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「大丈夫。無事成功してる。まぁ、またしばらく入院だけどね。それにしても、君の恋人はよく怪我をしやすいようだね」
「せんせっ·····ありがとう·····ござ·····います」
米倉先生の言葉を聞いて、今までかなり自分に力が入っていたことがわかるくらい、力が抜けほっとして涙が溢れてしまった。
「いや、傷はかなり深かったから、彼自身の生命力の強さのおかげだよ。麻酔打つ前に、君の名前を呼んでたよ」
「だい·····ち·····ありがとうございました」
いっぱい、いっぱいで、ただただ、命を救ってもらえたことがありがたくて、もう一度深く頭を下げた。
早川さんは、そのまま帰って行った。
乃地が目覚めるまで、もうしばらくかかるだろうと言われたので、米倉先生に脳のことで、相談があると話したら、仲のいい脳外科の先生に話を通してくれた。
手術が今日は中止になったため、今ならまだ院内にいるはずだからと、まさかの奇跡のようなタイミング。
「こんにちは、私に聞きたいことは?」
「こんにちは、あのお忙しいところ申し訳ありません」「うん、その余計なのが一番無駄なんだ。早く用件を」
「おいおいっ、その言い方は一般の人にはかなりダメージだと言ってるだろう?敵を増やすな、これ以上。病院の評判にも関わる」
敵が多いのか·····多そう。
こういう言い方が、この先生を冷酷とか無慈悲とか言われてしまうだろう。中身がどうあれ、見た目も冷たそうに見えてしまう無表情さ。
·····顔は整っているし、笑うときっと可愛いような気がするのに。
第一印象は大切だ。その印象がその人に一生つきまとうこともある。
「すまないね。彼女悪いやつじゃないんだけど、専門的なことや仕事モードの時は、もうそのこと以外興味がないというか·····」
「そうなんですね。大丈夫です、ちょっとびっくりしましたが」
「ごめんなさいね·····」
あ、一応謝れる人なんだ。でもやっぱりせっかちなのだろう。指でトントンと机を叩いている。
「あの·····脳が何かダメージを受けると、今までできなかったことができたりするものなんでしょうか?」
「できなかったことができる?」
「はい·····」
「·····急に変わるということはないかもしれないけど、脳が外交的になると、とりあえずまず試してみたいとか行動を起こそうとかするから、やり始めていって上達するのが早いとかはあるかもね。ただ脳の大部分は、まだ謎だから急にできるってことも、もしかしたらあり得るかもしれない。私たちはその未知の部分を知るため、研究し続けてるのよ」
「そうなんですね。あのじゃあ、乃地のように記憶を一部、いえ·····きっと大部分失ってる人が、できなかった英語やイタリア語が話せるとかはあるんでしょうか?」
「学んでた?」
「いえ·····おそらく、全くできなかったと」
「うーん。それはないよね。脳が学んでないことを刺激によってできるなんてあり得ないわ。彼がそうだと?」「はい·····聞き取れて話せるらしいです。読み書きはできないので、その勉強はしてます。覚えるのは以前より早いです」
「·····頭を打つことで、どこかの脳の部分に刺激が入り、以前より脳処理能力が上がるとか、感情の記憶が激しくなるとか、そういうことはあるけれどゼロものものが100になるってことは、ちょっと考えられない·····脳移植したとかでもないし」
「ですよね·····あ·····じゃあ私が知らないだけで、実はできてたのかもしれません。あまり自分のことを話さない人だったので·····」
あり得ない事実だと、乃地がおかしいとかどこかに連れていかれるとか、何か実験のように扱われたら怖いと思い思わず、できてたのを知らなかっただけかも、と言ってしまった。
「ありがとうございます。あ、あともう一つ。乃地の記憶が戻ったら、記憶をなくしてからの生活のことは覚えているのでしょうか?」
「うーん、おそらくはね。MRIとかで脳に何か変わったことがないのに、今の状態になったといっても、絶対そのままとも言えないわ。さっきも言ったけど、未知の部分が多すぎるから」
「そうですか·····」
今回、頭を強く傷つけている·····息を吹き返した時、私をわかってくれていたけど、この手術が終わった後目覚めた乃地はそのままなのか·····もしかしてまた忘れていたり、以前の記憶を思い出して、私への気持ちや態度が違っていたら·····そう思うと怖くてたまらない。
さっき早川さんは、乃地は私のことをちゃんと好きだったと言っていたけれど、それでも昔の乃地は、私にはなぜかもう無理だと思えた。
気持ちを伝え合えば、やり直せるだろうとは思える·····けれど、また以前の乃地は·····私が今求めてるのは·····記憶をなくしてからの乃地·····私にまっすぐ意見して、気遣ってくれ、気持ちを表してくれていた乃地は、今の乃地だから。
とても居心地が良くて、私の膝枕で髪をすくうように、頭を撫でている時間が愛しくて。
きっと、もう乃地以上の人は現れない気がする。
私が好きだと思える、愛しいと思える人は。
あの人が、IT企業のCEOさんが言ってた、赤い糸の人。そう思いたいだけかもしれないけれど、乃地はそうなのだろうと、なぜかしっくりきてしまっている。
『世の中には、科学で証明できないことはご満とある。人の心の変化もそうだし、自分が経験したから“あり”でも経験してない人にすれば“あり得ない”こともきっと世の中にいっぱいあるはずだ』
·····ありえないこと。




