「見るもの」25歳 男性①
何年振りかに実家に帰ってあるものを見付けます。それをいろいろいじってみると……
「プルルル……プルルル……」
日付が変わろうとするころ、スマホが鳴り出す。こんな時間に電話をかけてくるなんてえらく非常識だと思い、そのまま放置した。すぐに留守電に切り替わり、メッセージを残すようにアナウンスが鳴る。
「あんた、この夏は帰ってくるの?いい加減顔を見せに来なさい。交通費が心配なら出してあげるから……」
社会人になって3年、両親からしきりに帰省せよと言われこちらもいい加減嫌になったので、この夏は田舎に帰ることにした。新卒1年目は、毎日クタクタになってベッドに倒れこんでは閉め切ったカーテンの隙間から差し込む朝日に目を刺されて飛び起きるのを繰り返していた。すべてが新しく、怒られるのも指導の一つだと思って全力で勤めていたが、3年過ごして後輩もできて仕事そのものに慣れが出てきたあたりから刺激が無くなったなと思い始めていた。
「リフレッシュも兼ねて帰ってみるか。」
会社の夏季休業までだいたい1か月位まで迫っていたので頃合いも良かった。翌朝、出勤前に電話を寄越した母へ折り返しの連絡をした。この夏は帰ろうと思うよと告げると声を弾ませて喜んでいた。出勤前の電話だったものだから話もそこそこにして家を出た。
それからは昼休みを使って新幹線の予約をしたり土産をどうしようかなんかを考えたりしていた。はじめは億劫に思っていた帰省も、いざ決まってしまえばなんだかんだで楽しみにしている自分がいた。
夏季休業の前は納品まで済ましてしまおうという流れがあったりするものだからなかなかに忙しく、気が付いたら休業初日の前々日になっていた。月初の残業ラッシュもひと段落してほぼ定時で退勤できるようになっていたので、帰宅してからは帰省の荷造りをした。
帰省当日、世間も夏休みということで駅は大きな荷物を運んでいる人でごった返していた。通勤ラッシュとは違った混雑に疲れをおぼえつつ、売店で土産と弁当、それと車内で一杯やる酒を買って新幹線に乗り込んだ。新幹線で1時間半、在来線とバスを乗り継いで2時間半くらいを行くのでかなり長旅になる。車窓からビルが消え、住宅街を横目に通り過ぎながら弁当を食べ、海沿いの短いトンネルをくぐりながら高くはない酒をあおって景色を楽しんだ。こんなに青色がきれいだと思ったのはいつぶりだろうか。
新幹線を降りて在来線に乗り換え、そのあと乱暴な運転のバスに乗り気持ち悪さが限界に到達しかけたころ、見覚えのあるバス停についた。メガネのおじさんが瓶の飲料を持っているイラストや、もう存在しない貸金業者の看板が張り付いた木造の掘っ建て小屋。実家の最寄りのバス停だった。ぼーっとしていたので慌てて運転手に伝えて降りた。土と草とほんの少しの黴のような空気が鼻腔の奥のほうをくすぐる。本能が憶えている、故郷の香りだ。深呼吸で盛夏の熱を帯びた空気を肺にいっぱい入れてから実家の方に歩き始めた。ほんの数百メートル歩いたくらいで、一台の車が横を通り過ぎてすぐにハザードを焚いて止まった。すぐに運転席から一人の女性が降りてきた。
「おかえり。暑かったでしょう。」
母だった。実家にあった車とは違うものに乗っていたから一瞬わからなかった。
「ただいま。迎えに来てくれたの?」
そう問うと
「買い物のついでよ。今夜は食べたいもの作ってあげるからちょっと付き合いなさい。」
と、合理的な母らしい答えが返ってきた。
車に乗り込むとエアコンが効いていてすぐに汗が冷えてきた。車内はまだ新車の匂いがしていた。
「車、買い替えたんだ。」
「そうなのよ。なんでも『エンジンオイルが減っちゃう』とかで、お父さんが買い替えるーってその日のうちに契約してきたのよ。20年乗ったしねぇ。」
「父さんらしいね」
そんな会話をしながら着いた場所は知らないスーパーだった。地元を離れている間にできたらしい。そこに行くまでも真新しい道路を通った。何もかもが変わってしまったような気がして少し寂しくなった。一通りの買い物を済ませて実家へ向かう途中、ここに住んでいるときには気が付かなかった廃屋が目に飛び込んできた。瓦が落ちたり雨戸が割れていたりするから数年でこうなったような感じではなかった。蔦が絡んでは枯れを繰り返したあとがそれを物語っていた。
「母さん、あそこに家なんかあったっけ?」
そう聞くと
「ああ、あんた幼稚園の時に一緒だった誠一君って覚えてる?」
と、少し重めの声で返してきた。
「いや、よく覚えてないな。」
「そう、じゃあ仕方ないわ。」
それから実家に着くまで二人とも口を開くことはなかった。
次回、実家に到着してからの話になる予定です。