旅立ち
「よく来たな。勇者トロトロの子孫、カクよ!今この世界は張型竜王なる邪悪な者とその手先の魔物によって、存亡の危機に瀕している」
ゆっくりと立ち上がる王。
すぐ隣にある、誰もいない玉座に手をかける。
「ラブドール城の兵力も、各地にある町の警護、防衛ラインの死守で手一杯なのが現状だ。
そのため、お主のような勇気ある若者に、竜王退治を依頼することにしたのだ」
その手にグッと力が入る。
「大軍は我々が引き付ける。その隙に単騎、竜王を退治してもらいたい」
大軍は囮にこそ使うべき。
短期決戦では有効な手段だ。しかしそれ以上に、この作戦が失敗したら後がない背水の陣でもある。
なんか面倒臭いことになりはじめた。
俺は頭を垂れたままため息を吐く。
勇者トロトロの資産もそろそろなくなるし、ここらでなんとかしないと、この国が滅ぶ。
てか、俺が破産する。
そんな時こそ、俺のような勇者の出番だろう。
「畏まりました。王とこの国のために必ずや竜王を倒してご覧にいれます」
なんでか知らないが、うちには勇者が残したアイテムがない。あるのはお金だけだった。
それも無くなりそうな今、国宝レベルの武具を使ってサッサと竜王を倒してこよう。
「うむ。期待しておるぞ。カク。
その宝箱の中に、其方の旅立ちの支援物資が入っておる。
装備を整え、この世界オルガズムを救う戦いにでてくれ!」
マントをたなびかせ、王の上げた手を合図に側近の一人が宝箱を持って、俺の前に置く。
国が世界の危機のために用意した宝だ。箱も見事な細工が施され、見るからに高級そうである。
「ありがたき幸せ!勇者トロトロの子孫の力、竜王に示してやりましょうぞ!」
俺は立ち上がり、宝箱を受け取るとその中身を確認する。
「たいまつ」「120K(お金の単位。コーガン)」「カギ」
ちょっと待て。
「あ、あの王さま?これは……?」
ギャグか。笑うところなのか?
しかし王は、俺に背を向け、なにも話さない。
「えっと、竜王倒しにいくんですよね、俺?」
沈黙。
まじ?
これマジなの?
多分、誰もがそう思うだろう。国の存亡の危機だぞ。120Kなんて、缶コーヒー1本買ったら無くなるじゃねぇか。
咳払いをし、王の隣に控えていた大臣が口を開く。
「今まで。50人近くにも及ぶ『自称、勇者トロトロの子孫』が来てな。最初こそこの国でも屈指の武具を分け与えて退治に向かわせたのだ」
その時点で俺は察した。
竜王とか関係なく、この国は近々滅ぶ。コイツのせいで。
ヒューヒューと音の出ない口笛を吹きながら、王は奥へと下がる。
「つまり、偽物に強力な武具と潤沢な資金を与えた挙げ句、そいつらは最も簡単にやられて、武具や資金を竜王にとられた、と?」
「……」
大臣は何も答えない。
「だったらこの宝箱売れよ! こっちの方が高いだろ絶対!」
俺は立ち上がり、大臣相手に文句を言う。
あ! 中身だけ置いて宝箱奥に持っていきやがった!
「そしてな、勇者よ。この扉には鍵がかかっている。そして、鍵は一つしかない。わかるな?」
この国の鍵はどんな無能が作ったか知らないが、一回使うと壊れる馬鹿げた代物だ。
100均の方がまだマシなものが売ってる。
「別にいいですよ……」
ため息が出た。
仕方なく120Kとたいまつと鍵をもらい、部屋を出る。
「勇者よ!鍵がないと扉は開かないぞ!」
とりあえず大臣の言うことは無視だ無視。
俺は手元から一つのツールを取り出すと、鍵穴に差し込み、中で2、3回弄る。
カチッと音がして手応えがあった。
「おっけ」
鍵が使い切りでその都度買わなきゃ行けないなら、鍵を開ける技術を身につければいい。
そう、俺は長いニート生活の間にピッキングを覚えたのだ。今のところ開けれない鍵はない。
「うおっ!?」
扉が開いた音がしたと思ったら、いきなり消え去った。どうなってんだ、この扉!?
「あ〜、まぁ頑張ってくれたまえ」
肩をがっくりと落とした大臣も奥へと下がる。
その背中には、今回もダメ勇者か、的なオーラが漂っていた。