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「ジョセフ・ジェネレーションズのCEO?」
「ああ。ITの寵児と言われてて、かなりの頭脳を持ってるらしいんだ。葉山とかはあんまり知らないかもな。けど、結構面白いこと話してくれるって、教授が言ってたから来ないか?帰りは送るよ、今日車なんだ。こいつらもいるし」
牧野くんからの特別講義のお誘い。
何でもIT関係の話から繋がる、色んな方面に関する話をしてくれ、それが面白いと有名らしく年四回ほど日本に来ている時に、留学していたこの大学で講義をしてくれるらしい。
でもだからといって行きたいかと言われると……興味ないという顔をしてていたのか、牧野くんはさらに被せてきた。
「赤い糸は本当にあるのかっていうのも話すらしいよ」「赤い·····糸?」
「何?宇宙的な話?」
涼子が引かれたようだ。もちろん、私もITの話よりはちょっと興味を持った。それを感じ取った牧野くんは、
「恋愛論についても話すらしいよ」
「行こー!言ってみようよ」
「え、涼子が行きたいなら·····私もちょっと聞いてみたいかな」
「よし!決まり。じゃあ、昼一緒に食べようよ。三限だからだしな」
半ば、強引に一緒にランチをすることになった。
まあ、みんなもいるし涼子もいるから、牧野くんも普通だしね。この前のような雰囲気はもうなかったし、乃地に嘘を言ったのも、何かからかうつもりだったのかもと思い始めていたので、警戒心もほとんどなくなっていた。
ジョセフジェネレーションズ
IT企業の一つという理解の仕方では、あまりにも失礼で無知もいいところだろう。
大企業のように、たくさんの従業員がいるわけではないのに、売上額は大企業並み。
もっと本気を出せば、世界トップ3にも入るのではと言われているらしい。
ただCEOであるジョセフ=ディクソン氏が愛する恋人のため、これ以上忙しくなると会えなくなるから、手を抜いているとか。·····本当かな?
でも女性にはモテるだろうということは、一目見てわかる。外国人らしい堀の深い甘いマスク、口角を少し上げるだけでも一層色気が立ち、微笑まれれば女性側から絶対何らかのアクションを起こしてしまうだろう。
講演の初めは今携わっている業務の話。·····世界規模だ。
テロのハッカーによる、ハードディスク内への侵入をいち早く察知してブロックする──そんなことできるのとしか思えないけど、だいぶブロックができるようになってきているらしい。
自分がこの業界で何故やろうと思っかという話とかを経て、徐々に一般的な話になっていく。
「君たちは赤い糸というのを信じる?」
その言葉の後、会場は少しザワついた。
古典的な話。
今の時代、赤い糸とか聞いたことないし。的な言葉が聞こえる。
「そうだよね、そんなものがあるのか、とか、いつの時代って思うよね。僕もこの赤い糸の話を耳にした時、どこかのロマンチストが、女性を口説くために作った話じゃないのって思ったんだ。でもね、本当にあるってことがわかった」
「えー!!それって口説いてます?」
誰かが茶化した。
ディクソン氏は、その女性の目を見てふっと笑った。
その途端、その女の子はもちろん、会場中がザワついた。
「わー、かっこいい!」
「フェロモン、すごいな」
「遊びでもいいわー」
とか、当の女の子は赤い顔のまま、呆けてしまっていたのを、気にすることなくディクソン氏は続けた。
「赤い糸はちゃんとあるよ。僕は今のハニーに出会った瞬間わかった。彼女こそが、運命の人。赤い糸で結ばれた人だってね」
「いわゆるビビっときた!ってやつですか?」
「赤い糸って昔の言い方なのか」
「·····いいや、ビビっとくるのは、たまたまかもしれない。
ビビっときたから赤い糸で結ばれてるとは限らない。
赤い糸と思ってたら、ただの縁。それを勘違いしている場合は、その相手がいても、別れたり浮気したりできるよね。赤い糸は目に見えるものではないから、ただの縁あって人間関係ができるというのを、愛と思ってしまう事もあるだろうね。
でも本当の赤い糸で結ばれている人には、もうその人以外には見えないし、愛せないし、興味もいかない。
だけど、その人に会えるのは、全員に必ず訪れるものではないんだよ。やっぱり奇跡なんだ。
僕はその奇跡の愛する人に出会えた。もう何年も経っているのに今でも愛しくて、できるなら、ずっとそばにおいておきたい」
「そんなこと言う人、今まで見たことないですよ。めっちゃ好きとかはよく聞くけど。運命だとか、テレビとか小説的なものでしか·····」
「本当に会えば分かるんですか?」
みんな、ただ熱々の恋愛のろけ話を、しているだけなのでは的な感じだ。·····正直私も思ったりしてる。
ただ、なんとなく離れられなくてとか、必然的に状況が二人を離さないとか、今の身の上に起こっていることでもあったりするから·····でも、この人とか、そんなのはわからない·····ってことは違うってことかな。
でも、ディクソン氏は必ずしも分かるとは限らない、相手だけがわかる場合もあるし、じわじわと恋しくなり、やがてこの人だと確信していくということもあるんだとか言っていた。
「でも、本当の赤い糸を見つけたら、絶対よそ見なんてできない。その人だけが愛しくて可愛くて、抱きしめたいんだ。ずっと、いつもそばにいたい、離したくない、唯一だ」
──シンとなった。
みんな彼の話に吸い込まれているようだった。
もちろん、私も。
「誰でも惚れている時は、この人だけって思うんじゃないですか?」
「うん、そうだね。だから、たくさんの人達が恋愛するし、結婚する。唯一が分からないから·····また次の人と出会って、離婚があったり。
実のところやっぱり本物に出会っていないと分からないよね。まぁ巡り会えたら、ラッキーぐらいに思ってるのが楽だな」
「ディクソンさんは出会えて良かったですか?色んな女性と恋愛したくないですか?」
「ハハハハ、ストレートだね。君よく浮気するの?」
「いいえ!そういうわけじゃ」
「ジョークだよ。ハニーと出会う前は、それなりにいたよ。まぁでも仕事が恋人っていう方が大きいな。
でもハニーに出会ったら、もうハニーだけになった。それ以上はないよ。仕事も彼女がいるからやる気が出るし、これ以上の幸せはない。その分苦しいけどね。
知らずにいた厄介な感情も生まれる。それでもその苦しみさえ喜びに感じる」
場内は本当にそんなことがあるのかという人達、面白いと思っている人達、憧れる人達がザワザワとしている。
「はっきり始めから気づかなくても、じわじわと相手から目が離せない、なぜかいつもタイミングが合う、とかから始まったり·····そうして愛に気づけば、もう全てが色づくようになるよ」
ディクソン氏の話は、本当かはわからない。
むしろ、ただのロマンチストの口説き文句の一つとも言えるかもしれない。
でも、どうしてか私には腑に落ちる、という言葉が当てはまった気がした。
乃地と別れたいと思ったけど、そばにいないといけない状況がではあったけど、私自身なぜか離れるのは違うと感じていた。
乃地が元気になったら、記憶を取り戻したら、もういいと思うだろうし、罪悪感に駆られるのも、後味が悪いと考えていたけれど、なんだかんだと乃地から離れられなかった。
「·····実は僕の知り合いにもいてね。なんと二組だ。奇跡と言われている出会いで、その人達と知り合うなんて、さらにもう宇宙·····天文学的な奇跡だと思うよ。
でもやっぱり、その二組の男性の方が、かなり溺愛してる。一組は普通の出会いだから、直感で愛し合うとかじゃなかったよ。付き合う前もお互いに好意はしっかりあって、特別感はあったらしい。
で、彼女に助けが必要ってなった時、男が迷いなく彼女を守り愛していると気づき、色んな壁を越えて今は一緒にいてね·····僕と同じで、重いね。
唯一で誰も溺愛するのを止められない。女性の方は気の毒だね、はたから見れば。当人同士は普通だよ」
「羨ましい·····」
「えー、でもめっちゃ束縛されてるんでしょう?いくらかっこよかったとしても、好きでもしんどくなるんじゃあ?」
「どうだろうね·····まぁ、たまに拒否されることはあるな。確かに。ははっ。でもそれで別れるってことになったことはないし、まぁ向こうも諦めて受け入れてくれたり。ちゃんと愛してくれてるよ」
「男性側が分かったら、それは大丈夫かもしれないけれど、女性の方だけが、この人!って気づいてるだけな場合は男性は逃げるんじゃ?」
「ほんと。男って追われると嫌っていうもんね」
「アハハハ、確かに。男は追い詰められるとダメなやつは多いかもね。でも女性もそうでしょう?さっきも言ったけど、本当に結ばれる相手なら完全に嫌うことはできない。嫌と思いながらも、なぜかいる。やがては·····だろうね。僕らがそうだったし」
「そうなんですか?ディクソンさんのような人を拒否るって」
「めちゃくちゃモテる女性?ブルジョワは、そうなのか?」
「ブルジョワ階級じゃないよ。普通の家庭で育った女の子だ。でも、いい女だからそれなりにモテてたよ。今は僕がいるから、誰も近づけないけどね」
「いいなぁ、やっぱりディクソンさんを拒否るってすごい女性だわ」
みんな口々に相手の女性は、ものすごい偉人的な人だろうと、見たことのない人だけに崇められている。
ディクソン氏の知り合いの二組についても、みんな質問したりしていたけれど、そちらはプライバシーの問題もあるから、詳しくは話せないけど、二組ともちゃんとうまく愛し愛されていることや、男性側の愛がかなり重いけれど·····だけにとどめられた。
ディクソン氏にあわよくば顔覚えてもらえたら、少しでもお近づきになれたらと欲を抱いた人達も、ディクソン氏がいかに彼女を口説き、どんな愛し方をしているかを聞かされ、これは無理だと理解できるほど、彼女への愛を語って公演は終わった。
恋に憧れている女の子達には、ロマンス小説を読んでいるかの如く、夢見心地的に陶酔できるほどの惚気話だった。




