第五十話 後片付け
広間へと案内され、目の前には面会室へと繋がる扉。
「お時間です。ガラテヤ・モネ・ベルメリア様、まずは貴方からお入りください」
衛兵が扉を開け、ガラテヤ様を誘導する。
「……じゃあ、行ってくるわね」
「一応、気をつけておいてください」
「ええ」
面会室へ入っていくガラテヤ様の後ろ姿を見送り、俺はソファーに腰を下ろした。
ファーリちゃんは一旦、このタイミングで離脱。
俺達二人よりかは部外者であるため、外でレイティルさんと話をしているとのことだ。
二枚の扉でロックされた分厚い壁の向こう側でどのような会話がされているのか、俺には分からない。
「ただいま」
しかしガラテヤ様の表情を見る限り、吐き出すべきものは全て吐き出せたのだろう。
事が一つ片付いたと言わんばかりの清々しい表情が、それを物語っている。
「大丈夫でしたか?」
「ええ。むしろ大丈夫じゃないのは向こうの方よ」
「何があったんですか」
「監視員の目を盗んで風を一撃」
「よし、この話やめましょう」
「んん」
「……つ、次は俺行ってきまーす!」
「い、行ってらっしゃい」
監視員に何か聞かれては面倒だ。
俺はガラテヤ様の口を人差し指で塞ぎ、続けて監視員と共に扉の奥へ進む。
「……よう、騎士サマ」
すると、右頬が腫れ上がっているバグラディが鉄格子の向こう側に座っていた。
ガラテヤ様は随分と派手にやったらしい。
「三ヶ月ぶりか。元気そうで何より」
「それは皮肉か?」
「どうだか?」
「フン。……まあいい。俺はお前に用があって呼んだのだ」
「簡潔にお願いするよ」
「いいだろう。……実は、俺の同志達が暴走を始めた」
「バグラディ革命団とかいうやつだっけ?」
「ああ。そいつらは各地で暴動の準備を計画していたのだが……それが、とうとう実行に移されたようなのだ。例に漏れず、ベルメリア領でもな」
バグラディは以前とは変わり果てた表情、具体的には死んだ目でブツブツと話し始める。
「それは困るね。で?トップとして奴らを止めるから、ここを出せとでも?」
「いや、それはできない。……と言うのも、だ。俺は確かに、革命団のリーダーだった。しかし俺が捕まっている間に、奴らは俺までもを『排除すべき権力者』として扱い始めたという情報を王国騎士団の斥候が掴んだと、第七隊長のオッサンが言っていたのだ。ゆくゆくは、ベルメリアで発起した奴らがここへ攻め込んでくることだろう……とも、な」
「お前が言ってるだけの情報だったらスルーしてたけど、レイティルさんが言うなら本当か」
王国騎士団第七隊が動く程のことだ。
バグラディ革命団とやらは、そこそこの規模をもつテロ組織なのだろう。
「自分の身に危機が迫っている状況でまでくだらない嘘を吐く程、ユルい頭をしている覚えは無いが」
「それだけは嘘だろマジで。主語デカいし詰め甘いし」
「ヴヴン!と、も、か、く!だ。俺は自分が狙われる側に立って、今まで言っていたことがいかに『無理』なことかを解らされたんだよ。権力者が憎いという気持ちは変わらねェが、それでも多少は理解したつもりなんだ。見境なく統率者を殺すと、ロクな目に遭わねェってな」
「おお、ようこそこちら側へ。痛い目を見てようやく理解できたんだな、バカめ」
「お前、一々ムカつくな」
「そもそも俺はご主人様を拐ったお前のことが大嫌いだし、わざわざ時間を割いてそんなお前の応対をしてやってることを念頭に置いて喋って欲しいところだねぇ」
コイツ相手に限っては、俺の心に容赦などという言葉は無かった。
煽れるだけ煽り散らかしてやろう。
正直、まだまだ殴り足りないくらいである。
「チッ。……それで、まあ、アレだ。俺が囮になってやるから、一時共闘といこうじゃあねェか。俺は命が助かる、お前達は領内を荒らそうとしている賊を掃除できる。悪い話じゃあ無いと思うぜ」
「……はぁーあ。よくもまあ厄介な裏切り者を仲間に持ってくれたねー。……わかった。わかったけど、俺だけで決めるには話がデカすぎるから……レイティルさんとガラテヤ様のとこに持ち帰ってから決めるよ」
バグラディから呼び出されたと思ったら、まさか頼まれ事をすることになるとは。
どれだけこちらを振り回せば気が済むのか。
相手はかつての仲間とのことだ。
出来ることなら騎士としてではなく冒険者として立ち回り、依頼料はガッポリ頂きたいところだが……レイティルさんが絡んでいる以上、そう上手くはいかないかもしれない。
「仕方ねェな。ま、前向きに考えてくれやァ。それと、こちらからも冒険者と王国騎士団に手を回しておく。同士のやることだ、手に取るように分かるぜ」
「お前が?冗談よせって」
「そろそろシバくぞテメェ」
「ハイハイ。じゃあ、とりあえず今日はこの辺で。レイティルさんとも話さなくっちゃあいけないし」
「ああ。……頼むぜ」
俺は後ろを向きながら手を振り、監視員と共に面会室を退室する。
「おかえり、ジィン」
「ただいま戻りました。……聞きました?アイツの部下の話」
「ええ。丁度その件で、レイティルさんが呼んでるわよ」
「ですよね。……行きましょうか」
「そうね。ベルメリア領の問題でもあるわけだし」
「実戦は久しぶり。猟兵の血が騒ぐ」
俺とガラテヤ様、そして合流したファーリちゃんは面会室前の広間を後にして、レイティルさんが呼んでいるという第一会議室へ向かう。
これからしばらくの間、そこがバグラディの部下達を鎮圧する作戦について会議を行う場所になるらしい。
有り体に言えば緊急対策本部である。
この機会に、父との面会についても聞いておくとしよう。
俺は窓から見えるベルメリア領の平原を見渡しながら廊下を歩き、そして第一会議室のドアノブに手をかけるのであった。




