36 いちばん美しいもの(セレン視点)
俺は、これからどうしたらいいんだ……!
今日、レーアのお見舞いに行ったが、なんかいつもと違う様子だったし、やっぱり夏至祭の告白が原因か。
レーアはどう思っただろう?
やっぱり、こんな俺に呆れたかな?
俺は振られるのが怖くて、怖くて、ずっとレーアに『好きだ』と言わなかった。
遠回しに好きだと言ってみても、レーアは何の反応も示さなかった。
それどころか、レーアはこの婚約を解消したいと願っている。
それが分かっていて、告白なんて俺には出来ない。
俺は基本的に弱い。それは自分でも分かってる。
だけど、絶対に諦められない『恋』だから……。
俺は、レーアを諦めたくない───!!
レーアに『約束』のことを仄めかしたときも何の反応もしなかった。レーアがその約束を忘れているのなら、俺は約束ばかりに頼ってられない。
今までずっと約束があったから、強気でいられた。
だけど、レーアがそれを忘れているというのなら、俺は約束のことは捨てて、自分自身の力でレーアの心を掴むだけだ。
◇◇◇
俺は幼い頃、よく城を抜け出していた。
勉強勉強勉強。貴族たちの俺へのご機嫌取りに付き合ったあとも、また勉強。
そんなんじゃやってられない。
だから、俺は魔法を使って髪色を正反対の黒に変えて変装し、護衛たちの目を掻い潜って、城を抜け出していたのだ。
外の世界は、俺が思っていた以上に楽しくて、面白かった。
最初の方は街を歩くだけで、何かを買ったり食べたりはできなかった。
お金の使い方が分からなかったからだ。
そして、何回も城を抜け出していくうちに、お店で何かを買ったりすることもできるようになった。
そして、俺の6歳の誕生日。
俺の誕生パーティーが夕方頃から開かれるそうだった。
そんなものは面倒くさいだけ。俺の誕生日を心から祝うために来た貴族は、ほぼ皆無だろう。
みんな俺自身ではなく、俺の王太子という地位に興味があるんだ。誰も俺自身に興味はないし、見ようともしない。
俺は午前中なら城を抜け出しても大丈夫だろうと思い、城を抜け出した。
城を抜け出して外の世界を見て楽しむのが、この頃の俺の唯一の楽しみだった。
この日、俺はいつもと違う場所に行ってみたいと思い、少し遠くに行ってみることにした。
いつもより少し歩いたところで、不思議な場所が現れたのだ。それが引き寄せられているみたいで、気になって、少しだけ足を踏み入れた。
一見すると森に見えるが、その不思議な場所は、『精霊の花畑』というすごい場所なのだと後で知った。
少し歩くと、すずらんが一面に咲き誇っているのが目に飛び込んできた。
あまりにも美しくて、幻想的で、しばらくはその景色に目を奪われていた。
すると、視界のはしで何かが動いたのが見えた。
最初は、風が吹いてすずらんが揺られたのかと思ったが、それはすずらんよりも大きくて美しい何かだった。
気になって、俺はここに咲き誇っているすずらんよりも美しいそれに近づいていった。
すると、その美しい何かが動き、透き通った水色の瞳と目があった。
その美しい何かは、俺と同い年くらいの少女だった。
俺は、驚いている少女に微笑んだ。
悪い人じゃないよ、という意味を込めて。
「……君は?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
あの少女のことが気になって仕方がなかった。
「あ、えっと……レーアです。レーア・コンバラリアです」
そして、レーアと名乗った少女と俺は仲良くなった。
レーアはずっと笑って楽しそうにしているのが、ものすごく可愛くて、愛おしくて、守りたいと思った。
唯一楽しみな時間だった、城を抜け出す時間は、少女に会うための時間となった。
仲良くなってから一週間くらい経った日のこと。
俺は今日もレーアに会いたくて、いつもと同じように、城を抜け出そうとした。
すると、父上に見つかってしまったのだ。
「セレン! 最近、どこかに行っておるな?」
「ち、父上! あの、えっと、すみません……」
「素直なのはいいが、護衛も伴わず外に出て、何かあったらどうするのだ? 仮にもセレンはこのシーウェル国の王太子なのだから」
「はい、すみません……」
バレてしまったからには、もうレーアには会えない。
そう思うと、どうしてもこのまま会えなくなるのが嫌だった。
だから、俺は父上に抗議をした。
「父上! お願いです。少しだけでいいので、どうしても会いたい人がいるんです!」
俺は全力で抗議した。
すると、今から2時間だけならいいと父上に許してもらった。
そして、俺は急いで精霊の花畑とよばれる場所に向かった。
レーアがいなかったらどうしようとか、この頃の俺は考えもせず、ただ走り続けた。
精霊の花畑につくと、いつもどおりのレーアの姿があった。
俺はレーアに駆け寄ると、いつものように話す。
そして、例の話を切り出した。
「レーアちゃん、俺は明日からはここに来れない」
「……えっ?」
この時のレーアは、寂しくて悲しくて、理解できないというような顔をしていた。
「もう、会えなくなっちゃうの……?」
「……そうだね」
一週間だけだった。
だけど、この一週間は俺の人生の宝物だと思った。
レーアと別れたくない。ずっと一緒にいたいと強く願った。
レーアも同じ気持ちなのか、透き通った水色の瞳から涙が溢れた。
「泣かないで、レーアちゃん。あ、約束してくれる?」
「や、く、そく……?」
「うん、約束」
「約束って、何を?」
俺は一呼吸置いたあと、少し緊張しつつもゆっくりと口を開いた。
「──レーアちゃんが俺のお嫁さんになる、って約束だよ」
こんなことを言うくらいだから、この頃の俺は、もう既にレーアに恋に落ちていたんだろう。
「お嫁さんになったら、また会える?」
「うん。ずっと一緒にいられるようになるよ」
「じゃあ、お嫁さんになる!」
すると、レーアが抱きついてきた。
俺はそれが嬉しくて、「約束だよ」と言って、レーアの頬にそっと口付けた。
こんなに可愛くて優しくて、いちばん美しいレーアが好きだ。
この時、心からそう思えた。




