偽聖女と断じられたので、気ままに従者とスローライフを目指したい
「お久しぶりですね、殿下。なにか御用が?」
「しらばってくれるな! 今まで聖女のフリをして、権力と財力をものにしようとしていたのだろう? 見損なったぞ!」
……あぁ、その話か。ありがちな嫌がらせというかなんというか、聖女を夢見た女の子が流したらしい噂を殿下はあろうことか信じ込んでいるらしい。わざわざ握りつぶすまでもないとは思ったが、そんなアホらしい噂に引っかかるこうも阿呆な殿下が王太子でこの国はこのままでは立ち行かないだろう。王もかわいそうに、まあでも第二王子は割に聡明だったからどうにかなるのだろうか、あぁ、それでも他の公爵令息なんかも阿呆に呼応するかのように頭の残念な方々しかいなかったと思うからやっぱり厳しいだろうか、などというところまで考えてから、まぁどうでもいいか、と笑みを形作って答えを返すことにした。こんな王子でも一応は聖女に関する諸事の担当なので、この人の言うことを無視するとあとが面倒だから。
「なるほど、そういうお話でしたか。ではその噂通りに処分を下していただいて構いません。火のない所に煙は立たぬ、と言いますし、殿下がそうお思いになるならばそれが事実なのでしょう」
「……っ、そう言うのならば処分を下そうではないか! 聖女の位を詐称することは国外追放にあたる! そなたの爵位を取り上げたうえで、国外追放とする!」
「分かりました、ではその旨を書類に記していただけますか?」
「あぁ、勿論だとも!」
売り言葉に買い言葉とよく言うが、まさにそのような感じで王子はさらさらと羊皮紙に記入していきサインと印章を押してしまう。内容は聖女を騙ったとされる私への婚約破棄と国外追放、爵位剥奪がもちろん書いてある。もちろんカケラも迷うことなく自分の名前を記入した。
「では、お話はそれだけですか?」
「そ、そうだが…… 国外追放だぞ、分かっているのか!?」
「ええ、構いませんわ。そのような嫌疑をかけられた時点で聖女には相応しくないでしょうし」
では、失礼します、とだけ言い残して、王城の会議室を出た。
◇
「あの阿呆とのお話は終わりましたか、お嬢様」
苛ついた様子で馬車の前に佇んでいた私の従者、エヴァンはその苛つきを隠すこともなく吐き捨てるようにそう聞いてくる。
「阿呆なんて言っちゃダメよ、阿呆なんて。たとえそれが事実でもね。あの男、どうにも頭が残念で甲斐性なしなお馬鹿さんではあるけれど腐っても王太子なんだから」
「お嬢様のほうが手酷いようには思われますが、承知いたしました。で、お話の内容を教えて頂けますか?」
「馬車の中でなら、ね」
「では、今すぐ帰路につくといたしましょう」
急いてはいるが、それでも丁寧に馬車に乗せられる。ところどころに苛立ちは滲んでいるが、他の人には余程エヴァンと関わりがない限りわからないだろう。あの阿呆にもエヴァンを見習ってもらえたら、とついため息が。
「お嬢様?」
「大丈夫よ、阿呆のことで頭が痛くなっただけ」
「あぁ、なるほど。あの阿呆……やはり排除するべきでは、」
「腐ったリンゴばっかりのこの国からたった一つ取り除いたとて、変わらないわよ。諦めなさい」
「……まぁ、そうでしょうけど」
「さあ、貴方も馬車に乗りなさい、出るわよ」
「はい」
◇
「もう郊外ですし教えてもらって構わないですよね?」
「ええ。私もあのおバカのことを貴方に話したいと思っていたところよ」
かたかたかたかた、地面の凸凹に合わせて上下する、心地いいとは言い難い車内で、ゆっくりとあのお馬鹿の言ったことを反芻する。残念ながら記憶力は非常によいので一言一句違わず言える程度には覚えているのだ。
「……なんと、腹立たしい! お嬢様ほど聖女がふさわしい方は明らかに存在しないでしょうに、あの王子は頭だけでなく目もお悪くいらっしゃったのですか。あぁ、腹立たしい」
「仕方ないわよ、あのおバカには虚言を見抜くだけの才覚すらなかったのは明らかだったもの。――それよりも、こうなってくれたからには以前から考えていた策を実行する必要があるわね」
「あぁ、確かにそうですね。こうも簡単に上手いこといくとは思っていなかったので、まぁ結果的には良かったということなんでしょうか。それにしても許せるわけではありませんが」
聖女、というのは名誉であり、それでかつ悲惨な立ち位置だ。聖女は生まれたときから並々ならぬ浄化の力を持っている女のことを指す。一世代に一人のみ生まれ、聖女を妃にすることで王はより安泰な地位を手にすることができるのだが、そうなった場合聖女に課せられるのは王城から一切出ることができず国のためにただひたすら祈りつつお世継ぎの育成に励んで国の象徴となることだ。人によってはこれは幸せと呼ばれるものにあたるのかもしれないが、私は断じてお断りだった。それはもう、本当に嫌で嫌で仕方なかったのだ。自らが尽くそうと思えるような相手なら納得もできたかもしれないが、相手はあのお馬鹿な王子。到底耐えられない。と、いうことで前々から私とエヴァンは聖女のお役目からどうにかして逃れるための策を前々から立てていたのだった。とはいえ、そんなこと普通は許されないのであくまで机上の空論、ただの子どもの絵空事程度のつもりだったのだけれど。
「まぁもう書類は作成されたんだから前向きなことだけ考えましょう。あの羊皮紙は正式な契約用のものだったから破棄には互いの同意が必要だし、隠蔽のために燃やすことも捨てることもできない特別なものだったわ」
「では国外追放はお嬢様が取り消しを望まない限り取り消されることはない、ということですか」
そう、あのとき真っ先に書類を求めたのは後戻りができないようにするためだ。あの王が王子の妄言だけで聖女を手放すわけがない、口約束のような軽いものでは一瞬で取り消される。その点、契約という形にしておけばもう覆ることはない。
「さあ、屋敷に帰ってさっさと荷物を纏めましょう。勿論あなたはついてきてくれるのでしょう、エヴァン?」
「当たり前ですよ、お嬢様。自分は貴方だけのためにある騎士であり、また従者なんですから。爵位がなくなった程度で貴方への愛が消えるわけ無いでしょう。どこまでもお供しますよ」
「そう。あなたのそういうところ割と好きよ」
「……今好きって言いました!?」
「さぁね。――行き先はこの領地から一番近いウェリタスよ。冬に入るまでの到着を目指したいわ」
「了解しました」
この先がどうなるかは誰にも分からない。ただ、それはきっと輝かしいものに違いない。
「これから楽しみね」
「そうですね、とても楽しみです」
これからの未来に思いを馳せ、唯一の私の騎士――そして実はひっそりと思いを寄せていた――エヴァンと微笑み合って、目を閉じた。
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