6 王城での昼餐会 2
「父上と母上が、レーアちゃんと話してみたかったんだって。でも緊張するよね、俺と二人だけで食べよっか」
私の右隣に座るセレン様は、私の右手を掴むと指を絡めてきた。怖い。
でも、両陛下の手前、顔に出してはいけないと思い必死に誤魔化す。誤魔化せていたのかは怪しいが、何も言われなかったし大丈夫だろう。
私はセレン様の手から逃れると、セレン様に言い返した。
「セレン様、私は陛下に招待されたので……」
「そんなの放っておいていいよ」
セレン様は国王陛下を『そんなの』と言っているが、全くそんなのではない。こっちの気持ちにもなって欲しい。不敬にもほどがある。
「セレン! そんなのとは何だ。そんなのとは」
「父上はうるさいな。こんなのがいたら、ゆっくり食事も出来やしない。だから、二人だけで食べよう?」
「セレン!」
セレン様はこの後、国王陛下にものすごく怒られていた。当然のことだ。これは、セレン様が悪い。
結局、セレン様をどうにか説得して、みんなで一緒に食事をいただくことになった。
次々に見たことのない食事がテーブルの上に並べられ、これまた美味しそうな香りを放っていた。
一口、口に入れると止まらない。あの美味しい学園の食事よりも美味しい。本当にほっぺたが落ちてしまいそうだ。
王家の方々は毎日のように食べられるのかと思うと、とても羨ましく思えた。
そんな私の気持ちを見透かしたのか、セレン様が言ってきた。
「レーアちゃんは俺の妻になるんだから、毎日この美味しい料理が食べられるようになるよ」
「つ、つま……!?」
妻というあまり聞き慣れない単語に緊張を覚えていると、セレン様がもう一度言ってくる。
「うん、そうだよ。レーアちゃんは俺の妻になるんだから」
「あ、あの、セレン様。私、本当にセレン様との婚約に賛成した記憶が無いのですが」
「あら? 本当なの、セレン」
「どういうことだ、セレン」
私の言葉に反応した国王陛下と王妃様が、セレン様に説明を求めている。
もしかしたら、国王陛下と王妃様は私の味方なのかもしれない。このまま、婚約解消に持ち込みたい。
「父上も母上もやめてください。確かにレーアちゃんは俺の妻になると言ってくれました」
「それなら良いわ」
「それなら構わん」
ちょっとちょっとちょっと!
すごいあっさりなんですけど!?
国王陛下も王妃様もセレン様に騙されないでください! 私、セレン様の妻になるなんて言ってませんよ!
大嘘つきセレン様め……。どうなっても知らないんだから。
セレン様に、何で嘘をついたのかという視線を向ける。それに気づいたセレン様はにこりと笑うと、再び自身の左手を私の右手に絡めた。
セレン様は、次は絶対に離さないぞ、というかのように力を込めた。
「レーアちゃん、本当の本当に忘れたとは言わせないよ?」
「あの、すみません。本当の本当に忘れたのですが。いや、まず、そんなことは言ってません」
「言ったよ。間違いなく、俺のお嫁さんになるってレーアちゃんの口から」
絶対に嘘だ。そんなはずはない。絶対に言ってない。セレン様のお嫁さんになるなんか一言も言っていない。
だけど、その言葉には覚えがある。
『お嫁さんになる!』
と、あの精霊の花畑で出会った黒髪蒼眼の彼には言った。でも、白髮蒼眼のセレン様には言ってない。絶対に。
「セレン様、本当に私は言ってません」
「言ったよ。俺がレーアちゃんの言葉を聞き間違えるはずがない」
「言ってません」
「言った」
「言ってません」
「言った」
セレン様って頑固というか我が強い。思い込みが激し過ぎる。絶対に言ってないのに、言ったって言い切れるのは凄い。
「あらあら、二人とも仲良しねぇ」
不意に、王妃様がそんなことを言い出した。
全く仲良しなんかではない。勘違いだ。この会話のどこでそう思ったのだろうか。
セレン様はその言葉を聞いて、すごく嬉しそうにしている。怖い。
「そうなんですよ、母上。分かってくれて嬉しいです」
全くそうではない。分かったも何も全部違う。良い加減にして欲しい。あと私の言うことを少しだけでも信じて欲しい。
「あらあら。予想以上にセレンはレーアちゃんが好きなのね」
す、好き……!?
予想外の言葉に驚きが隠せなくなる。でも、セレン様に『好き』と言われたことはない。
きっと、この婚約も何かの企みがあるに違いないと、私は密かに思っている。
そして、セレン様を見ると不機嫌そうに整いすぎている顔を歪めていた。
「母上、レーアちゃんのことを『レーアちゃん』と呼ぶのは、俺だけに許されたことなんですが!」
いや、別にセレン様にだけ許されたことではない。そもそも、セレン様にそう呼ぶことを許した覚えもない。
「あら、ごめんなさい。セレンは独占欲が強いのね。レーアちゃん、こんな面倒くさい男だけど本当に良いの?」
「良くはありません」
私がきっぱりと言うと、王妃様は私の不敬など気にもせず、普段通りのおっとりとした声でセレン様に言う。
「あら、セレン。レーアちゃんは良くないみたいよ」
「母上、レーアちゃんのことをそう呼ぶのはやめてもらえますか?」
「それならセレンが呼び方を変えればいいだけでしょう?」
「なるほど、その手があったか」
王妃様にそう言われたセレン様は私に向き直ると、もう一方の手もセレン様に掴まれる。
セレン様は整いすぎた顔に、テーブルの上に乗っているスイーツよりも甘い甘い笑顔を浮かべた。
「レーアちゃん、レーアちゃんのことを『レーア』と呼び捨てにしている者は他に誰かいる?」
「家族以外にはいません」
「家族……! なら、これからはレーアちゃんのことをそう呼ばせてもらおう。なんて言ったって、俺の妻になるんだから」
今日、何回目かの妻という単語に、まだ緊張を覚える。だけど、セレン様の妻にはなれない。
「レーア、俺のこと、嫌い?」
「嫌いです」
不敬だとは思いつつも本当のことを言うと、セレン様は魂が抜けたようにバタンと倒れたのだった。