第二十三話 迷子を追って 後編
俺はガラテヤ様に買ってもらったファルシオンを抜き、風を纏わせる。
「ガラテヤ様!」
シミターよりも刀身が長く、しかしシミターと違って突くことができないため、より斬ることに特化している武器。
「不可知槍」は問題外として、「雀蜂」も、しばらくは封印になりそうだが……。
その代わり、斬撃はシミターを使っていた時とは段違いのものが期待できる。
まさか、その初めての相手が人間だとは……。
纏わせた風を操作し、脚から腰、腰から腕へ、回転を伝える。
引いた肩甲骨を戻し、そこから繰り出される「風車」のような、しかし一瞬で敵を薙ぎ払うことを強いられたため、それに限りなく近い、ただの回転斬りを繰り出す。
「うおッ!?」
「ぐわっ!?」
「……あぶな」
しかし、今までならただの回転斬りであったハズのそれは、俺を狙って近づいてきた二人の男を折り紙のように吹き飛ばし、勢いをつけて飛びかかってきたラナちゃんにも、空中で身を縮めながら壁を用いての後退を強いる程の威力をもつ、風の乱舞と化していた。
「あら、シミターと少し勝手が違うから、ちゃっと不安だったけれど……思ったより上手く使えそうじゃない」
ガラテヤ様は、余っている一人を右手で殴り飛ばしながら、左手で胸を撫で下ろす。
「何か……とんでもなく力入れやすいです。ありがとうございます」
「いいのよ、そのファルシオンで、これからも私を守ってね」
「勿論ですとも、ガラテヤ様」
膝を突いた状態から立ち上がった三人の男が、再びこちらへ突進してくる。
ガラテヤ様は、彼らの目を逆噴射した「飛風」によって一瞬で乾かし、瞬きをしている間に、俺は脚に風を纏わせることで「駆ける風」を使い、急接近。
そして、
「【蜘蛛手】」
ファルシオンの峰で衝撃波を生み出し、ラナちゃんを含む四人に分散させた「蜘蛛手」を食らわせた。
「がっ……」
「うぐ……」
「ぎえっ!」
三人の男達は衝撃波に吹き飛ばされた勢いで塀に頭をぶつけ、そのまま気絶。
「んん……!」
ラナちゃんは腰から抜いたもう一本のナイフでなんとか衝撃波を受け流し、しかし左肩へ一撃をもらってしまったためか、ナイフを腰に再び納めて、何か別の武器を取り出し始めた。
「今ので耐えられるんだ……。俺、自分の剣には結構自信あるんだけど……ラナちゃん、やるね」
「おいらみたいな猟兵の世界は、甘くないから……おいらは、強くならなきゃ生きていけないから、強くなってる。おいらがこれくらいでやられてたら、今頃みんな死んでる」
「へー。皆に認められてないって言ってたけど、ラナちゃん、猟兵なんだ。……そういうことをせざるを得ない人が出てくる国の体制っていつのは、俺もどうかと思うよ」
「知ってるんだね、そういう話。偉い人は知らないのかと思ってた」
「ハハ、特に俺なんかは偉い人って言われる程じゃないけど……でも、そういう立場にある人達の現状を少しでも知って変えていくのだって、君の言う偉い人の役目だと、俺は思ってるよ」
高ランクの冒険者が主な対象となる傭兵とは別に、「猟兵」という者達がいる。
彼らは国から傭兵としての資格を認められていることを証明する高ランク冒険者のライセンスを持たず、私的に活動する者達。
厳密には彼らの方が本来在るべき傭兵の姿ではあるのだが、国が「傭兵は予備軍みたいなもの」という意味と、さらに親しみやすさを込めて、非公認の傭兵を「猟兵」と呼ぶようになったらしい。
「でも、変わらない。おいら達は変わるチャンスも、もらえない」
「……もどかしいけど、そうだね。だから、俺は君達に猟兵行為を今すぐに止めろという資格は無いと思ってる。勿論、止められるなら止めて欲しいけど」
「……お兄さん、ちゃんとおいらみたいな人の話でも聞いてくれるんだね。偉い人なのに」
「いや、俺はあんまり偉くないんだって……。っていうか、誰が何と言おうと無理なもんは無理でしょ。『冒険者にはならないの?』なんて聞くのも、それこそ理想の偉い人とは程遠い世間知らずが言うような、野暮な話だろうし」
「うん」
「でも……だからって、俺とかガラテヤ様が君達にボコボコにされて、物を奪われたり、誘拐されたりしてあげる義理は無いんだよね」
「分かってる。お互い分かり合えないライン」
彼ら猟兵の多くは、山賊や海賊と変わらない。
しかしその全員が、必ずしもエゴによって賊をやっているという訳でもないという意識は、最近になって世間に浸透し始めた常識の一つに数えられる程に広まってきている。
背景を詳細には知らないが、それ程までに、国が救えていない人の存在は浮き彫りになっている……ということなのだろう。
「そういうこと。だから……ラナちゃんにも、そこで倒れてる三人にも……ガラテヤ様の安全を確保するためには、捕まってもらわなきゃいけないんだ。俺はルールを守るためじゃなくて……ガラテヤ様と俺自身を守るために、ラナちゃんを捕まえる」
「言いたいことは分かる。でも、おいら達が生きるためには、違法でも賊とか猟兵とか、そういう、皆がダメって言うことを続けなきゃいけない。でも、お兄さん達が強いのは分かった。多分、おいら一人じゃ勝てない。だから……ここは、逃がしてもらうね」
俺がもう一度ファルシオンを構えようとした瞬間、ラナちゃんは煙玉を地面に叩きつけて俺達の視界を奪う。
「なっ、曲者……!いかん昔の癖が、ゲホッ、ゲホッ!」
「くっ……ジィン!惑わされないで!」
「ダメです!何も見えません!」
そしてラナちゃんは、そのまま三人を置いて姿を眩ませてしまった。
二時間後。
「……とりあえず、お疲れ様でした。ギルドが管轄している支部とはいえ、冒険者養成学校の中に置かせてもらっているギルドに、こんな罠にみたいな依頼が通ってしまうなんて……迂闊でした。今後は、より一層依頼の審査に努めます」
「よろしくお願いします」
俺とガラテヤ様は、拘束した男三人を台車に乗せてウェンディル学園に戻り、受付嬢に事の顛末を話す。
その報告を聞いた受付嬢は一度、俺達へ頭を下げ、依頼主から事前に預かっていたという成功報酬を……何かが書かれていた紙に乗せて差し出した。
「……結果として依頼は達成できていないのだけれど、いいの?」
「料金は依頼主から預かっているものですから。どの道、依頼はもう終わりですし……」
「それもそうね。じゃあ、ありがたく頂きましょ」
ラナちゃん達としては、そこそこの依頼料で釣った人々から、さらに多くの金や物をむしり取ったり、それ越える身代金を要求することで、結果として元を取る予定だったのだろう。
……何があったのかは知らないが、おそらく、ラナちゃんの言っていたことは本当だ。
特に証拠があるわけでは無いが、あの目を見れば分かる。
ラナちゃんだけでなく……拘束した三人も、何かしらの理由があって、かつて所属していたであろう共同体の中で過ごすことができなくなってしまったが故に、猟兵団として集まっているのだろう。
この依頼料には、ただのお金以上の意味がある。
俺は金貨を握りしめながら、そう思わずにはいられなかった。
「……拘束した三人については、衛兵達と協力し、吐かせられるだけの情報を吐かせた後に、こちらで然るべき処分を致します。お二人さえ望めば、できる限りの情報は提供致しますので……また、こちらへお立ち寄りください。ありがとうございました」
その後。
すっかり日も暮れた頃、俺達がそれぞれと寮へ戻ろうとすると、先程の受付嬢が私服でこちらへ駆け寄ってきた。
「あっ、まだ外にいた!お二人とも、丁度良いところに!」
「あら、受付嬢さん。もう夜よ?まだ仕事中?」
「いえ。受付嬢の仕事は夜勤の人に代わってるので終わりなんですけど……明日の夕方頃、貴方達と『マーズ・バーン・ロックスティラ』さんの三人に、ギルドに来て頂きたいと、寮の管理者さんに伝言をお願いしようと思っていたところだったんです!」
「俺とガラテヤ様と……マーズさんが呼び出し?」
「事情はさっぱりだけれど、とりあえず夕方にそちらへ行けばいいのね。マーズには、私から伝えておくわ」
「ありがとうございます!詳しい理由は明日、ギルドの応接室でお話し致しますので、よろしくお願いします!」
そう言って、小走りで正門へと行ってしまう受付嬢。
俺は遠のく彼女の姿を見ながら一言。
「罠……じゃ、ないですよね」
「流石に違うと思うわよ。不安なのは分かるけど、しっかりなさい」
あんな純粋そうな少女に騙されたのだ、少しばかり呼び出しに対して敏感になってしまうのも多めに見て欲しい。
「勘弁してくださいよ……。はぁ……。何か……すごい疲れました」
「同感ね」
「どうします?猟兵とか、ギルドとか……忙しくなりそうですけど」
「とりあえず今は、目の前にあることをこなすだけじゃないかしら?猟兵三人組の件については、ギルドと衛兵が何とかしてくれるまで待つしか無いし……まず明日、ギルドに行ってから、いろいろ考えましょ」
ガラテヤ様は寮の前で大きく背伸びをする。
「それもそうですね。じゃあ、お休みなさい」
「ええ、お休み」
混沌とした一日だった。
犬を探し、少女に騙され、戦い、ギルドからは謎のお呼び出し。
特に王都でイベントがあった訳でも無し、国が大きく揺れ動くような存在が動き出したでも無し。
何が何だか、こんな一日になってしまった理由について、俺達以外の因果がさっぱりである。
しかし、それでも俺達は今日も互いの寮までを一緒に歩き、そして、それぞれのベッドで身体と心を休める。
少しばかり日常とは違う日を過ごすことになろうとも、俺達はそう簡単に変われないらしい。
俺はガラテヤ様の顔を思い浮かべ、今日も布団を顔まで被って眠るのであった。




