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乃地がカフェでアルバイトを始めて、二週間が過ぎた。
はじめ様子を見に行っていいか聞くと、絶対ダメと言われた。
来てもいいと言ってくれると思ったら、言うまで待っててほしいと·····。
来られたくないのかなと思ったけど、初めはきっとミスばかりで、情けないところしかないだろうから、見られたくないんだと言った。
ちゃんと、できるようになったら言うと言われた。でも影からこっそり·····とも思ったけれど、乃地のプライドでもあるだろうから、従うことにした。
正直クビになってるかもと思ったり。
今までの乃地なら、お客様と喧嘩や仲間との確執的なものが起こって辞めるということは、不思議じゃなかった。·····ただ、あの日から乃地が変わっているから、きっとそれはないだろうと、この頃は信じられるようになっていた。むしろ怒るという行動が結びつかないくらい、落ち着いて対処する人になっている。
乃地のアルバイトが初めは10:00から12:00までだったのが、ランチタイムにかかる10:00から15時までに数日前からなったので、その間またインターン的に私が入社予定のTAMIYA商事に、アルバイトとして行った日が一回あり、その時ゆりさんが東条さんから聞いた、乃地の様子を聞かせてもらった。
「初日から2、3日は大変だったみたいよ。ドリンクの入れ方覚えるのと、オーダーを受けるハンディ(ハンディターミナルというオーダーを取る際に使用する携帯用の小型の端末)の操作方法を一回聞いただけで覚えられるはずもないのに、先輩ホールの男性たちは、なぜ分からないんだと言わんばかりに、面倒くさがってきつい教え方をしてたらしいわ。
·····どうも、できない人間が入ってきて、自分たちももっと大変になると思ったのと、ホールの女子たちや女子のお客様が乃地くんの容姿で、ザワついてるのも面白くなかったらしいって·····」
「そんなことが·····確かに、はじめの方は帰ってきたらかなり疲れてそうで、少し落ち込んでる気もしてたんです。でも聞いても、まだ体力が戻ってないだけって言って、それにしつこく聞いたら怒るかもって·····前とは全然違うんですけど、やっぱり昔のことが頭をよぎったりして·····」
「うん·····そうよね。わかるわ。りんちゃん、とても傷ついたのよね。傷が深ければ深いほど、いくら今が違うとわかっても心や体が覚えているものね·····」
「ゆりさん·····ゆりさんも、もしかして·····」
誰かに傷つけられた、とても悲しい思いをしたことがあるのではないかと思った。でも、いくら親しくなったとはいえ、プライベートにズカズカと踏み込むのは良くないと思って、口をつぐんだ。
「·····もう昔のことで、傷ついたのは私だけじゃないわ。私だけが辛かったわけでもない。私が傷つけてしまった人もいるから·····でも大丈夫よ。必ず傷は癒えるから。
りんちゃん、今のままで大丈夫。あなたの優しさや一生懸命さをちゃんと見て、支えてくれてる人達によって癒されていくわ、きっと·····」
「ゆりさん·····ありがとうございます」
「もちろん、私もそのうちの一人に入れさせてね」
「もちろんです。私ゆりさんに出会えたことで、本当に感謝してます。私のこんな話も聞いてもらえるだけでなく、ちゃんと考えてくださって。他人のことなのに·····」
「何回も言うけど、娘のように思っているからついつい·····ね。干渉してしまってるかもしれないけれど·····嫌な時は言ってね」
「嫌なんてことありません!ありがとうございます。嬉しいです」
「こちらこそありがとう。とても嬉しいわ。·····で、乃地くん、ここ数日では初日から比べると、すごく進歩しててメニューはもう覚えて、ドリンクも作ったことのあるものはちゃんと作れるようになってるし、お客様への対応も案内もすごくスマートにこなせていて、忙しい時は、他の人のエリアもカバーしたりすることができてるみたいよ」
「えっ。もうそこまで?」
凄い·····接客なんてできるか不安でしかなかったけど、でも確か家でも料理の補助の手際の良さや、笑顔は驚かされる。
「男子達も、徐々に認めて話したりするようになってきたみたい。乃地くんも気にしてないのか、普通に接してるようよ。でもずっと様子見てた、芹香さんが一番すごいと思ったのはね··········」
「·····思ったのは?」
溜めてくる·····なんだろう。なんかすごいこと?
どんな?どれぐらい?
「女子たちの掛け声や誘いには一切乗らず、一線引いた対応なんですって」
「·····?え·····それはどういう·····」
「同じバイトの子達に遊びに誘われても、自分は今そんなことする余裕ないし、りんちゃんのそばにいたいからって。·····すごいわよね?お客の女性に誘われた時は、お客様とお店の外で個人的に会うことはできないし、彼女を悲しませたくないし、何より彼女以外の人には興味無いし、時間がもったいないって。ふふふ。ラブラブね。ご馳走様」
楽しそうにゆりさんは笑ってる。·····ワクワクもしてそう。
·····彼女って·····もしかして、私?
彼女じゃなくなってるのに·····義理立てする必要なんかないのに·····そう思ってる複雑な私の気持ちを感じたのか、ゆりさんはおかわりの紅茶を注ぎながら、気遣ってくれた。
「無理に信じなくても、許さなくてもいいんじゃないかな」
「えっ?」
「本当の自分の気持ちが固まれば、彼が、大丈夫だとわかれば、自然に信じて許してると思うわ。乃地くんの場合は、記憶が戻ればどうなるかがあるから、余計に気持ちにストップがかかるんだろうけど」
「はい·····そうですね。今の乃地は嘘じゃないとわかってます。ただ、それは私に助けられてるという義理からかもしれないし、記憶が戻った時の乃地がどうなるか、全くわからないから·····もう傷つくのは怖いし·····嫌です」
「嫌よね。·····だから、今は彼を振り回しておいたら?」「えっ!振り回す?」
「ふふ·····そう、彼がいつも囁いてくれる甘い言葉をそのまま受けていればいいと思うわ。何も返さなくてもね。今までの分をもらってると思えばいいのよ、うん。
実は私も芹香さんに言われたの。私の場合は、新しい別の人である雅也さんにだけど」
「あ·····やっぱり、ゆりさんも昔·····」
聞いていいか戸惑った。
でもゆりさんは自分から話してくれた。
「まぁ離婚してるから、それなりにね。でも雅也さんがたくさん私に愛をくれて、自分も幸せを求めていいんだって思えるようになったの。
男性は、みんなダメじゃなく、この人なら信じて、愛せる、愛したいって心が自然に欲したの。·····だから、りんちゃんも心が動けばわかるわ。それまで無理に何かしようとせず、答えを出さなくてもいいと思うの」
「ゆりさん·····ありがとうございます」
ゆりさんの優しい言葉がとてもありがたく、焦らないでいいんだと落ち着けた。
乃地は私に甘えてくる。
でも当然のように、じゃなく遠慮しながら·····
バイトから帰ってきて、私が何も用事をしなくなったら、私のところへ来て、
今日は忙しかったけど頑張った。
ちょっと人間関係で面倒だったけど、喧嘩もしなかった。
お利口に出来てるからなでなでしてほしい。
とか、膝枕して少し休ませてほしいとか。
初めは、私たちがまたこうしていいのかと思ったけれど、だんだんそうしてあげたくなってきている。
·····心が動き始めてる。




