喪失
私は、失った。
大切なものを、何よりも、誰よりも大切なものを、私は失ったのだ。
死ぬまで、愛し続けた弟。
死んでも、愛してしまった弟。
また会いたいと、願ってしまった弟。
信じられない奇跡。
この目で見た姿も、聞いた声も違くて。
しかし確かに弟であった青年と、共に過ごした日々。
今度は守らなければならないと、そう思っていたのに。
もう一度与えられた日々を、もう二度と与えられないであろう日々を、絶対に守ると、そう決めていたのに。
吹きつける風、涙は乾かない。
私の、失われたもの。
失われた、夢のような日々。
私は、まだ温かい弟に抱きついたまま、自らを彼方へと解き放つように意識を手放した。
何もない、暗闇の中。
あれからどれだけ経ったのか。
ゆっくりと、見たくもない世界を押しつけるような光が瞳へ差し込む。
「ガラテヤちゃん。ガラテヤちゃん!……良かった、気付いたのね」
視線の先には、メイラークム先生。
あの山から、何がどうして。
「マーズと、ファーリちゃんは……?それと、ここは……?あれから何日?」
「二人も無事よ。今は貴方達が見つかってから二日後。それと、ここはメイラークム男爵邸。領内の見回りをしてたら、ガラテヤちゃんと……貴方の騎士を背負った猟兵の子が見えたから」
カレンダーを見ると、あの山に入ってから三日経っている。
一夜をあの山で過ごしていたから……ケウキのような何かとの戦いの後、私達は意外とすぐに発見されたらしい。
「そうですか。ありがとうございます」
「いいのよ。それよりも、こちらにも話したいことがあるの」
「何ですか?」
「まずは、マーズちゃんとファーリちゃんについて。さっきも言ったけれど、二人は無事よ。ただ、すごく弱っていたから……少しだけ、この屋敷で看病させて頂戴」
「ありがとうございます。お願いしますわ、先生」
「お安い御用よ。それにしても、私がたまたま実家の無事を確認しに来たタイミングに、山を降りてきて良かったわね」
「ええ。不幸中の幸いでしたわ。助かりました」
「……水を差すようで悪いのだけれど、ここからはその、助からなかった方の話よ。貴方の騎士について。辛いかもしれないけど、聞いて頂戴」
「……ええ。続けて下さい」
「結論から言うと、ジィン君は死んでいるわ。遺体の腐敗は進んでいないけれど、もうすっかり冷たくなって……」
「やっぱり、そう、ですよね」
ジィンが死んだという現実を改めて突きつけられ、私は再び、自然と頬を伝う涙の感触を覚える。
「案外、冷静なのね。あんなに互いを信頼し合っていたようだし、しばらくはまともに話せなくなるかも……なんて、心配していたのだけれど」
「それは、あの山で……もう確認しましたから。それに、たくさん泣きました。いつまでもグズグズしているんじゃなくて、ジィンの分まで、無理をしてでも頑張らないといけないと思って。それが、せめて弔いになると思うので」
「……強い子なのね」
「いいえ。……家族に、騎士に、恵まれただけです」
「そう。それともう一点、悪い知らせよ」
「何ですか?」
「ベルメリア子爵連絡したところ、あちらもあちらで後始末が大変らしくって。お葬式もできないそうだから、明日には、あの子の遺体を棺に入れて埋めるつもりなのだけれど……その前に……もう一度、最後に会っておく?葬式の時には、もう棺の中よ」
私は小さく頷き、メイラークム先生の後をついていく。
もう、本当にお別れなんだ。
そう思うと、再び涙が込み上げてくる。
マーズもファーリちゃんも、弱ってしまって動けないそうだ。
せめて私だけでも、死んでしまったジィンの亡骸を、もう一度抱きしめてあげたい。
もう一度だけ、人の、仲間の、家族の温かさを、あの身体の持ち主に感じて欲しい。
私は全身を針で刺されるような、そして寒くなったり暑くなったりするような感覚を覚えつつ、メイラークム先生に手を引かれて、ジィンの遺体が安置してある場所へと向かうのだった。




