10 セレン様と初デート 1
お兄様の口ぶりからして、私は既に彼に会っているのだろうか。だけど、会っていたら気づくはずだ。
だって、私はまだ彼のことが忘れられないのだから。
やっぱりお兄様の言うことは分からないと思っていると、ララが慌てながら図書室へやってきた。
「ララ、そんなに慌ててどうしたの?」
「れ、レーア様、王太子殿下がいらっしゃいました!」
ええ。なんとなく分かっていましたよ。
けれど、昨日、王城で昼餐会をしたばかりじゃないの。
そう思っていると、いつもよりも大分おとなしめの服装をしたセレン様が図書室に現れた。
ほんとに何で来たの、王太子……。
「レーア! 会えなくて寂しかったから、来ちゃった」
いやいや、ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコんでいいのか分からない。
だけど、会えなくて寂しかったからって、昨日、会いましたけど。思いっきり、会いましたけど。しっかり、会いましたけど。
それに、来ちゃった、じゃない。一応、こんなだけど王太子なんだから、手順を踏むということを理解して欲しい。
いきなり来られても、出迎える準備など出来ていないし、到底もてなす準備も出来ていない。
「昨日、会いましたよね……?」
「会ったけど、どうしたの?」
セレン様はこてんと不思議そうに首を傾げる。この仕草が可愛くてしょうがない。何でも許したくなってしまうが、私は騙されない。
「どうしたの、ではありません。セレン様は王太子なのですから、公務とかもあり忙しいでしょうし、来なくて結構です」
「そう言われても俺は来るけどね。それに、レーアに会えないと公務なんて出来るわけないでしょ?」
出来ますよ!
私に会えなくたって今まで出来てたでしょ!
そうは思いつつも一応王太子なのだからと、心の中だけに留めておいた。
「ところでレーア、デートしよう」
「……は?」
思わず王太子にそう言ってしまったけれど、これはしょうがないと思う。
デート? 冗談じゃない。
聞き間違いかなと思い、もう一度聞いてみる。
「あの、セレン様、すみません。デートなんていう恐ろしい単語が聞こえまして。聞き間違いですよね?」
「聞き間違いじゃないよ、レーア。俺は間違いなくレーアに今日デートとしよう、と言った」
聞き間違いじゃなかった!
デートってあれでしょ、恋人たちの、恋人たちによる、恋人たちのための、デートでしょ?
絶対に無理だ。
「丁重にお断りをさせて頂きますね」
「嫌」
「……」
本当に目の前にいる人が王太子なのか怪しい。
こんなんで王太子が務まるのかと思ったが、一応外ではちゃんとしているらしい。
私が何度断っても、セレン様は折れてくれなさそうだったから、しょうがなく私が折れることにした。
時間を無駄にしたくないしね。
「……分かりました」
私の言葉を聞いたセレン様は、キラキラと顔を輝かせたのだった。
◇◇◇
準備を終えた私は、セレン様がくれた普段使い出来るような大人しめのドレスを身に纏っていた。
身に纏っているドレスは淡い青色と白色がメインで、ドレスというよりはワンピースに近い感じのものだった。
街に行くのだから、大人しめの方が良いよね。
だから、セレン様もいつもより大人しめ服装をしていたのか。
何かセレン様の計画通りみたいで気に食わないが、しょうがない。行くって言ってしまったのだから。
ララに私の桃色の髪をゆるい三つ編みハーフアップにしてもらうと、セレン様に貰った髪飾りをつけてもらった。
これで大丈夫かと鏡の前で何度も確認したあと、部屋から出る。
すると、目の前にセレン様が立っていた。ずっとここにいたのだろうか。辛抱強すぎる。
今日、図書室で会ったときは驚きのあまり服装までは見ていなかったが、セレン様は白いシャツに黒いコートを羽織っていて、黒いコートには金色や白色で繊細な刺繍が施されてあった。
街の裕福な男性が着ているような服装ではあるが、生地といい刺繍といい最高級のものだということが分かった。
珍しく私の色のものを身に着けていないと思ったら、コートの裏地が私の瞳の色と同じ水色だった。
この国の王太子って執着がすご過ぎない?
いつもなら、怖い、と思うところだが何故か今回はそう思わなかった。
「可愛いよ、レーア。よく似合ってる。やっぱり俺の色に囲まれているレーアを見ると気分がいい」
セレン様は気分がいいと言うが、私の気分はよくない。
「ありがとうございます?」
「どうして疑問形なの?」
「なんとなく」
そんな会話をしながら玄関へと向かう。すると、前からお兄様が歩いてきた。
「あ、お兄様」
私がそう呟くと、お兄様は立ち止まって私たちを交互に見た。
「今から王太子殿下とデートか?」
「ちが……っ!」
私がそう言おうとすると、右隣にいるセレン様の左手が私の腰にまわされ、引き寄せられたあと、セレン様の右手で私の口を塞がれた。
「今からレーアとデートなんです。ヴィルお義兄さん」
「ほう? いつもヴィルと呼び捨てなのに、ヴィルお義兄さんとはな。セレンにそう呼ばれるのは、なかなかに気分がいいな」
いつもお兄様の名前を呼び捨てで呼んでいたらしいセレン様が、お兄様をお義兄さんと呼び、セレン様のことを王太子殿下と呼んでいたはずのお兄様はセレンと呼び捨てで呼んでいる。
私はセレン様と結婚するつもりはないから、残念だがお兄様はセレン様の『お義兄さん』にはならない。
「ヴィルお義兄さん。そろそろ俺のレーアとデートに行かせてほしいのだが」
言っておくが、私はセレン様のものではありません。勝手に『俺のレーア』と言わないで欲しい。
「レーアは俺のだがな、セレン」
「喧嘩を売ってるつもりですか? それなら買ってあげましょう。レーアは俺のですから」
なんか二人の間の空気が不穏なものに変わっていく気がしたが、セレン様が私を引っ張って玄関を出た。
伯爵邸の前に馬車が止めてあった。恐らくそれに乗るのだろう。
私はその馬車に乗り腰掛けると、セレン様が乗ってきて何故か向かいの席ではなく隣に腰掛けた。
しかも、少しの間も開けず、ぴったりと。
私が少し離れようと、セレン様と反対側である窓側に寄ると、セレン様も私についてくるように寄ってきた。もう一度窓側へ寄ると、もう一度セレン様もついてきた。
もうセレン様のいる反対側はスペースがなく、これ以上動けない。
すると、セレン様が私の腰に腕をまわした。そして、私の耳元で甘ったるい声で囁いた。
「──今日は俺だけのレーアでいてね」
ドクンッと心臓が鳴ったことは、秘密にしようと思う。




