隼人ちり…いえ、薩摩の方の早とちり?
「え?帰国?」
どういうこっちゃい、と思わず声を大きくしてしまうわたくし、フラメンシア。
「ええ…父御…もすくわの父から連絡がございまして…」と、申し訳なさそうに言うのは西竹一。
年齢で言うと、人の親になるための子作りの作業ができる程度の男児です。
しかし、本人はあまり、その…女付き合いが苦手というか、女から隔離されていたかのような頭の中身の持ち主なのです。
これは、父親の西徳二郎の出自がつよーく関係しとるのです。
以前にもお話させて頂きましたが、タケイチの父親であり、今は比丘尼国の大使としてモスクワにおるトクジロウ、サツマという国の出身です。
そして、サムライすなわち軍人階級が統治を任されている比丘尼国の中でも、とりわけ人口に対するサムライの比率が高い地域です。
そればかりか、独特なサムライの教育体制を組んでおって、元来は男尊女卑どころか男女◯歳にして同席を許さないとか、女相手にデレデレしたり色目を使おうものなら先輩や同年齢の仲間に袋叩きに遭うとか色々と物申したい風習が蔓延しておったと。
で、これはあまりにもあまりということで比丘尼国の朝廷という貴族政府や江戸幕府という軍政政府から「痴女皇国の軍事作戦とせっとになった」物言い…つまり女体化雨作戦を併用した説得行動によって、ようやっと多少はマシになったという経緯もございます。
ですが、この女体化の雨を降らせて断種を突きつけて脅す作戦、弊害もございます。
この雨を浴びた場合、人は若い女になってしまうのですが…問題は、女官種や巫女種といった、特殊な力を持った代わりに寿命が短めになってしまう部類に体を作り変えられてしまうことにあります。
で、知能も上がるのですが、ここでサツマ人はその知能はもちろん、女官やミコに特有の思考・知識・記憶共有能力によって国際事情を教え込まれて「ちょっとは今の世の中に合わせて石頭を柔らかくしろ」とやられたとお考え下さい…。
しかし、反射神経も高く一瞬の判断も早いサツマ人は、その従来の鎖国的な方針ではこれからはまずいとばかりに、国政方針の転換を過激かつ早急に推し進めて国際化に舵を切ってしまいよったそうなのです…。
で、元々はキュウシュウ地方の豪族貴族かつ地方領主であったサツマでは軍人の乗馬戦闘教育にも熱心でしたので、是が非にも洋風騎乗術を広めて国内近代化の一環にもしたいと申し出たそうなのですよ…。
「で、父いわく、おい…僕がここで馬を習っておるならば好都合、薩摩に戻ってこちらの流行りを伝えよとか、国許では気の早い話を言い出しておりますようで…」
「しかしタケイチ、君にしてみたら迷惑千万もはなはだしい話やん…そもそもフランス国内でも競技馬術の内容がようやっと確立したばかりやし、君とエリニュスの得意な障害物競走についてもやで、他の者にも教えて競技者の数を増やさなあかん状態やからなぁ…」
そう、サツマの国が先走ってるというか、焦りすぎやろあんたら、という事で文句を言ってもらうべき事案でしょう…これ。
確かに、タケイチは知能偽女種という状態にされておりまして、これは偽女種に元来は期待すべき下半身がみなぎる力を、脳や運動能力のみなぎりに変えたような効果を期待できる性別種別なのです。
この、知能偽女種の能力を使えば…例えばフランスの中後期高等学校制度で教える授業内容、身体負荷を安全な範囲としても3年分の教育期間を僅か1ヶ月程度…教えを受ける相手の能力限界まで無理をすれば、それこそ1日あれば頭の中には流し込めたりします。
しかし、身体を使う作業の場合はまた、話が別。
実際に身体を動かして学習しなくてはならない事もありますから、一瞬とはいかないのです。
ただ、パリ駐在の比丘尼国大使であるムッシュ支倉常長にお聞きしましたところですね。
(いやはや、黒火山芋侍国の侍は性急でいけませんな…ただ、私の国許である緑豆櫃飯国も欧州の事情を知り得ただけではなく、今後の入欧政策…そちら様の暮らし向きを取り入れる件で、他国に先駆けて流行りに乗ろうとしておりますな…いわんや、比丘尼国内の他国も同様に入欧政策に向けての対策を焦っているのは間違いないでしょう)
つまり、タケイチの独断ではなく、比丘尼国側のごったごたで帰って来いとか言われとるようなもんですね。
「ふむ…タケイチ、これは君に聞いてもしゃあない話やな…よっしゃ、パレ・ド・トウキョウを経由して聞いてみたるわ」
この東京宮というのはフランス王国の王宮として使用しとるベルサイユ宮殿の西の庭園の外から5分ほど歩いて行ったところに建っておる邸宅でして、比丘尼国の大使館を始めとする関係施設が入居できるように建てた経緯がございます。
ですので、出向くも呼ぶもあまり気を使わないというか、割と気楽に往来できる距離と場所にあるとお考え下さい。
んで、普通なら大使を呼びつけて云々とかやるところですが、今回はふんぞり返る話でもなかろうとばかりに、昼イチでそっち行って話を聞きますわとケッタでパレ・ド・トウキョウに顔を出すことにします。
そして面会の席上にてハセクラ大使経由でモスクワとエドに連絡を取って頂いたところ、どうも比丘尼国の新しい皇帝の即位に合わせて帰国しろとかいう話になったようなのです。
これ、比丘尼国の複雑な政治体制を知らない人間には「なんでそうなる」ということになると思いますけどね。
私らも極東学院という教育施設を開校して、向こうを始めとするアジア方面の事情を然るべき者に教えております関係で「ああ、そりゃそうなるな」と納得できる話になってしまうんですよ。
つまりは、地方領主が統治する小国の集合体である比丘尼国。
そして、人間向けの頂点組織が2つあって、テンノウという呼称の皇帝を頂く役所が将軍を任命しているからには、その将軍を任じた皇帝の代替わりには将軍だけでなく、その配下の軍人たちも参集して代替わりを祝う必要があるらしいのです。
「これをサボるいう選択肢は」
「切腹ものですな。または改易お取り潰しの対象…つまり、私の国許であれば…伊達のお家が出席を拒んだと致しましょうか。政宗公の時代であれば、太閤殿下の企画された小田原城攻めへの参加をぎりぎりまで遅らせるなども通りましたが、今の比丘尼国では国主の義務を果たさぬとされるだけではなく、具体的な処罰を申し渡されることになるでしょうな…」
比丘尼国産特有の苦めの茶を味わったような苦い顔で申される、ハセクラ氏。
まぁ、わしらの方でも国王の就任式や戴冠式といった国事行為に出席せぇへんような貴族、何やっとんねんとなってしまいますから、ハセクラ氏の話自体は理解と納得の範囲内。
しかし、モスクワにおる大使であるニシ氏やその息子であるタケイチを呼び戻すのは、何かこう、納得のいかん話ではあります。
「私も殿下と同じ考えです。それに、竹一殿を今の段階で呼び戻すのはあまりに性急。いくら薩摩であっても、何か焦るような事でもあるのかと勘繰れる話でもございますな…よろしい、芳春院様への内密の問い合わせとさせて頂きましょう」
(あ、マダム・オマツやったら心話繋げますわ。わしがやりましょ…)
ええ、痴女皇国・日本行政支局長という身分をお持ちのマダム・オマツであれば私が問い合わせる方が早いとばかりに、心話を繋がせてもらいます。
(マダム、夜分すんまへんな…何やらタケイチとトクジロウにも本国帰還の話が来ておりますようで…トクジロウはまだしも、タケイチはまだ馬術教練の途上の身でっしゃろ…ちょっとこれは性急に過ぎんかいなぁということで、お尋ねしたかったんですわ…)
(ふむ…ふらめんしあ様、黒薔薇騎士団扱いの者の勅許をお使い頂いた方が話、捗りますわよ…私の方でも将軍家の方から調べを入れさせて頂きましょう。滋光様…)
そう…わしの黒薔薇騎士団の権限、こういう無理を申す時のために持たされとるようなもんでもあります。
(はぁ…なるほど、そりゃ確かに、幕府を通さずに帰って来いとか、逆ねじをねじ込んでも不思議じゃあない話ですな、おまつさま…)
(でしょでしょ。いくらさつまでも、ちょいとやりすぎな気配…あ、次のまいくはわたくしで。おうたは加賀岬ですわよっりんどっ)
(なんで私がフラウ・オマツとイエミツ様のカラオケに付き合わされてんですかぁっ!ノブツナ様もなんかゆうてくださいよ!)
(りんど…仕方あるまい…飲み助の偽女種11号様とおまつさまが新橋で飲むとか言い出さねば…)
ええと、こっちは昼下がりですけど、向こうは夜の10時くらいですかね。
つまり、エドのお城を抜け出して、シンバシとかいう庶民街…こっちでいうサン・ドニみたいな場所の飲み屋で酒を飲みながら放歌高吟のお楽しみのようなのです。
ええんですか。
(吉原の芸妓の歌の習い事という建前でございます…)
つまり、ゲイシャも引き連れ、お忍びというには結構な所帯でお遊びのようです。
依頼したことが果たして、叶うのか不安になる私ですが、そこはそれマダム・オマツの事ですから、結果報告を待つことにしまして、とりあえずはパレ・ド・トウキョウを辞すことに致しましょう…。
(なぁてれこ、わしもサン・ドニの飲み屋で思いっきしフランス国歌を歌うてええか。お前んとこの王家を讃えたるから)
(許さん。お前は絶対にアンリ4世祖父様を讃える歌をがなるはずや)
ええ、女好きのところを特に大声で歌うつもりでしたけど。
でまぁ、ベルサイユに帰ってから醜い言い争いの果てに、庭で思いっきり「アンリ4世万歳」という件の歌を絶唱したり、騒音も甚だしいということでアルテローゼ「黄薔薇騎士団長」に怒られたりしたのですが…。
翌日。
マダム・オマツからの心話を受け取って、愕然とするわしだったのです。
(ええとですね、そちら様で封切られたかつどう写真の「騎手と少年たち」ございますわね…あれ、どういう訳か島津の者が見ましてですね…あそこまで竹一君が馬を扱えるなら、留学を切り上げて薩摩に戻しても良いのではないかとはや合点したようなのですわよ…あれはえいがですから、うまく作り話にしておるでしょうに、あのえいがの全てを真に受けて国主に具申した結果、話があらぬ方に進んだということ、お庭番の調べではっきりしまして…)




