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あのキスした日から私達は、また恋人同士になった。嘘みたいに毎日乃地が甘い。
家にいる時は私の近くにいようとするから、ソファーなどでゼミの課題をする、スマホを見る、テレビを見る、会社の仕事の覚書の清書などをしている時、私の体を乃地の足で挟むように座ってきたり、何もしない時は、抱き枕と思っているのではというくらいに抱っこされている·····
キッチンでは乃地が何かしていない限り、私のそばで手伝うか、後ろから私のお腹に手を回し抱きしめていたりとか、正直、窮屈だったり、作業がやりづらかったりする。
でもやっぱり嬉しいというのが、本音。
今までが冷めた間柄だっただけに·····
アルバイトでものすごく忙しく頑張ったと、自分で感じた時は自己申告をしてきて、頭を撫でてほしいと言ってくる。もちろん、初めはびっくりしたけど、今は普通によしよししてる。
そして、その度にぽちを思い出す。食べ物もぽちが好きだったものを、好きになっているから余計に·····
ぽちのことを話しても乃地は黙ってしまったり、誰かのところで幸せなはずだと、私を励ますためにポジティブなことを言って元気付けようとしてくれる。
決して面倒だ、みたいな空気は感じない。
いつも私に寄り添ってくれる。
ぽちのことは今でも時々、保健所や保護犬の団体などに連絡をして行った時には、ぽちの写真置いてきている。見つけたら連絡してほしいと。そのままにせず、意識してもらえるように、定期的に連絡を取っているけど、やっぱり情報はなかった。
ここに戻ってきてほしいけど、新しい誰かのところがとてもいいところなら·····それが確実なら、諦めもつくのだけれど。私をいつもずっとそばで支えて、慰めてくれていたぽち。
どうか·····どうか、無事で幸せでいてほしい。できるなら、もう一度会いたい。
今日は大学のゼミ歓迎会で、お手軽イタリアンのビュッフェに来ている。新人の子達は自己紹介して、私たち先輩と交流しやすくするためと言いつつ、飲んで出会いを求める場が欲しい幹事たちの発案。
私と涼子は一通り挨拶を終え、他の4年生に任せて二人でカウンターで食べつつ、少し飲みつつ、女子会。
「脳がダメージを受けてれば、色んなことが変わるのかしらね」
「うーん、先生も脳はほとんどわからないことがばかりだから、MRIなどに変化が見られなくても変わってしまっていることはあり得るって」
「まぁ妊婦さんとかホルモンバランス変わることで、味とか食べ物の好みを変わるっていうもんね。
ホルモン分泌も脳が関わってるから、脳に直接刺激が加わったら、劇的に変化あっても不思議じゃないだろうね」
「うん。それに不思議なんだけど、なんかぽちと似てきてるんだ」
「へ?」
「アハハ、そうなるよね。でもね、たまにぽちって思ってしまうことがあるの。褒めて欲しいって擦り寄ってくる時とか。昔の乃地はお刺身とか絶対に食べなかったのに今は大好きなの、ぽちみたいに。、私のところで膝枕して寝てる時とか·····本当は逆かもしれないんだけど」
「逆?」
「うん、乃地が元々好きだった言動に、ぽちが影響されてただけかもしれない。褒めて欲しがるのも、膝枕も散歩好きも·····お刺身は別だけど·····最後の1年はほとんどコミュニケーション取れてなかったし。でも仲良かった時も、詳しく彼を知ってた訳じゃないもの。どこか壁があったし、アルバイト忙しかったしね·····」
「そう。んじゃ、今の言動は元々のものを表現できるようになったかもってこと?」
「わかんないけど」
「何だー?二人ともせっかくみんなで来てんだから、こっちで食べようぜ」
牧野くんが様子を見に来た。
乃地のあの話からなんとなくちょっと距離を置いてしまう。乃地だけの言葉を信じるのも良くないってわかってるけど·····でも乃地はそんな嘘をついたりしない。
今の乃地は·····
村瀬くんにこっそり聞いてみたら、やっぱりそんな感じのことを牧野くんが言ってたらしい。もちろんお互い口止めしあった。
その時の村瀬君は、私たちが二人になった時喧嘩になったりするかもしれないけど、ちょっと聞けばすぐ嘘ってわかるだろうから、わざわざ自分が話す必要はないと思っていたらしい。
でもしばらく経って、私が乃地と不仲になったと聞いて、あの時のことが原因かもと心配になったけれど、牧野君が乃地は元々色んな女がいたと言っていたのを信じてしまい、それが原因で不仲になったのかと思ってしまったらしい。
みんな·····みんな一人で納得してしまっていたんだ。
言葉にするのは大切で必要なことなんだと、つくづく感じた。
「あ·····うん。涼子、そろそろまた輪に入る?」
「そうね、またぽち見に行くわ」
「なっ·····涼子っ」
「ぽち?ああ、前飼ってたよな。そうえばいなくなったんだろ?」
「うん·····そう·····だから、涼子も一緒にまた探してくれるってこと」
なんとなく、乃地の話をしたくなかった。
牧野くんには·····
「俺も手伝うよ」
「ありがとう、でも大丈夫。今のとこ保健所とか保護施設とか連絡とってるし」
「そうそう。あんたの出る幕じゃないの。行くよー」
そう言って涼子は話を変えるのに、牧野くんの腕を掴み、みんなの方へ引っ張っていった。
「ありがとう、涼子」
30分ほどみんなの中でゼミの先生の扱い方などを話してた楽しい雰囲気の中、明日インターン出社という理由で抜けさせてもらった。
涼子は、私と一緒に帰りたがった牧野くんに、お酒を勧め相手をしてくれてる。今の私なら断れると思ったけど、やり取りに時間を費やすのもなぁと思って、有難く涼子に任せることにした。
夜9:00過ぎ―
大学生にもなれば、大して遅い時間じゃないけれど、乃地が待ってると思うと、早く帰らないとと思って急ぎ足になる。
·····でも実際は待ってないかも·····まだ9:00過ぎで早かったなって言われるかもしれない。勝手にそう妄想してちょっと寂しくなる。
落ち込んだりして·····ネガティブ思考なんだわ、私って。
マンションの入口が見えた。·····何か、誰か入り口でウロウロしてる·····嫌だな。
「ん?」
でもその姿に見覚えが·····乃地だ。
どうしたのかと思って向かうと、乃地が私に気づいて走ってきた。
何かあったの?アルバイト?体のこと?
「りん!」
「乃地·····どうしたの?何かあった?」
「え·····いや、何もない」
「そうなの?じゃあどうしてこんなところに」
「あーうん、コンビニ行こうと·····」
「コンビニ?何かいるの?ご飯作っておいたカレーじゃ足りなかった?」
「いや!美味しかったし、三杯食べた!」
「三杯も····· 逆に大丈夫?·····ふふっ」
どこかあたふたして、私を傷つけたりしないように気遣ってくれてるのがわかる。そんな姿がおかしく思えた。可愛くもあって…ぽちもそんな感じの時があった。
普段は落ち着いてるのに、私が急に泣き出したりした時なぜか落ち着かず、私のそばで行ったり来たりして時には、クーンと泣きながら私の頬や手に、鼻をすりすりしてくれていた。·····そんな場面が蘇る。
「ははっ」
乃地も恥ずかしそうに笑った。
「····· あいつもいたんだろ?」
「あいつ?あ、もしかして、牧野くん?」
「うん·····」
「もしかして心配した?」
「いや!いや·····した。ごめん」
「何のごめん?」
“心配した”なんて言葉嬉しいに決まってる。
でももう少し我慢して·····
「疑ってるわけじゃないんだ。ただ、あいつが·····」
「何かしてくるかも?」
「ん·····それに、他にも男子いたんだよな?りんが可愛いからまた絡まれたりしたら、俺みたいな面倒くさい状態のやつより、他の·····」
ぱしっ!
「ん!?」
乃地の両頬を私の両手で挟んだ。
「····涼子もいたし、他の女子もたくさんいたよ。私、牧野君のこと友達としか見てない。他の男子もただ同じゼミの人達だから。それに、乃地を面倒だなんて思ったこと全くないし!」
一気に喋った。
以前、私が不安だったから、今の乃地の気持ちが痛いほどよくわかる。だから、自分がこう言われたら嬉しいと思ったことを乃地に伝えた。そして、最終の着地点ととなる一言·····
「乃地以外、好きになれない」
「りん·····」
乃地は私の言葉を聞きながら、ゆっくり表情が優しく微笑んでいって、最後の“好き”で泣きそうな顔になった。
「俺も·····俺の方が!もっと愛してる!」
私を抱きしめた。
そして、また頬ずりする。
·····少しの間、抱きしめられたままでいたけれど、ここは外で、しかもマンションのエントランス!時々人が行き交っていたけど、我に帰ると恥ずかしさが勝り、このままじゃいけないと彼の胸を押し少し距離を取った。
「そろそろ·····入る?」
頬が赤くなるのがわかる。
乃地は恥ずかしくないのか、少し残念そうな顔をしたけれど何か思いついたようで、私に微笑んだ。
「ん?何?」
乃地は私の頬を両手で挟んで、ゆっくりと近づいてきた。
えっ!キ、キス?ここで?どうして──とパニックになったけど受け入れない選択はなくて、恥ずかしながらも目を閉じた·····
「お・か・え・り」
そう言いながら、乃地はトントントントンと言葉に合わせて、私の額と乃地の額をくっつけた。
「··········」
「んじゃ、入ろうか」
乃地は嬉しそうに手を繋いできて、私を引っ張って中に入っていく。
ちょっとの間、えっ?何?目閉じたのに·····っ
恥ずかしい!!!と、頭の中でバタバタしてた。
あれ?
でも、今の·····今のは家に帰った時に、いつもしてた合図·····
た・だ・い・ま
お・か・え・り
そう言いながら一文字発する度に、額を突き合わせるスキンシップ·····
私とぽちとの·····
どうして乃地が?乃地がいた時もしていた時あったのかな·····
初めは乃地が私にそっけなくなっていって、家に帰ってもいない日が続いて、悲しくて寂しいと感じていた私を慰めるように近寄って舐めててくれたぽち。
いつの間にか抱き上げて、ただいま、おかえりと言って、おでこをトントンするようになったから·····
「どうした?入ろう?ここじゃ、ちゃんとキスできないしな」
乃地からのちゃんとキスしたい発言に、びっくりして顔が真っ赤になって、今考えていたことが飛んでしまった。
「はははっ。りん、帰ろう」
「もう·····うん、帰る」
今日も乃地が優しくて、甘くて、私を大切に想ってくれて·····
幸せを噛みしめた。




