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4 名前を呼んだだけなのですが



 私は王太子殿下への手紙を書いていた。


「お礼の言葉と、婚約についてと……」


 手紙を書き終わり、誤字や脱字がないか確認すると、手紙を王太子殿下に宛てて送った。



◇◇◇



 数日後、王太子殿下から手紙の返事が届いた。


 封を切り、恐る恐るとういように読み進めていく。最初は前回同様に私への愛の言葉でいっぱいだった。怖い。


 ここで読む気は削がれたものの、私の質問の答えも書いてあった。一応、ちゃんとしてくれているみたいだ。良かった。


 私の人違いや勘違いではないかという質問には、綺麗な字で「絶対にありえない」と書いてあった。

 他にもいくつか質問してみたのだが、どれも同じような答えだった。


 そして、最後に「手紙のお礼をしたいから、王城に来て欲しい」と綴られていた。


 別に手紙のお礼など要らない。それに怖いし行きたくない。

 お断りの返事を王太子殿下に送ろうとした時だった。


 私の部屋の扉がコンコンとノックされた。

 ララだろうと思い、「どうぞ」と言うと部屋に入ってきたのは意外な人物だった。


「遅いから迎えに来たよ、レーアちゃん」


 怖い怖い怖い!

 王太子、何でいるの?


「あ、今レーアちゃん何でいるんだろうと思った? 手紙を書いてから、一時間経ってもレーアちゃんが王城に来ないから、迎えに来たんだよ」


 いや、今、一時間と言いましたか? 言いましたよね?

 一時間くらい待てないの?って思っていることは心の中に留めておく。こんなだけど一応この国の王太子だからね。


 それよりもここは王都にあるコンバラリア伯爵家の屋敷だ。でも王城までは少し距離があるはずなのに何で一時間以内で届いたんだ?

 私が不思議に思っていると、それを見透かしたのか王太子殿下が答えてくれた。


「王国一足の速い馬で届けさせたんだよ。レーアちゃんに早く読んでほしかったからね」


 いやいや、王国一足の速い馬をどうでもいいことに使うのって……。ていうか、その馬の足の速さは分かんないけど、手紙が届いて読み終わったすぐ後に王太子殿下が来たよね?


 多分だけど、手紙と同時に出発したんじゃないのって思ったけど、目の前にいる王太子殿下の笑顔が怖くて、聞かないことにした。



◇◇◇



 それから私たちは、王都にあるコンバラリア伯爵家の屋敷の庭にあるガゼボにてお茶をしていた。


「それで、手紙のお礼なんだけど、何がいい?」


 唐突に王太子殿下がそんなことを言い出した。


 そういえば、手紙の最後に「手紙のお礼をしたいから、王城に来て欲しい」と綴られていたことを思い出した。

 そうだ。今回の目的はそれなのだ。


 それにしても、私が決めていいのだろうか?

 王太子殿下が良いと言っているのだから良いのだろう。よし、決めた!


「お礼なら私との婚約を解消してください!」

「それだけは無理。ごめんね、レーアちゃん」


 ぐぬぬ。

 やはり無理だった。どうしたら婚約解消してくれるのだろう。

 それも聞いてみた。


「どうしたら婚約解消してくれますか?」


 王太子殿下が少しの間、考え込む様子を見せたあと口を開いた。


「俺たちが結婚してからならいいよ」

「いやそれって絶対無理なやつですよね?」

「そうだね」

「そうだね、って……」


 婚約解消だけはしてくれないようだ。でも私は婚約を解消したい。絶対に。

 私だってこれは譲れないのだ。


「で、お礼が思いつかないのなら、また今度教えてくれたらいいよ。それで、別の手紙のお礼も持ってきたから受け取って欲しい」


 別の手紙のお礼?

 今言った私に決めさせてくれるお礼じゃなく、用意してくれてるの?

 早すぎない? そして、大袈裟すぎない?

 たかが手紙なのに。


 そうは思ったが、ありがたく受け取っておくことにした。


「ありがとうございます、王太子殿下」

「王太子殿下なんて呼び方やめてくれないかな?」

「じゃあ何とお呼びすればいいでしょうか?」


 王太子殿下は「そうだな……」と呟いたあと、優しく甘い声で自分の望みを口にする。


「セレンと呼んで欲しいな」

「…………」

「セレン」

「…………」

「セ、レ、ン」

「…………」

「どうしたの? 大丈夫?」


 何も言わない私を訝しげに思った王太子殿下が、私の顔を覗き込んでくる。


 体調が悪いとかで何も言わないわけではない。王太子殿下の名前を呼ぶのが何故か怖い。大袈裟なことになりそうだからだろうか。


 それでも、私の顔を心配そうに覗き込んでくる王太子殿下が、かっこよすぎて心臓に悪い。心臓のためにも、王太子殿下の名前を恐る恐る口にする。


「せ、セレン様……」


 暫くしても何も言わない王太子殿下、いえ、セレン様を不思議に思った私は、顔を上げてセレン様を見た。


 すると、胸の辺りを押さえて苦しそうにしていた。なんか怖い。


「あの、大丈夫ですか……?」

「大丈夫じゃ、ない……」


 よし、大丈夫そうだ。

 そして、私は飲み干してしまった紅茶のおかわりをララに頼む。


 セレン様はまだ何か苦しそうにしているが、放っておこうと思う。いちいち付き合っていたら、こっちが大丈夫じゃなくなる。


 ララが慣れた手付きでおかわりを入れると、それに口をつけた。


「レーアちゃん、もう一回、もう一回呼んで欲しい」


 なんとなくこんな予感はしていた。だから呼びたくなかったのだ。でも呼んでしまったからにはしょうがない。もう一回、呼んであげよう。


「……セレン様」


 呆れを含んだ声で、セレン様の名を呼ぶ。

 セレン様はそのことに気づいているはずだが、それでも嬉しそうに顔を綻ばせている。


 なんだか可愛い。ついそう思ってしまった。

 すると、セレン様は可愛らしくかっこよく、おねだりしてきた。


「レーアちゃん、もう一回呼んで?」

「……セレン様」

「もう一回呼んで」

「セレン様……」

「もう一回」

「セレン様」


 このあと、私はセレン様に、セレン様の名を何回も呼ばされる羽目になるのだった。

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