復讐の果て①
ここから本編です。
「ふぅ……どうにかついた……」
「……」
青く広がる大海原を駆け抜けること数時間……。
船はガデン島よりももっと広大な土地……つまりは本島の港に停泊することができた。
「島へ行く時も思ったのだけれど……もう少し静かに船を動かせられなかったの?」
船が港へと停泊した直後、フィナが操縦を担っていたツキミにクレームを入れる。
彼女の脳裏に蘇る先ほどまでの光景……。
静寂な海の静けさをエンジンの轟音と共にかき乱し、バランスを保とうと船が左右に動くたびに天秤の如くグラつく足元……。
何度もよぎった転覆する船と海に投げ出さられる己自身……。
幼いにも関わらず冷静に屍を相手にライフルを撃つことができるフィナでさえ、船酔いで青ざめた顔で床に尻を密着させている始末……。
無謀な頼みを聞いてくれたという恩を差し引いても、フィナは言葉を飲み込むことができなかった。
「おえぇぇぇ……」
小さな災害と言っても過言ではない過酷な体験によって、サクラはまともに話すことが困難なほどの船酔いに苦しんでいた。
「文句があるなら次からは自分でやれ」
無謀な操縦を終えたツキミが心外な言葉を投げかけるフィナを人にらみするも……特段何もすることなく、ただその場で崩れるように腰を下ろした。
一見すると緊張の糸が切れたかのように見えるが……実際は四苦八苦な操縦から解放されたことによる怠慢によるもの……。
「そうするわ……」
そう言うとフィナは停泊している船の小さな揺れにすら耐えきれず、這いつくばるように船を出て石のブロックでできた桟橋の上でぐったりと横たわってしまったのだった……。
普段のフィナであればこのような無防備かつ無様なことはしないが……船酔いによるダメージで彼女の思考回路はプライドを守ることよりも脳の回復を最優先にすべく、揺れることのない安定な地を求めた……言わば本能的行動であった。
※※※
サクラとフィナが船酔いから回復した後……3人は船から少し離れた場所にある灯台に上っていた。
その目的は周辺の情報を得るため……。
高い所から周辺を見下ろすという原始的ながらも効率の良い情報収集に適した場所として、ツキミが灯台を選んだのだ。
「それで……えっと……ここが本島なんだよね?」
灯台の階段を階段を上る中……サクラが改めて現状を確認しようとフィナに声を掛けた。
「正確に言えば大陸よ……」
「大陸?」
「えぇ……。 この世界……心界は3つの大陸でできているわ。
光の大陸……闇の大陸……そして今、私達がいる心の大陸……。
現状……屍はが出現するのはこの大陸だけに留まっているけれど……いずれ全大陸に現れるのも時間の問題でしょうね……」
「そっそうなんなことになったら……」
「世界の滅亡……と言っても過言ではないでしょうね」
「(滅亡……ここまでの道のりを考えればそうなっても不思議じゃない。
事実、ここにいる2人以外……洞窟で出会ったあの夫婦以外に生きた人間に会ってすらいないからな……)」
「そうなんだ……だから、2人は鏡屍を倒して、欠片を取り戻そうとしているんだね」
「えぇ……とは言っても、望みは薄いけどね。
それに鏡屍がどこにいるかまではわからないけれど……」
「えっ? フィナには鏡屍の居場所がわかる能力があるんだろう?」
「そうね……でもそれは、鏡屍がある程度近くにいる時だけ……。
ガデン島の鏡屍のように負の感情を強くむき出しにしていれば感知できる距離は広がるけれど……そんな連中ばかりとは限らないわ」
「じゃあ……どうして島に鏡屍がいるってわかったんだい? 船を使ってわざわざ島まで行ったんだから……確証かなにかあったんだろう?」
「そんなものないわ。 あの島には純粋に母の墓参りに行っただけ……鏡屍に気付いたのはただの偶然よ……」
「それじゃあ今は……目的はあれど手がかりはなしってこと?」
「まあそうなるわね……。 まあ仮に手がかりがあったところで……屍だらけのこの大陸ではうかつに動くことはできないわ……だからこそ、慎重に進まなくてはいけないの」
「……」
バキッ! ボカッ! ガシュ!
「おい、バチ当たり共! 年寄りばかりに働かせるな!」
階段上から不服を申しだてるのは不機嫌そうな顔でにらむツキミだった。
彼の周囲の壁や階段には赤い血が飛び散っており……足元にはツキミによって頭を潰された屍が倒れている。
「そう言われても……あなたが先行して屍達を退治してくれたんじゃなかったんですか?……」
「俺がいつそんなこと言った!? お前らがベラベラしゃべって足を遅くしていただけだろうが!」
「はぁ……」
「俺は疲れた……」
そう言うと……ツキミはその場でジャンプし、サクラとフィナを飛び越えて2人の後方に着地した。
「疲れたという割には私達を飛び越えられる元気はあるんだ……」
「うるせぇ……とにかくここからはお前らが先に行け。 俺はもう雑魚の相手はごめんだ」
「……」
「仕方ないわ……ここからは黙って上りましょう……」
ツキミに先行を任された2人はそれから黙々と階段を上っていった……。
結局それから屍が現れることはなく、3人は階段を上りきった。
「チッ!」
上りきって早々……苦々しく舌を打つツキミ。
戦闘の苦労を味合わせてやろうと先行を2人に任せた手前……屍が現れなかったことに少し不満を抱いていた。
「ツキミ……どうしたんだろう? なんか機嫌が悪そうだけど……」
「放っておきなさい……。
それよりも、これを持っていて」
フィナは手に持っていたライフルをサクラに預け、灯台に設置された望遠鏡で周囲を見渡し始めた……。
ツキミは固く冷たいコンクリートの床であるのも構わず、その場で疲れたと言わんばかりに寝そべってしまい……サクラは落下防止用の手すりに寄りかかるように腰を下ろした。
「……」
無意識に望遠鏡を覗くフィナの足元へと視線を落とすサクラ……。
大人じみているとはいえ、フィナはまだ11歳の子供……。
大人用に設置されている望遠鏡は身長の関係で使用することは本来できない。
故にフィナは、そばにあった酒ビンケースを踏み台代わりにすることでその難関をクリアした。
「(こうして見ると……やっぱり子供なんだ……)」
踏み台を使って望遠鏡を使用するフィナ……サクラの目からすると、小さな子供が大人ぶって背伸びをする微笑ましい光景に映った。
ゴンッ!
「いてっ!」
周囲を見渡していたはずのフィナが突然、望遠鏡から手を放してサクラのすねに蹴りを入れた。
「なっ何をするんだよ……」
「なにやら不快な気を感じたのだけれど……何か私に言いたいことでもあるのかしら?」
「なっ何もないよ!」
心臓を貫きかねない鋭い目つきに思わず本心を口走りかけたサクラであったが……彼の生存本能とでも言うべき何かが……開きかけた口を閉ざしたことで命は永らえた。
そしてフィナは再び
※※※
「……ん?」
望遠鏡でしばらく周囲を見渡していると……灯台から2キロほど離れた場所に建っている古びた刑務所がフィナの目に留まった。
そこもすでにおびただしい数の屍達が占領しており、刑務所の周囲にも内部のグラウンドにも屍達が徘徊している。
「(やけに屍達が密集しているわね……)」
常に飢餓状態の屍は生き物の肉を求めてあちこちをさまよう。
そんな屍が同じ場所に留まる理由は、生前に思い入れがある……又はそこに生き物が集まっている……そのどちらかだ。
「(刑務所に思い入れのある人間なんてそうはいないだろうし……生存者を狙っていると考えた方がよさそうね……)」
大抵の人間であれば、真っ先に生存者と合流しようと考そうな所だが……命の危機にさらされている人間は自らの命を守ろうと……時に屍よりも惨たらしい魔物と化す。
それをツキミから叩きこまれたフィナには生存者に対する興味など皆無だった。
そうでなくとも、屍が密集しているような場所にわざわざ出向くような命知らずはここにいない……。
「……!?」
ほかのエリアを見渡そうと望遠鏡を動かしかけたその時……。
刑務所の屋根に飛び乗る異様な影をフィナは目の端で捉えた。
「あれは……」
それは人間でもなければエルフや妖精のような異種族とも異なる存在……強いてあげれば二足歩行のトラと言えなくもないが、獣人や亜人の類とも異なる。
そうなればおのずと答えは出てくる……。
「鏡屍……」
「えっ?」
「……」
フィナの漏らした言葉にサクラは思わず聞き返し……ツキミは寝そべったまま耳だけを傾けていた。
「鏡屍がいたのか?」
「ここから少し行ったところにある刑務所にいるわ……鏡屍という保証はないけれど……少なくとも人間ではなさそうね……」
望遠鏡を覗いたままフィナはサクラの問いかけに答えた。
「気配とかでわからないの?」
「欠片の反応は感じられないわ……おそらく欠片の力をまだ引き出せていないのね……」
「引き出せていない?」
「えぇ……。 この距離で欠片の気配を感じないということは……大した力は得られていないわね……少なくとも、島で戦った奴よりは……」
大した力を得てはいないと説明するフィナであるが……それは決して弱いという意味ではない。
実際……刑務所に現れた鏡屍……アロエは屋根から飛び降りると同時に、グラウンドにいる男達を次々とその爪で引き裂いていったのだ……。
「どうやら憎い相手がたくさんいるようね……さっそくその辺の人間達を殺しまわっているわ」
アロエの血塗られた復讐を悠長に傍観するフィナ……。
「とっとにかく行ってみよう……」
「そうね……力が劣っている今なら……少しは優勢に立てると思うわ」
「ツキミ! 早く行こう!」
「わかったから腕を引っ張るな!」
3人は急いで灯台を降り……アロエの復讐の舞台となった刑務所へと走った……。