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「へー、オシャレなカフェじゃん。こんな表に出るようなとこには向いてなさそうだったと思うけど·····」
「そう·····だった·····かも」
牧野くんがいつもとは違って、なんとなく悪意があるような言い方が意外だった。
今日機嫌が良くないのかな。
だけど、乃地は本当に雰囲気も変わったと思う。
爽やかになってて、前は危なさを伴ったイケメンだったけど、今は誰もが近づきやすくなったイケメン。結構声かけられたりしているかもしれない。
前なんとなく聞いてみたけど、全くないと言ってた。でもゆりさんに聞いた話では、よくお客さんから声をかけられたり、LIME交換とか求められてるみたい、とか。
「いらっしゃいませ」
可愛い女の子が迎えてくれた。こんな可愛い人·····あ、他の女の店員さんも可愛い·····私よりこんな可愛い人の方が·····
またネガティブモードになってしまった。
しかも、どうして私比べてるの!
「りん!いらっしゃい」
そんなことを考えてたら、乃地がいつの間にか私の前にいて、とても嬉しそうに優しく微笑んで迎えてくれた。
このところ、いつも乃地はこんな表情だ。
「あっ、ありがとう。今日はごめんね·····本当に良かった?」
「もちろん。そろそろ来てって、言おうと思ってたから」
「ならよかった」
誘おうとしてくれてたんだ。ちょっと·····嬉しい。
えっ!嬉しいの?私·····
そうか。
嬉しいんだ。
色々目まぐるしく変わる現実に心が追いつかなくて、感情を理解できずにどんどん現実は先へ行ってたから。
「どうぞ、りん」
りんが来てくれた。可愛いな…
りんと友達の涼子って子だけだと思ってたが、その後ろにいた男たちにやっと気づいた。
りんしか見えてなかった。
りんの大学の友達か。
「どうも。美味しいランチいただきに来ました」
「おしゃれだよなぁ」
「牛肉のステーキみたいなのあったぞ」
どこかで見たような·····あいつ·····
「乃地、ごめんね。来る途中で牧野くんたちに会って、久々に一緒にランチしようってなって、ここに連れてきちゃった。席あるかな」
ちょっと様子を伺いながら、乃地に聞いてみる。
乃地の表情は何もなく、ただ牧野くんたちをずっと見ていた。
「乃地?」
「あ、ああ。大丈夫だ。ランチ始まったばかりだから。ソファ席6、7人用のが空いてるよ。どうぞ、こちらへ」
乃地は我に返ったように仕事モードに切り替わって、私たちを案内してくれた。
「うわぁ、ソファーふかふかだなぁ。帰りたくなくなるよな」
「あはは、そうでしょ?私も初めて来た時思った」
「何回も来てるの?」
津山くんと村瀬くんはキョロキョロしながら聞いてきた
ジャンクフード派の二人は、カフェには滅多に行かないらしい。
「ううん、初めにバイトするのに、一緒に説明と挨拶を兼ねてきた時以来なの」
「来るなって言われてた?俺だったら、彼女に来て欲しいけど」
「ん、牧野くん、鋭いね。覚えてないことも多いから、失敗してる姿見られたくないからって、言われてたからね·····」
痛いところ突いてこられて、実際に気にしてた部分。 さっき乃地は呼ぼうと思ってたって言ったけど、本当にそのつもりがあったのか·····
「葉山、今度俺のバイト先来てよ」
「牧野のバイトって焼肉屋だったわよね。ご馳走してくれるんなら、りんと一緒に行ってあげるわよ。ね、りん」
「涼子、厚かましいよ。ありがとう牧野くん。でも今お金あんまり使えないんだ。今のうちお金貯めとかないといけないし」
そう、乃地はまだバイト4時間ぐらいだし、私もいつまでも乃地の所に住まわせてもらうわけじゃない。
実家には友達とシェアハウスするから、仕送りはいらないって言ってしまってるから、今更心配させるのも·····
「そんなの奢ってやるよ。当たり前だろう」
「ラッキー」
「三多に言ってないんだけどな」
「差別はんたーい」
「ふふ」
久しぶりのやり取り。
友達との会話。
やっぱりいいなぁと思った。
乃地がお水を持ってきた。
「みんな何するか決めてる?」
「Aランチ!パスタ美味しそうだし」
「俺ステーキランチ!」
「俺も!」
「りんは?」
「うーん、どうしよう。魚も美味しそうだし、キッシュも」
また優柔不断が出てしまう。
「相変わらずだな、葉山は。はは。俺がキュッシュにするから半分ずつしよう」
「えっ」
牧野くんとのシェアは魅力的だったけど、なんかちょっと乃地の前で言われるのは抵抗がある。
·····いなければ、シェアするのかと言われれば·····うーん。
お皿に取り分けるならしてしまう、かも。·····私が考えすぎかな。
「りん、キュッシュは持って帰ってあげるから、今は魚にしとけば?今日はタイのボワレきのこのデュクセルだから、りんの好きな味だと思うよ」
「ほんと?デュクセルって?」
「きのこ、玉ねぎ、ハーブを細かく刻んで混ぜて、バターで炒めてペースト状に煮詰めたものだよ」
「おしゃれだな。美味しそうだしそれにする!ありがとう、乃地」
「どういたしまして」
ドキッとした。
乃地が優しく微笑んだ顔はとてもかっこよくて、落ち着いてて。
それにちゃんと説明もできて、所作も綺麗でちゃんとできてるんだと、安心して嬉しくなった。
「···へぇ、社会人不適格者かと思ったけど、記憶なくなったら変わったって、本当だったんだ」
「牧、野くん·····?」
びっくりした。
牧野くんが平気で傷つくような言葉を並べてる。
乃地とは気が合わないから?·····違う、それだけじゃない。
「ま、 まーでもよかったっすね。なぁ!ちゃんといき生活できて」
津山くんが慌ててその場の雰囲気を変えようと、明るく努めて話しだした。
「葉山も大変だったな。じゃあ、ランチ楽しみに待つか」
村瀬くんも良くないのが分かってるから、二人を離した方がいいと判断して、乃地をこの場から離れやすくできるように促してくれた。
なのに、乃地は動こうとしなかった。
乃地が怒り出すかもと不安になり、顔を見上げた。
乃地は、ずっと牧野くんを見ていたという表情から睨むという感じに変わった。·····まずいかもしれない。
乃地に離れてもらおうと、慌てて立ち上がった。
けれど、遅かった。
「お前っ!」
「うわっ!?」
「牧野っ!」
「なにっ!?」
「乃地っ!」
乃地は牧野くんの胸ぐらを掴み上げた。
周りのお客さんもこちらを見てる。まだ二組ぐらいしかいないのが救いかもしれない。でも間違いなくまずいことになっている。店員さんも驚いて、二人が慌てて駆けつけてきて乃地の手を掴み、牧野くんから離そうとしてる。
「澤井っ!何やってんだ、お客様だぞ!知り合いだとしても、他のお客様もいるっ」
「·····」
そう言われても乃地が牧野くんを掴む手は離れず、睨み続けたままだった。
「だ、乃地·····やめて」
震えながらやっとの思いで口に出した言葉だった。
怖かったけれど、乃地を止めないといけない!もし殴りかかってしまったら、せっかく真面目に働いて周りの人達からも認められてきていたのに、積み上げてきていたのに、今の乃地がなくならないでほしい!
こんな時、私の言葉なんて乃事には届かない。今までがそうだった。うるさい、邪魔するな、黙ってろ·····
怒鳴られて、またそうなってしまうのかもしれない。でも乃地が変わろうとしてたのを、ちゃんと見てきた。一生懸命だったのも嘘じゃない。その努力が無駄になってほしくない!
「乃地っ、せっかく掴んだんだから!」
力強く言った。
「りん·····」
その声に乃地はビクッとし、ゆっくり私を見た。
·····意識がここに戻ったかのように。それからゆっくり牧野くんを掴む手を緩め離した。
「申し訳ありません、お客様」
店員の男の人が牧野君に頭を下げた。·····乃地の代わりに。
「澤井も謝るんだ」
「·····」
「·····いいですよ。俺ヤキモチ焼かれたみたいですかね」
牧野くんは、あっけらかんと言った。
彼も明らかに乃地に対していい感情ではないのに、周りに気遣ってそうしてくれたのか。
私はどうしたらいいのかわからなかった。
でも乃地に何かがあったと思った。
そうせずにはいられない、何かが·····。
以前なら、またいつもの乃地に戻ったのかとか、やっぱり乃地は乃地だと諦めていたかもしれないけど、今の乃地は何の理由もなく、こんなことをするはずがないと思ってしまうほどに、乃地への見方が変わっていたことに気づいた。
「··········申し訳·····ありません」
「だいち·····」
謝った·····頭を下げて。手は、力強く握りしめられているけれど。
感情を必死に抑えているのだとわかった。
「いえいえ、僕も何か気に障ることしたか、言ってしまったのかもしれないし」
牧野くんはいつもの優しげな笑顔で許してくれた。
よかった。
とりあえずは。でも後で東条さんが知ってしまって、クビにされてしまうかも·····。
不安に襲われそうになったけれど、今この場でこれ以上、雰囲気を悪くしたままでは余計に、乃地の立場も追い込まれると思い、考えないようにした。
「ごめんね。なんか記憶が混ざってしまったのかもしれない」
なんか言い訳みたいに、乃地が悪者だとは思って欲しくなくて、繕うように言ってしまった。
「大丈夫だよ、本当に優しいな、葉山は。冷たい彼氏だったんだろう?」
「あ……うん…前は」
「記憶がなくなったと同時に、どこかの脳に異変が起きて、葉山にすがってるのかもな。辛かったら言ってくれたら、俺守るよ」
「·····大丈夫。前とは違ってきてるから·····確かに脳に何か起こってるのかもしれないけど、今の彼は頑張ってるの、色々と·····私への態度も」
乃地を庇ってるんじゃない。
私が乃地を悪く言われたくないんだ·····わかってしまった。
きっと私、また乃地を好きになってしまってるんだ。
その後は、ギクシャクしてたのも取れていき、普通にみんなで楽しく会話しながら、ランチタイムを過ごせた。…少なくとも、私は普通に見えるように務めた。
乃地はサーブから外れていたけど、食後のお茶の時に、オプションのはずのデザートを、『これはお詫びです』と、みんなの分を持ってきてくれた。
「ええ!ラッキー。ありがとうございます」
「うまそう。実は欲しかったんだよなぁ。でも貧乏学生にはハードル高かったからなぁ、ハハハハ」
牧野くん以外は嬉しそうに、何も無かったように接して話してくれた。
「どうも」
牧野くんはそれだけ言って、微笑んでくれた。
最後に、私のところにも来たデザートのアップルパイだけど
「ありがとう。あ·····」
アップルパイ·····みんなと同じでもよく見ると、みんなより生クリームが多い。私が生クリーム大好きなの覚えてくれてたんだ·····嬉しい。
その気持ちが表れた表情をしたまま、乃地に笑いかけたら、乃地は少しびっくりして顔を赤らめて戻っていった。
「?」
よく分からないけれど嬉しい。
食べてみたらやっぱりすごく美味しい!私の好きなマスカルポーネの生クリームだ。幸せを感じずにいられない!
乃地の特別がこんなにも、こんなことでも、こんなにも嬉しいんだ。
その笑顔を牧野くんに見られていて、彼に何かを感じさせ行動を起こさせるとは、思いもしなかった。




