第三十九話 殺気
ロディア、そしてガラテヤ様との練習から二日後。
俺達は講堂へ集められた。
今日はいよいよ、リートベル学園との模擬戦。
教員達は互いにルールを確認し、改めて学生達へ伝えた。
ルールは簡単。
互いの学生全員が戦闘不能になるか、降参することが決着の条件。
それまで、互いに山の中で潰し合うだけである。
注意点といえば、互いが本気で戦うあまり、何かの間違いで大怪我を負ってしまうことが無いよう、「破壊されるか、学生の戦闘不能か降参が承認され次第、強制的に講堂へ転移させる」魔術が発動するバッジが胸に装着させられているため、当たりどころによっては、納得できない敗北もあり得るかもしれないところくらいだろうか。
「それでは、これから三十分の準備時間を与える。その間に装備の調整を行うなり、移動するなりしなさい!さぁ、いギュィ……行きなさい!」
リゲルリット先生お馴染みの噛み。
吹き出すリートベル学生とは対照的に、慣れた様子のリーシェントール学生は一斉に走り出す。
しかし、その中でやけにこちらへ向く殺気が一つ。
「……オレは必ずテメーらを倒す。道楽の貴族が」
「……ッ!」
すれ違い様に、耳元で呟かれた。
危うく手が出そうになったが、今は準備の時間。
ここで手を出した者は、無条件で失格となる。
俺は平安の山奥に鬼を見つけた時のように彼を睨み返し、講堂を後にする。
「……殺気。おいらの気のせいじゃないよね」
「うん。俺達に何の因縁があるのか、それとも何か勘違いをしているのかは分からないけど、あの人には気をつけておこう」
あの殺気にはファーリちゃんも気づいたようで、小さな背丈で飛び上がって俺の肩を叩く。
「当たり前。敵全員に気をつけてる」
「よしよし、えらい。流石は熟練の猟兵」
俺はファーリちゃんの頭を撫で、先行する三人の後を追った。
とにかく山を登り、敵に対して少しでも高所をとることができるように動く。
山の中ということもあり、俺はハーフプレートメイルにファルシオン、そして弓矢のシンプルな構成。
フルプレートメイルは問題外として、バックラーも、ファルシオンの取り回しが悪くなる都合上、置いて行かざるを得なかった。
しかし、装備に悩んでいるのは俺だけのようであり、言われてみればガラテヤ様は軽装に素手、マーズさんはハーフプレートメイルに大剣、ファーリちゃんもヘソ出しの軽装に二本のナイフ。
強いて言えば、ロディアの杖はそのまま、着ているものがローブではなくシャツになっているくらいだろうか。
「あー、あー、テステス。これより、戦闘を解禁します。繰り返します。これより、戦闘を解禁します。また何かあったら、屋敷まで戻ってきてください。両校学生の健闘を期待します」
今のは魔法か魔道具による無線だろうか。
校内ではすっかりお馴染みである。
技術が現代どころか近代よりも発達していないこの世界で放送をする方法といえば、魔法か「そういう道具」くらいしか思い浮かばない。
領主の娘、メイラークム先生の声。
保健室ではお世話になった、聞き覚えのある声だ。
俺達は武器を構え、接敵に備える。
比較的高所にいることは確かだろうが、俺達と同じ考えで更に高所をとっている相手がいることも考え、念のため全方位を警戒する体勢へ入った。
「……気をつけろ。どこから誰が来るか分からんぞ」
「そうね。そんなこともあろうかと、センサーを張っておいたわ」
「ガラテヤお姉ちゃん、魔法得意なんだっけ」
「正確には武術の応用だけれど、ね。半径三十メートルに弱い『風の鎧』を張ることで、接近してきた敵には気付けるようになってるわ」
「りすぺくと」
「さっきから妙な流れの風が吹いてると思ったら、人感センサーだったんですね」
「人間じゃなくて風の接触に反応するセンサーよ。まだ遠くの敵は感知できないけれど、接近戦には備えられるハズよ」
「考えるもんだねぇ」
「私も少しは冒険者らしくなってきたかしら?……皆、敵襲よ!」
与太話をする間もなく、ガラテヤ様のセンサーが反応する。
俺がファルシオンを構えると同時に、数人の剣士がこちらへ襲いかかってきた。
戦いの火蓋は、ついに切って落とされた訳である。




