19 お兄様とのお出かけ 3
黒髪に青い瞳。
あの男性は、幼い頃に精霊の花畑で出会った彼だと思った。彼しかいないと思った。
私は信じれなくて、お兄様に尋ねた。
「お、お兄様、あ、あの黒髪の男性って……」
お兄様は彼に会ったと少し前に言っていたから、見れば彼かどうか分かるだろう。
そう思って聞いてみた。
「黒髪の男性……?」
お兄様が私の言葉を聞いて、私の視線を辿るも、その黒髪の男性はすぐに人混み中に隠れてしまったようで、黒髪の男性を見つけられなかったようだった。
あの男性は、あの時の彼と似ていた。
私の望みからくる幻覚とか、見間違いかもしれない。
でも、追いかけずにはいられなかった。
私はお兄様の手を振り解き、その黒髪の男性が消えていった人混みの中に入っていった。
「すみません、すみません。少しどいてもらえますか?」
そう言いながら、人混みの中で黒髪の男性を探す。
でも、既に何処かへ行ってしまったのか見つかることはなかった。
そして、今度はお兄様すらも見つからない。
お兄様も私を追いかけてくれていたようだが、この人混みでは難しく、途中からはぐれてしまった。
どうしよう……。
ここが市場ってことしか分からない。というか、ここは市場ではないのかもしれない。
あたりは人が少なく、屋台のようなものもない。これは市場じゃない気がする。
どうしよう。これって迷子?
どうすればいいの?
「お兄様、ごめんなさい」
私があの黒髪の男性を追いかけたから、こうなってしまったのだ。
私はそれからもお兄様を探して歩いた。だけど、もう空はオレンジ色に染まりかけていた。
もう疲れたと思いながら、トボトボ歩いていると、路地に入っていたようで、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた三人組に出会した。
「ひっ……!」
よくないことに巻き込まれそうな空気を察した私は、ゆっくりと後ずさった。
すると、何かに当たった。
そっと、振り返ってみると、同じくニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた男の人が二人立っていた。
私は慌てて五人から距離を取った。だけど、三人と二人に挟まれていて、逃げられない。
どうしよう、私の力じゃ男の人に勝てない。しかも、一人どころではなく、二人と三人なんて……。
「お嬢ちゃん、命が惜しくば黙ってろ」
あまりの怖さに何も言えなくなってしまう。
五人は段々と近づいてくる。
「へえ? お嬢ちゃん、綺麗な顔をしてるな。こりゃあ高値で売れそうだ」
う、売る!?
人身売買ってこと?
そういえば、最近は人身売買が流行っているから、気をつけるようにとセレン様が言っていたのを思い出す。
このままじゃ私は売られてしまう……!
私は戦えないし、今は何も持っていない。でも、私は魔術が使える!
この前、魔術の本を読んでおいて良かった。
魔力が少なくても魔術の威力が上がる方法を、その本を読んで知ったのだ。
お兄様に聞くと、魔術を扱える者にとっては常識だと言われたけれど、私は魔力が少なく、使える魔術もあまりないため、お兄様の言う『魔術を扱える者』に入らない。だから、常識も知らず、魔術に関する知識は圧倒的に少ないのだ。
私は、魔術を扱える者ではないのかもしれない。でも、少しは使える。その少しをどれだけ強い魔術にするかが重要だ。
「魔術陣展開」
私は五人に聞こえないように、そう呟いた。
それと同時に手のひらに魔法陣を展開させた。
私の魔力量から考えると、チャンスは一度きり。
その一度を成功させるために、確実な方法をとっていく。
魔力を持つ者は、自分の瞳にどの属性が自分に適しているのかが現れる。その濃さが濃いほど、適正は高い。
私の瞳の色は、水色。
それほど濃くはないが、私は水属性に適正があるはずだ。
そう思った私は、手のひらの左右に広げ、水魔術を五人に向かって放った。
私の手から水で作られた槍が5本飛び出していく。
「「「ぐぁっ!」」」
その5本の槍うち、3本は3人に当てることが出来た。
しかし、2本は外れてしまったのだ。
ここにきて、私の魔術の練習をお兄様より少し怠っていたのが悔やまれるわ。
槍が当たらなかった二人は、三人を無視して私を捕まえようと、じわじわと近づいてくる。
私の魔力は多くない。さっきの魔術が私の中で精一杯だった。もう魔力はほとんどない。これ以上使えば、魔力が枯渇して私が倒れてしまう。
でも、魔術が使えないなら私に二人を倒す方法は、ない……。
「だ、誰か……助けて……」
弱々しく情けない消え入りそうな声しか、もう私には出せなかった。
「お嬢ちゃん、魔術が使えるってことは、お貴族様か?」
「それなら、着ているもんも売れば、それなりの金になるんじゃないか?」
「おお、それはいい」
二人が何やら私を挟みながら話しているが、私は恐怖のせいで、何もすることが出来なかった。
いや、恐怖のせいにしているが、魔力が尽きかけている今、恐怖がなくとも本当に何も出来ないのだ。
そして、二人は勢いよく私の腕を掴んだ。
目の前にはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる二人。怖い。
もう、この先何が起こるのか分からない。
「お嬢ちゃん、ずっと恐怖に震えときな!」
嫌だ。こんなところで捕まったら、売られて奴隷として働くことになるはずだ。嫌だ。そんなのは嫌だ。
『レーア・コンバラリアに力を与えましょう』
突然、頭の中に直接喋りかけられているような声がした。
これは初めてのことで、最初は幻聴かとも思ったけど、私の上からキラキラと光る金色の光の粒が降ってきたのだ。
その光の粒は二人には降らず、私にだけ降る。
そして、その光の粒を浴びた私はあることに気がついた。
魔力が元通りに、いや、元々あった魔力よりも少し多くなっている……!?
この光の粒は一体何なのだろうとか、この声は何だったのだろうとか、色々と気になることはあるけれど、今はそんなことを気にしてる場合じゃない!
「魔術陣展開!」
私が気づいたときには、既にそう叫んでいた。




