嫌っ」
「·····ごめんなさい」
シュンとしてる。
ほんとそっくり。いや、同じ·····
「今回だけ許す」
「ありがと·····」
優しく私を見つめる乃地にキュンとしてしまう。
そして、私が本当に言うべきことは·····
「·····ありがとう、乃地。助けてくれて。来てくれて、守ってくれて·····ごめんなさい、私のせいで」
一番伝えたかったこと、言葉にしないといけないこと·····
「当たり前のことだよ·····愛してるりんを守るのは」
その言葉にまた涙が溢れ、乃地は私の涙を拭ってくれた。少しの間、この時間を味わった。
「あいつは?警察も呼んだから、捕まったか?」
「乃地が呼んでくれたんだ。だから、タイミングが良かったのね·····私は分からないけど、救急車の中で隊員の人達に牧野くんのこと話したし·····だから、きっと警察の人とも話してるとは思う」
「そうか·····やっぱり、もっと警戒しとくべきだった。ごめんな守るって言っときながら·····りんに怖い思いをさせた」
凄く悔しそうな顔をしている。
「違うよ·····乃地、来てくれたじゃない。·····いつも私のこと大切にしてくれてた。悲しいって言った時は慰めてくれたり、そばにずっといてくれたり·····私、ずっと守られてた。何年も·····」
「りん·····それ·····」
乃地は少し顔色を変えた·····何かを言おうと口を開いた。
「乃地っ。いつの間にイタリア語を話せたの?」
何かを言われる前に、私が口を開いた。
少し前なら怖くて聞けなかったかもしれない。
「あ、早川さんから聞いたの。たまたま外で話してるのが聞こえたって。英語だけじゃなくて、イタリア語までって」
「·····」
乃地は黙ってしまった。
目覚めたばかりの乃地に聞くことじゃないとは思ったけど、違う不安が私を止められなかった。
なんか、乃地がどんどん離れていきそうで嫌だったから。
「 英語もできて、イタリア語までなんて、私なんかといなくてももっと素敵で、できる人がすぐ現れてそっちに行っちゃいそうで·····」
「りん!」
私の手をぎゅっと握った後、ベッドから体を何とか起こそうと動き出した。
「あっ!ダメ!ちゃんと寝てなきゃ·····」
体を横にし始めた乃地を止めるように、肩に手をやったけれど、その手は掴まれ起き上がる術にされてしまったら、逆に押さえつける方が危なく思えて、もう片方の手を彼の肩に後ろから回し支えるようにした。
「あっ」
起き上がってすぐ抱きしめられた。
乃地の温もりが、ちゃんと生きてると感じて、心が温まる思いがした。
「俺はりんのために、カフェの仕事をして言葉を学んで、英語の読み書きも勉強して、人ともちゃんと関係を結んでいっている。俺はりんがいてくれるから、生きたいと思う·····りんが好きだから·····りんだけが愛おしいから。今までこんなに心を動かされたのは、りんだけだ。りんのくれる言葉や気持ちが、俺を幸せにしてくれるから。りんが許してくれるなら、ずっといたい、愛したい·····」
いや、許してくれなくても、離したくないんだ·····りん。やっとここまで来たんだ。
やっと望めるようになった·····やっと·····
「私も·····私もずっと一緒にいたい!良かった·····前までの記憶が戻ってて、私と別れたいって·····また言われたらって·····記憶がなくなってからの間のことを忘れてたらどうしようって·····怖かった·····」
すがるように、乃地の背中に手を回して抱きしめた。
「大丈夫だ。もう別れるなんて言わない。俺は·····あの弱い俺じゃない。·····もしまた記憶がなくなっても、またりんを好きになる。りんは、俺の唯一だから」
「うん·····うん·····乃地?」
「うん?」
「·····私、今の乃地が好きなの。前の大地のことも好きだったけど、今の乃地を愛しているの。あなたが·····いい」
「りん·····!」
私の言葉を聞いて、ゆっくり私を離し、顔を見た。
乃地の瞳は揺らめいていて、少し動揺してるようにも見える。でもすぐに悲しそうに·····でも嬉しそうに笑ってくれた。
「りん·····俺も前よりもっともっと愛してる。·····ここを出て、家に帰ったら聞いてほしいことがある·····信じてもらえないかもしれないけれど」
「·····うん」
「俺が怖くなるかもしれない·····」
「ならない·····」
「好きじゃなくなるかもしれない」
「ならない」
乃地はまっすぐ私を見つめ、私もまっすぐ乃地を見つめた。
私の意思は固いと感じ取っていると同時に、何かを思ってる。
りんの言葉全てが俺を鼓舞させ、自信を持たせ強くさせた。
自分の本当のことを知ってほしい。
本当の俺を愛してほしいと、自分の身をわきまえずに出てしまった言葉に少し後悔して、弱気になりかけて ·····俺から離れてしまうかもと言ってしまった。
まず信じてくれないかもしれない·····でも、りんは嫌いにならないと強い意志表示をする、真っ直ぐに。まるで何もかも分かっているかのように·····
わかってる?知ってる?真意を確かめるべく、瞳の奥を覗き込む。どこまでも澄んだ綺麗な瞳。今すぐ、自分のものにしたい。
今までは、りんにもう一度好きになってもらうまでは、もう一度信じてもらえるまでは手を出さないと決めていた。そこにはもう一つの想いもあった。
りんが好きなのは、以前の乃地。
またやり直そうと思えたのは、以前の乃地に思いを馳せているから。
今の俺を好きになってもらえるまでは、りんを抱くのはダメだと思った。後ろめたさもあったから余計に·····
告げるつもりはなかった。
真実にりんが自分で気づいてしまった時、りんが傷つくのだけは嫌だった。もちろん、それを見た俺自身も怖かったし·····辛いから。
そんな思いで、りんを見つめもう一度抱きしめた。
今はグダグダ考えるのはやめよう。今だけは·····
この幸せな空間を味わい、俺の愛したりんならきっとわかってくれる。·····愛じゃなくなるかもしれないが、きっとそばには置いてくれる。
それでもいい。
そばで守らせてもらえるなら·····
りんが自分を抱きしめてくれている安心感に浸った。




