8 お兄様の来訪
本当にそれが真っ赤な嘘かどうかは分からない。だけど、嘘の可能性もあるのだ。
陛下もそのことは知っているはず。ならば、私が言った真っ赤な嘘というのは決めつけだ。
陛下はその私の決めつけを聞いて、王妃には相応しくないと思ってくれればいいのだ。
そうしたら、私はセレン様と婚約解消できる。よし、この調子で婚約解消までいくよ!
「レーア嬢の意見は聞いた。よかろう、セレン、レーア嬢は合格だ。王妃に相応しい。このような義娘を持てて嬉しく思うぞ」
……合格? 相応しい?
今、国王陛下は、私に合格だと言いましたか?
そして、王妃に相応しいとも言いました、よね?
何かの間違いですよね。有り得ませんよね。だって、王妃に相応しくないことばかりを答えたのですから。
私、聞き間違いをしたようですね。
すると、セレン様が頬を赤く染め、嬉しそうに顔を綻ばせると私に抱きついてきた。
「レーア、良かったね!」
セレン様はそう言ってくるが、全く良くない。というか、聞き間違いじゃないようだ。
意味がわからない。何で合格なのだろうか。
本当に意味がわからない。
「レーア嬢は面白いな。これからは父と呼んでくれ」
「ええ。レーアちゃんはとっても可愛くて面白い子よ。私のことも『お母様』と呼んでくれていいのよ。家族になるんだもの」
国王陛下と王妃様もそんなことを言ってくるが、申し訳ないけれど家族にはなりたくない。というか、ならない。
そして、その後も色々と話したあと、疲れ切った私は伯爵邸に帰ってきた。本当に疲れた。
まず、全部が全部分からない。最初の婚約も分からない。意味が分からない。
分からない分からないだらけで、頭がおかしくなりそうだ。
そう思っていると、ララがたくさんの箱を持ってきた。それが何なのかは容易に想像がついた。
今回もしっかりと桃色の箱に青色のリボンが掛かっている。
「今日はいつもより少ないですが、王太子殿下からレーア様へのプレゼントだそうですよ」
やはり、セレン様からのプレゼントだった。
ララはいつもより少ないと言っているが、全くもって少なくなんかはない。だけど、いつもは部屋の半分を占拠していたはずだが、今回は部屋の四分の一ほど占拠しているだけだった。
全くもって、四分の一ほど占拠しているだけではないのだが、元がすごすぎたのだ。
前にプレゼントは無くていいと手紙に書いたけれど、無くなることはなかったが一応数は減っている。一応ね。一応。
私は無くていいと言ったんだけど。
もう一度、プレゼントは無くていいと手紙に書こう。そうしたら、ちょっとずつ減っていくんじゃないだろうか。
よし、その作戦でいこう! そして、そのまま婚約解消しよう! そうしよう。
私はセレン様に、今度からプレゼントは無くていいと手紙に書いて送ったあと、一つずつ青色のリボンを解いていった。
今回は、お菓子がプレゼントの半分くらいを占めていた。昼餐会で私が美味しそうにお菓子を食べていたからだろうか。
嬉しくないわけではない。正直言うと、まあまあ嬉しい。いや、結構嬉しい。
私は、クッキーを一枚摘むと、口に放った。
本当に美味しい。本当にほっぺたが落ちるんじゃないだろうか。
見た目は可愛いし、味は絶品だし、最高級品のお菓子だということが分かった。
貴族で伯爵令嬢だったとしても、なかなか食べることのない、想像も出来ないくらいの高いお菓子だろう。
残りは後でララたちと味わって頂こうと、ララに預けた。こんなにあっても一人では食べ切れないしね。
お菓子の他にも、アクセサリー類やドレスはあった。もちろん、セレン様の髪の色や瞳の色ばかりだった。普通に怖い。
というか、セレン様は独占欲強すぎではないだろうか。
それにしても、私のクローゼットには入りきらない量のドレスがあるし、そのクローゼットの大半をセレン様に貰ったドレスで占めている。
しかも、セレン様に貰ったドレスは全部、王都で有名な数年待ちとかになっているお店のもので、合計金額を想像しては頭がクラクラとしてくる。
すると、誰かが私の部屋の扉をノックした。私が「どうぞ」と声を掛けると、中に入ってきたのは、お兄様だった。
「お兄様が部屋に来るなんて珍しいですね」
「そうだな」
お兄様はそれだけ言うと、勝手にソファに腰を掛けた。私は向かいのソファに座ると用件を尋ねた。
「レーア、王太子殿下の婚約者になったんだって?」
「はい。いつの間にか婚約者になっていました」
「何だ、嬉しくないみたいだな」
「全くもって嬉しくないです! あの『約束』が絶対に果たせなくなるってことですから」
私が答えると、お兄様はとてつもなく驚いた顔をしていた。そして、ある質問をしてきた。
「レーアは王太子殿下をどう思っている?」
「婚約を解消したいですね」
「本気か?」
「はい! それはもう」
「何故だ」
何故って、『約束』のことはお兄様だけには話してある。そのお兄様が理由が分からないはずがない。
そうは思いつつも説明する。
「さっきも言ったとおり、セレン様と結婚したら、約束が絶対に果たせなくなるからです」
「何故そうなる……?」
私はお兄様の言葉の意味が分からなかったが、こっちが聞きたい。何故、婚約することになる?、と。
「あの、お兄様?」
何も喋らずにいるお兄様を訝しげに思った私は、お兄様に声を掛けた。
「レーアは、あの『約束』を交わした相手の名前は分かるか?」
突然そんなことを聞いてきたお兄様を不思議に思いつつも答える。
「分かりません」
「年齢は?」
「分かりません」
「その者の身分とかは? 平民なのか貴族なのかくらいは分かるだろう」
「すみません、分かりません……」
すると、お兄様は深い溜息をついた。私はお兄様の質問の意図が全く分からないが、黒髪に青い瞳をした彼を探すのを手伝ってくれるのだろうか。
「まあ良い。他に分かることはあるか?」
「黒髪に青い瞳をしている同い年くらいの優しい男の子だということと、精霊の花畑に入れるだけのとてつもなく高い魔力を持っているということのみです」
「黒髪……?」
お兄様はそれだけ呟くと不思議そうにしながらも、「また来る」と言って私の部屋から出ていった。
一体、何だったんだろう……。