1 プロローグ
幼い頃、私は王都の外れにある花畑がお気に入りの場所だった。私はいつもそこに行って、花冠を作ったり、時々遊びに来るリスやウサギと遊んだりしていた。
5の月が終わろうとしていたある日、私はいつものように花畑で遊んでいた。すると、いつも人は来ないはずの花畑に人が来たのだ。
ここは不思議な力が働く花畑。入れる人は私の家族以外にいるのかと驚いていた時だった。
その花畑に入って来た人──同い年くらいの少年と視線が絡んだ。
その少年は美しい青色の瞳で私を捕らえると、私と同じように驚いていた。
やがて、その少年は私に微笑んだのだ。
「……君は?」
少年は形の良い桜色の唇を動かすと、これまた良い声で言葉を紡いだ。
「あ、えっと……レーアです。レーア・コンバラリアです」
それから、その黒髪に青色の瞳をした同い年くらいの少年と仲良くなった。
仲良くなってから一週間経ったある日、その少年は私に言ったのだ。
「レーアちゃん、俺は明日からはここに来れない」
「……えっ?」
あまりにも突然で、あまりにも衝撃的で、理解するのに時間を要した。
「もう、会えなくなっちゃうの……?」
私は恐る恐る聞いてみた。
だけど、返された言葉は予想通りのものだった。
「……そうだね」
一週間だけだった。確かに、一週間だけだった。
だけど、その一週間は今までで一番楽しかった一週間だったと思う。これほどまでに濃く、楽しい時間がまだ続くと思っていた。それなのに。
その少年より薄い水色の私の瞳から、涙が溢れた。
「泣かないで、レーアちゃん。あ、約束してくれる?」
「や、く、そく……?」
「うん、約束」
「約束って、何を?」
彼は一呼吸置いたあと、私の水色の瞳を私よりも濃い青色の瞳で見つめると、少し緊張した面持ちでゆっくりと口を開いた。
「──レーアちゃんが俺のお嫁さんになる、って約束だよ」
この頃の私は、もう既にその少年に恋に落ちていたんだと思う。
「お嫁さんになったら、また会える?」
「うん。ずっと一緒にいられるようになるよ」
「じゃあ、お嫁さんになる!」
私は彼に抱き着いた。彼も嬉しそうに顔を綻ばせると、「約束だよ」と言って、私の頬に口付けてくれた。
私は彼の身分を知らない。今、何歳なのかも知らない。彼の名前すらも知らない。
知っているのは、黒髪に青色の瞳をした同い年くらいの優しい男の子だということだけ。
あれから10年以上経った今も、あの時から一度も会えていない彼に、17歳になった私はまだ恋をしている。
彼の「約束だよ」という言葉が忘れられない。
彼は今、どこで何をしているのだろう。私との約束は覚えているのだろうか。
所詮、子どもの頃の約束に過ぎない。
私が泣き止むためにした約束だ。忘れていたっておかしくない。むしろ、本気にしている私の方がおかしいのだろう。
とは思うけれど、やはり忘れられない。
最近はお母様やお父様から「婚約者を早く見つけなさい」と言われている。愛のない婚約をして、愛のない結婚するのは普通のこと。政略結婚は貴族の義務なのだから。
それは伯爵令嬢である私も例外ではない。
分かっている。分かっているけれど、彼との『約束』が忘れられない。
まだ、信じていたい。
もう少しだけ、信じていたい。
──彼と交わした『約束』が果たされる日が来ることを。