2 婚約したってどういうことですか?
私は豪華なドレスに身を包んでいた。
今日は王太子殿下の誕生日らしく、両親と私と兄は王城で行われる王太子殿下の誕生日パーティーに招待されていたのだ。
王太子殿下は確か今日で18歳になられるはず。王太子殿下も私と同じく婚約者がおられず、王太子殿下の婚約者を探すという目的もこのパーティーにはあるらしい。
そのせいか、同じくらいの年齢の貴族令嬢たちは、いつもよりキラキラしている気がする。一生懸命、着飾ってきたのだろうな。
私には王子様など、どうでもいい。
そもそも、私はこういうパーティーはあまり好きではない。
友人は少なく流行りに疎い私は、いつも夜会やパーティーでは壁の花となっていた。
今日も同じく壁の花になろうとしていた時だった。
誰かに後ろから抱き着かれた。そして、次の瞬間、甘い香りが鼻を突いた。
すると、蕩けそうなくらいの甘い声が頭上から降ってきた。
「───見つけた。俺のお嫁さん」
いきなり過ぎて理解が追いつかない。
まず、後ろから抱き着いているのは誰なのかを確かめようと振り向いた。
「なっ……!」
そこにいたのは、今日のパーティーの主役である王太子殿下だったのだ。
美しい絹のような白色の髪に、深い海のような青色の瞳の王太子殿下は、とてもお顔が整いすぎている。
この顔が整いすぎている王太子殿下が、私を後ろから抱き着いたってこと?
いや、ありえない。でも、見間違いではないし、この状況からして王太子殿下以外だということも、ありえない。
「あ、あの……?」
私は恐る恐る王太子殿下に声を掛けた。すると、王太子殿下は綺麗な桜色の唇で弧を描くと、「何?」と優しい声で聞いてくる。
「王太子殿下ですよね?」
「うん。そうだけど? おかしなことを聞くね、レーアちゃんは」
レーアちゃん。
私のことをそう呼ぶのは、あの時の少年だけだ。
もしかして、王太子殿下があの時の少年なのか、と思ったけどありえない。髪色が違いすぎる。黒と白なんて正反対だ。ありえない。
それに、王太子殿下があんな場所に来るなんて思えないし。
「あの、人違いをしていませんか?」
王太子殿下に最初に言われた言葉を思い出した私は、人違いなのではと思った。だって、俺のお嫁さんだなんて。私は王太子殿下のお嫁さんになった覚えはない。
「人違い? 俺はレーアちゃんに用があるんだけど、君はレーアちゃんでしょ? 人違いじゃないよ」
首をこてんと傾げた王太子殿下のその仕草は、ちょっと可愛い。いや、ちょっとどころじゃないかもだけど。
それにしても、人違いじゃないなら、私に『俺のお嫁さん』と言ったってこと?
「あの、王太子殿下。私は王太子殿下のお嫁さんになったつもりはないのですが……」
「あはは。確かにまだ違うね」
「ま、まだ、とは……?」
「あれ? まだ聞いてない?」
何をですか! 聞いてませんよ! 1ミリも!
なんとなく話が合ってないような気はしていたが、何かあるのだろうか。
それにしても、周りからの視線が痛い。
多分、会場にいる全員という全員が私たちに注目している。
そして、王太子殿下は私に爆弾を落とした。
「俺たち、婚約したから」
「あ、そうなんで……ええっ!?」
王太子殿下が、あまりにも普通にしれっと言ったから、思わず普通に受け入れそうになってしまった。
俺たち、婚約したから?
俺たちって、まさか、私と王太子殿下のこと?
っていうか、他に誰がいるっていうの! 今の状況ではそれしかない。
本当に待って欲しい。理解できない。
「あ、あの、私、初耳なのですが……?」
「ん? ああ、レーアちゃんのご両親と俺の父上と母上は了承してくれてるよ?」
「いや、そういうことではなくてですね……」
私がそう言うと、王太子殿下はそういうこととはどういうことって顔をしているけど、そういうことはそういうことなのだ。
「私の意見は無視という訳ですか……」
「ん? レーアちゃんが快諾してくれたでしょ?」
王太子殿下は、まだ身に覚えのないことを言ってくる。
私がこの婚約を快諾した?
全く記憶がない。絶対に快諾なんかしてない。
「王太子殿下、すみません。私が快諾したとは思えないんですが」
王太子殿下は今、とてつもなく驚いている。
理解できないというような表情をしたあと、少し考え込む様子を見せた。
「まさか、レーアちゃんは忘れたの? 俺だけが本気だったなんて……。でも、俺はレーアちゃんを諦めない。婚約も解消するつもりはないから。ごめんね、レーアちゃん」
王太子殿下はそれだけ言うと、何処かへ行ってしまった。
何が何だか分からないけれど、婚約を解消したい。婚約して直ぐにするものでもないし、普通はしないのも分かっているけど、婚約解消したい。
『婚約は解消するつもりはないから』
何で王太子殿下はそこまで私との婚約をしたいのだろう……。
私なんて伯爵家の長女で、普通の地味な貴族令嬢だ。
普通と違うことと言えば、コンバラリア伯爵家に生まれたこと。コンバラリア伯爵家に生まれたものは精霊の花畑を自由に出入りすることが出来る。
昔、コンバラリア家のご先祖様が精霊を助けたとかで、コンバラリア伯爵家に生まれたものだけが精霊の許しを得て、精霊の花畑に入れるとか。
だから、あの時、彼が精霊の花畑に入れたことには驚いた。
あの精霊の花畑に入れる者は、コンバラリア家の者と、魔力が非常に高いもののみ。
彼はコンバラリア伯爵家の者ではないから、魔力が非常に高い者の方なのだろう。だけど……。
昔、祖父が言っていた。
『精霊の花畑に入れるくらいの魔力の高い者は、いないだろう』と。
祖父は魔法とかに詳しいのだから、間違ってはいないだろう。私の友人も魔力が高いと言われているから、入れるのかと試してみたところ、ダメだった。
お父様も、魔術師団の団長に試してもらったらしいけど、無理だったらしい。
魔術師団の団長さんは、王国で一番魔力が高いと言っても過言ではない。もしかしたら、それ以上の魔力を持っている人がいるかもしれないけど。
だから、絶対に両親と兄と私以外は入れないと思っていたのに。
彼は、一体、何者なんだろう……。