第八十三話 忌まわしきアイツ
アデューラ岳へ入山した翌日の未明。
俺達は魔物の鳴き声と共に目を覚ました。
「皆、襲撃だ!寝起きで悪いが、武器を構えろ!」
マーズさんが時間を稼いでくれている間に、俺達は大急ぎで装備を整えて前線へ向かう。
獅子奮迅の活躍をしていてくれたようで、ゴブリンやペイル・ラビットなどの雑魚は大方片付けられている。
しかし、ボブゴブリン、オーガ、ワーウルフのような強い魔物には苦戦を強いられているのか、自らが出るまでも無いと高を括った奴らは、後方で高みの見物をしていた。
「お待たせ、こっちのオーガは任せて!」
「おいらはワーウルフを。スピード勝負になら、負ける気がしない」
「じゃあ、俺は因縁のボブゴブリンを」
マーズさんに雑魚を任せ、それぞれ三人は大型の魔物に突撃する。
「図体がいくら大きくても、その攻撃さえ当たらなければ、ゴキブリよりも簡単に殺せるってこと……見せてあげましょ」
オーガは四メートル前後の巨大な図体から繰り出される質量に任せた攻撃により、数々の冒険者を葬ってきた魔物である。
「グォォォ……」
「ハッ!セイッ!ハァァァッ!」
ガラテヤ様は迷うことなく懐へ潜り込み、右手に風を纏わせた状態で腹部に掌底打ち。
「グァォ……ァァ!」
オーガは衝撃に耐えられず、後方へ仰け反りながらも、せめてガラテヤ様を蹴り飛ばそうと、左脚を上げる。
「甘いわ」
しかし、ガラテヤ様は風の魔力を使って大ジャンプすることにより、蹴りを見事に避け、オーガの肩へと降り立った。
「ァ……?」
「残念。霊脈の底にお戻りなさいな」
「ゴァ」
そしてオーガの首元へ手を当て、風の魔力を流し込むと、その瞬間にオーガの首は内側から爆発し、瞬く間に辺りは血の雨に打たれた。
「ふぅ、こんなものかしら。我ながら、力がついてきたものね」
ウェンディル学園入学一年目にして、パワーもさることながら、精密かつ繊細に技を繰り出すガラテヤ様のテクニックは、オーガともあろう魔物を難なく葬り去ってしまう程にまで成長していた。
まさに圧倒的な実力、流石に天才である。
俺が指導していた期間を含めても、訓練を積み始めてから三年目にして、その辺の魔物では相手にすらならない程にまで成長する人間は、ごく少数であろう。
ガラテヤ様の実力に感動しつつも、俺はしっかりとボブゴブリンの首を一刀のうちに落とし、改めて魔力を用いた戦いに慣れたことを実感する。
一方のファーリちゃんも、素早いでお馴染みのワーウルフを翻弄する程のスピードを活かして立ち回っている。
「やっ、はっ、ほっ」
「グルルルル!」
「【電光石火】」
「ギャンッ!?」
あえて分かりやすい動きをすることでワーウルフの意識を背後に逸らし、その瞬間にあえて正面に現れることで胴体を切りつけた。
素早さによるゴリ押しだけではなく、段々と、応用の効く技の使い方にも慣れてきた様子が見てとれる。
「とどめ」
そして、正面に再び意識が戻ったところで改めて背後を突き、脊髄にナイフを突き刺して後退。
「ビャッ……」
機動力と手数で人間を圧倒するハズのワーウルフは、逆に奴らのそれを凌駕する実力を持つファーリちゃんに圧倒され、数分と保たずに息を引きとることになってしまった。
その間に、マーズさんは雑魚を一匹残らず大剣で薙ぎ払い終わる。
ウヨウヨと湧いていた魔物達は、あっという間に見るも無惨な姿に。
「……うわぁ」
俺達は、各々自らが思っているよりも強くなっているのかも知れない。
そして、そんな俺達と対等に戦っている敵もまた、こちらが思っているよりも社会にとって重要な敵なのかも知れないということに、全員が薄々勘付いた頃。
「うぉぉぉぉぉァ!」
聞きたくも無いが、そこそこ聞き慣れた声が一つ。
「この声は……何で?」
「さぁ……?でも、彼もここへ連れて来られたってことかしら?」
「……んん、どうする?助けに行く?」
「エー。俺ヤダー」
「私も嫌よ。……でも、味方になったら心強い気もするわね」
「私は助けに行ってやりたい。いくら『敵だった』とて、彼がここにいるということは、敵を探すための重要なヒントになるんじゃあないか?」
「おいらも。連れ去られる原因しか無い人がここにいるってことは、あの人は生きてる手がかりってことだから」
「……皆がそう言うなら仕方ないなぁ。あんまり気乗りしないけど、俺も行ってやりますよ。ええ、行けば良いんでしょう行けば」
俺は渋々、叫び声が聞こえた方向へ歩き出す三人を追う。
この声は、忘れもしない。
弱ったガラテヤ様を痛めつけ、かと思えば裏切ったかつての仲間を売り、そのまま行方をくらませたアイツ。
「……おォ!?誰かと思えばテメーらか!?何の真似だ!?」
まさに今、敵と思しき妙なフードを被った人間達の攻撃を精一杯に防いでいる、憎っくき「バグラディ・ガレア」の姿があった。




