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今日は牧野くんが、乃地のバイト先のカフェで、またランチをしたいと言い出したので来てしまった。
·····断りたかったけど、私達が行かなくても行くと言ったから、なんだか行った方がいい気がして行くことにした。もちろん、涼子も一緒に。
あの日、車で送ってもらい乃地が来たことで、村瀬くんや津山くんと何かあったらと思ったけど、特に何も言ってこなかったらしい·····よかった。たまたまと思ってくれてるようだ。
乃地に連絡してくれたのは、村瀬くんだけど津山くんとは、ソーシンまで行くからそこに来てもらうようにと、LIMEで合わせてくれていたようだ。
本当にありがとうと頭を下げたら、村瀬くん慌てて両手を振りながら、何もなかったかもしれないし、余計だったかもしれないからと、照れながら言ってくれた。
ただ、以前居酒屋のような出来事で、私達がすれ違ってはいけないという思いがあったとも。
本当にありがたい友達。
津山くんは、ただLIMEしてただけだしといつものようにクールな感じだったけど、僅かに照れてるのが見てとれた。
·····ほんと違う角度から見れば、津山くんはただあまり表現しないだけで優しい人だとわかる。もったいなかったな。これまで気づけないで。
「ここ、美味しかったしな」
「うん、ありがとう。そう言ってもらうと、私まで嬉しい」
「彼氏が作ってるわけでもないのに、喜んであげるなんて、ラブラブよね」
涼子がまたからかう。
今の乃地になって、涼子の乃地に対して見方が変わった。
この前の車の件で、本当に私を大事にしていると思ったみたいだ。
逆に牧野くんに対して、警戒をし始めている。
「付き合っているだけなのに、そこまで言わなくてもいいんじゃね?少し前まで最低な奴だったのに。急に変わるなんて変だろ。騙されてない葉山?」
今日はえらくストレートに言ってきた。
「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます。ご注文お決まりでしょうか」
乃地はすっかりホールスタッフとして慣れ、スマートにこなせるようになっていた。
英語を話せるので、毎日ランチタイムには必ず話せる人がいるということもあり、簡単な要求も英語で伝わるようになったからと口コミで、外国人のお客様が増えたらしい。例えば、このソースは苦手だから別のソースにとか スイーツのアレルギーの件とか。
「俺パスタセットで。葉山、かぼちゃ好きだっただろう?このかぼちゃプリンあげるよ」
「えっ!いいよ!自分のにもデザートあるから」
まさかあげるとか、私が好きだからとか、乃地の前で言われるとは思わなかった。ちょっと焦ってしまった。 チラリと乃地を見たけれど、特に変わりなくほっとした。けれど、少し寂しかったり·····
「牧野さー、ちょっと意地悪すぎない?りんの彼氏の前でそんな言動とる?二人迷惑じゃない」
「なんで?これぐらい普通の会話だと思うけど。友達なら三多も葉山にあげたりもらったり、普通にあるだろう?なんで俺だとそうなるの」
確かにそう·····そう、なんだけど、牧野くんは乃地に対して、嘘を言ったり私達に何か良くない方に行かせようとしている感が否めなくて·····
「涼子ありがとう。牧野くんもありがとう。でも私今日はプリンの気分じゃなくて、私のランチセットに入ってるティラミスの気分なの。だから大丈夫」
変な雰囲気になって欲しくなくて言った。かぼちゃプリン別に頼もうかと思ってたけど·····やめといた方が良さそう。
「そうかわかった、またいつでもやるからな」
むやみにありがとうとは言えなくて、少し笑うだけになった。
その後は普通になって、大学の残りのゼミの回数や論文の進み具合とか話して、みんな思ったより苦労してるのがわかった。もちろん、私もだけど。乃地の入院とかでなかなか論文を進めることができなかったから、人より遅れてる。
「あ、俺帰る前にトイレ。悪い」
「うーす」
牧野くんがトイレ行ってる間に、涼子はこの前の車の話をしてきた。
「ねぇ、りんに聞いたけど、牧野気づいてないの?2人が連絡とって教えたこと」
「ここでするか?さあ、どうだろうな」
「え、津山大丈夫だろうって言ってただろう」
津山くんのいつもの淡々とした答えが、今回村瀬くんにはかなり衝撃だったらしい。
「わかってない、偶然のような風にとってるけど、実際はわからない。あいつはそういうとこあるしな」
「·····そうだね」
「なーに、それ。実は腹黒ですってこと?」
「いいや?牧野はいついいやつだよ、いいやつだけど·····計算してるとこは·····あるな」
「ストレートね」
「三多もそう思ってるから、言ってきたんだろう」
「まぁ今までは学内とたまにの遊びで、爽やかにニコニコ笑って盛り上げているムードメーカー的な風に感じてたけど、昔の嘘言ってた件とか車のこととか聞くと、ちょっと待てよってなるじゃない」
「····基本は優しいんだけど·····」
「基本とか、けど、とか、ちょいちょい引っかかる単語が出てくるよね」
「乃地の何か気に入らないのかな·····そんな関わる間柄じゃないと思うんだけど」
「マジで言ってんの?」
村瀬くんがびっくりした顔向けてきた。
え·····何かおかしい?
どうして何かと思っていると、牧野くんが戻ってきた。
「お待たせ。じゃあ、行こうか」
「うん、行こう。ごちそうさまー」
「ごちそうさまでした」
支払いは、村瀬くんがまとめてペイで払ってくれるので、テーブルで村瀬君に渡し済み。
乃地はレジをして、私達を送り出してくれる。ドアの所で私が乃地の横を通る時、『もうすぐ終わるから、公園で待っててほしい』と囁いた。
「!!」
びっくりして、思わずぱっと顔を見た。嬉しくて、うんと言ってしまい、涼子にからかわれた。
みんなとはカフェを出たところで別れて、公園の方に向かって歩いていた。
カフェから五分ぐらいのところにある。
子供達の遊ぶ遊具の隣に、人工的に作られた庭園と森林がある。季節ごとの花が植えられている庭園は、ベンチがいくつかあり、花を愛でながらランチや本を読んだり、休憩したりできる心地いいところ。その先に森林があり小川もある。散歩コースがあり、わりと街中なのに公園敷地がとても広く驚くくらいだ。
森林の方は平日あまり人がいなくて、場所によれば死角になるところもあり、ちょっと怖かったりもする。
「コスモスだ。バラもいいけど、コスモスも可愛いなぁ。今度休日にお弁当持ってお花見もいいな。·····ぽちもお花好きだったなぁ。無事で元気なの?」
以前住んでいたところの散歩コースでは、お花がたくさん咲いている空き地のようなところがあった。
土地の持ち主か、近所の人かは分からないけれど、一部分に、小さな花が何種類か植えられ咲いていた。
柵などはなくなぜかベンチがあったから、そこに座っている人も多かった。
ぽちはそこを通る時、必ず少しの間その花の周りで遊ぶ。蝶々や小鳥がいれば、追いかけたり花びらの匂い嗅いでたり、私がお花見の香りを嗅ぐのを見て覚えたようだった。
ぽちが満足するまで、ベンチに座って待っていた。花を香ったりめでたりしながら·····もちろん、ぽちが花の中にいるのを見ていて癒されて、スマホやカメラをよく撮っていた。
「そう·····これ。楽しそうだったなぁ」
納められている写真を眺めながら、懐かしいんだ。
「もう会えないのかな·····どこかで·····きっと幸せでいてほしい」
「葉山」
私を呼ぶ声。·····でもこれは·····
「え·····牧野くん?どうして?」
「·····やっぱり話したいと思って。葉山が行った方辿ってきたら見つけた」
「·····そうなんだ。何か用だった?」
「用がないとダメなのか」
「えっ、だって·····わざわざ私を探したのは何か用があったからじゃ」
「まぁあるのはあるな。ちょっとこっち来て」
「あっ」
ぐい、と手首を掴まれて森林の方に入っていく。少し暗がりの今日は、あんまり·····ほとんど人がいない。
そっちは良くないと、牧野くんの空気から感じた。
「あっ·····そっち行かなくても、ここで大丈夫」
止まろうとしても、どんどん力強く私を引っ張って進んでいく。
何をされるわけでもないのに、怖いと思ってしまう。 前の牧野くんはもういない。元々こんな感じだったのかもしれない。
森林の中に入って、少し歩いたところにベンチがある。手首を握られたままそこに座らされた。
ドキドキしていた。
もちろん乃地に対してのものとは全く違う。何かあるのか、されるのか、その怖さのドキドキ。
「なんであいつなの?」
「え·····」
「別れるはずだったんだろう?なのに、なんでいつまでもいんの。記憶なくなっても、もう充分暮していけるだろう?もうさっさと別れてよ」
突然痺れを切らしたように訴えてきた。
「どうして牧野くんにそんなこと言われなきゃいけないの」
「どうして?わかってるだろ。俺が葉山のこと好きなの。あいつと別れるだろうと思って、待ってたのに·····やっと俺の番だと思ってたのに·····あいつのとこまた戻って。いや、あいつが離さないんだよな」
牧野くんが変わってる·····ううん、もしかしたら私が気づかなかっただけ。
村瀬くん、津山くんがあんなに早い行動を起こしてたのは·····
怖くなって·····もっと怖くなって、一歩二歩と後ずさった。少し走れば、すぐコスモス畑に出られるのに、その道の前に牧野くんがいて、私の手首を今もしっかり握ってて·····怖い、どうしよう。
乃地はまだ来れない。乃地が終わるのはまだ15分ぐらいあり、それから用意をしてここまでどんなに早くても30分。
声を上げるにも、上げるほど何かをされたわけでもない。それに、それに声が·····出ない。どうしてか怖さで。 体がこわばり足元から血の気が引くような。
声を出すという機能が失われてしまったかのように。 もし声を出せても誰にも聞こえなくて、聞こえても助けてくれないんじゃないかと。
「震えてるの?大丈夫だよ、俺がそばにいるから」
「やめっ·····いやっ」
私を抱き抱えるよう肩に腕を回してくる。
振り払おうとしても、力ではかなわなくて、体を動かすくらいしかできず顔を下げて、掴まれてない方の手を牧野君の胸のあたりで突っ張るように押して、これ以上距離を縮められないようにもがいてる。
そんな私の力なんか、大したことなくて。
一層引き寄せられた次の瞬間、唇を奪われた。
いや!いや!離して!力がっ·····乃地!
唇を離したくてもできなくて、体に思いっきり力が入って、抵抗しようともがいたら、急に私の体が軽くなった。
光が感じられ気配がなくなった。目を開けると牧野くんが、地面に倒され乃地が腕に噛み付いていた。
「乃地!!」
まさか来れるはずのない乃地がいることに、とても嬉しくて、そして驚いたけれど安心して地面に崩れ落ちてしまった。
すぐに牧野くんの腕に噛み付いていることを認識して、もっと驚いてしまった。
「うわーっ!いてぇ!やめてくれ!わあっ」
牧野くんは痛みのあまり叫んでる。その声は公園の方まで届いてるようで、親子連れできている人達、花を見にきている人達がこちらを見始めた。
「何?喧嘩?怖いわ」
「何かナイフとか持ってる?」
「警察呼ぼうか」
などと話してる声が僅かに聞こえる。
まずい。
このままじゃ、乃地が悪くなるかもしれないと思った。以前も警察沙汰になったことがあったはず。昔、お世話になったと話してた。
焦った私は乃地を止めに入った。
「乃地、ダメ!噛むの止めて!捕まっちゃう」
その言葉に反応して、力を緩めて牧野くんから離れようとした時、今度は牧野くんが反撃に出てしまった。
噛まれていた腕を振り解き、乃地から離れて膝で乃地のお腹に思いっきり蹴りを入れた。
ガツッ
乃地の頭が木々と道の仕切りとして石が並べられているところへ思いっきり当たった。
「うっ」
「いやっ!乃地!」
石に血が染みる·····
乃地の頭から·····
「り·····ん·····大丈夫·····か」
「乃地っ、いやっ。誰か!誰か救急車を!」
自分で呼べばいいのに、なぜか誰かに求めてしまって、どんどん流れ出る血が乃地の命が流れ出ていると感じて、心臓がバクバクして血の気の引く思いで·····
「俺は悪くないっ」
「牧野くんっ」
気が動転しているのだろう。
牧野くんはパニックになり、叫んで走っていってしまった。
そして、乃地はもう話さない·····目を開けているけど·····もう息が·····
どうしていいかわからず、乃地の側にいたら視界に入ってきたものがあった。
ぽち·····?
訳が分からない。でも次の瞬間我に返った。
スマホを手にしたら、少し離れたところにいた男の人が、呼んだから大丈夫だと教えてくれた。
「乃地っ!?」
カフェの早川さんが走ってきた。息を切らして·····
「嘘·····なんで?こんなことに·····」
早川さんは立ちすくんでた。
何も考えられなかった。
どうして彼女がここに来たのか。
どうしてこんなことに·····でも乃地は何も話さない、動かない。
そしてようやく遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。




