第十九話 バッドコンディション
怪我が治ってから、一週間が経った頃。
選択式の講義として履修していた四コマ目。
先日の実習で別の班を引率したムーア先生の講義中、そのイベントは突然に開催された。
「えー、よく聞いて下さい。今から、模擬戦を開始致します。抜き打ちテストというやつです。貴方達は不幸にも、元王国騎士団員の老剣士に勝負を仕掛けられてしまいました。さあ皆さん、訓練場に移動しましょうか」
「「「「「ええぇぇぇぇぇ!!?」」」」」
教室に響き渡る、学生達の声。
その中には当然、俺や一緒に講義を受けていたマーズさんの声も含まれていた。
「今回は、訓練場の中でも比較的広いスペース……『大闘技場』を使います。皆さんが入学試験の際にゴーレムと戦わされた……昔は『小闘技場』だったところ……今は『リング』と呼ぶのでしょうか。大闘技場は、そのリングとは違ってかなり広いです。その広い大闘技場で……皆さんには、全員で私にかかってきて頂こうと思います。ルールは簡単。一撃でも攻撃を受けたら、その時点で終わりです。戦場では一撃当てるか当てないかが命取りなのでね。私は木刀で行きますが……皆さんは真剣でも毒矢でも、使ってくれて構いませんよ」
そう言うと、ムーア先生はすぐさま教室の扉を開け、俺達を廊下へと誘導し始めた。
……あまりにも突然過ぎる。
こんなに早く抜き打ちテストを行なって、果たして意味があるのだろうか。
それに、今の俺は装備面のコンディションがすこぶる悪い。
「……武器は弓矢かぁー……慣れないんだよなーコレ」
シミターは、ケウキの攻撃により粉々にされてしまっている。
さらに、バックラーもハーフプレートメイルもそこそこな破損をしたため、修理中。
故に、今はあの実習に持っていかなかった弓と矢を武器として装備している訳なのだが……。
俺の立ち回りは弓矢よりもシミターや素手での戦いに重きを置いたもので慣らしてきたため、いざ弓矢で距離をとって戦うとなると、普段のように近づいて敵を斬ったり殴ったりしている時とは正反対の動きを要求されることになるのである。
慣れない武器で、慣れない仲間と、強敵を相手にする。
平安の世で共に戦った仲間は、全員同じ軍の仲間であった。
しかし、いかんせんこの教室で講義を受けていた二十人の中で、まともに交友関係があるのはマーズさんだけである。
あえてショートボウを構えながらも最前線へつくことで、武器を意識せず戦場の主導権を握りにかかるべきか、或いは先に行った皆が消耗するまで待って、後方からチャンスを狙うべきか……。
俺は立ち回りを考えながら、ムーア先生の誘導に従うまま大闘技場へ向かう。
「あっ、そうそう、そうです。皆が善戦した場合や、目立って活躍した人がいた場合は……講義の最終回を終えて……総合した点数を出す際に、少し加算してあげましょう」
皆が訓練場へ入ろうとしたタイミングで、ムーア先生が何事でも無いようにサラッと言う。
その言葉は、自信家な一部の学生達を焚きつけたが……テスト勉強云々は仕方がないとして、装備さえもベストな体勢では望めない俺にとって、その言葉が特に期待を高めることは無かった。
そんな中、俺の右肩へ手をかける学生が一人。
「ジィン君。……この講義に復帰してすぐ、抜き打ちの模擬戦とはな……気の毒だ。それと……無事に治って良かった」
「マーズさん。お見舞い、来てくれてありがとうございました。おかげさまで良くなりましたよ」
「礼を言われる筋合いは無いさ。むしろ、私はケウキの前で腰を抜かした、情けない追わないなんだ。見舞いくらい、行って当然だろう。もしもこれで、君が寝たきりになってしまったり、死んでしまったりなどしていたら……二度とガラテヤに顔向けできないどころか、戦士として立ち直れないところだったよ」
「良かったですね、引退は免れましたよ」
「……本当にな。早く、慣れなくてはな……」
家族に騎士爵持ちが何人もいる家が出身の凛々しいお姉さんといったイメージのマーズさんが魔物を苦手としているということには驚いたが……逆にそこまで武と親しい距離に在る人が、何故わざわざ冒険者としての資格を取るにあたって独学ではなく学校へ通うという道を選んだのか、疑問ではあった。
しかし、魔物への免疫が低過ぎるためと考えると、案外納得のいくものである。
「……少しずつでも頑張りましょう。ガラテヤ様と、これからも一緒に冒険するためにも」
「そうだな。ガラテヤに『魔物を前に腰が抜けるような仲間はいらん』と切り捨てられる前に、克服しなければ」
「その意気です。助けが必要なら、優先順位はガラテヤ様の次ですけど、力貸しますから」
「ありがとう、ジィン君。……君が救護室にいる間……特に、見舞いに行く直前のガラテヤは、いつも不安そうな顔でな……。だが君が復帰した日に、ガラテヤは今までの憂いた表情が嘘だったみたいに目を輝かせながら私に伝えてきたんだ。ガラテヤは、よほどジィン君のことを大切にしているのだろうとは思っていたが……。なるほど、ジィン君……へぇー……」
いつに無くノリが軽くなるマーズさん。
「何ですか今の『へぇー……』って」
「……これは女の子の話だから秘密だ。後でガラテヤからでも聞け」
「そんなぁ」
訓練場から先へ先へ、そこから突き当たりを右へ。
するとそこには、広さでは甲子園球場に勝るとも劣らない程に大きな闘技場があった。
「さあ、着きましたよ。えー、皆さん。早速、戦闘準備を始めて下さい。五分後、私はドラを鳴らすと同時に、この木刀で貴方達を手当たり次第に薙ぎ倒すので、そのつもりでいて下さいね」
マーズさんとの話に夢中になっていたが、今は模擬戦の直前である。
それも、相手は元王国騎士団に所属していた精鋭の騎士。
老いて肉体こそ幾分か衰えたとはいえ、その技量にはさらに磨きがかかっていることだろう。
向こうが一人に対して二十人で挑むことになるとはいえ、一人一人の力量は、天と地ほどに開いているだろう。
こういった戦いでは、「雑魚が何人いても同じ」という状況に持ち込まないことが大切なのだが……果たして、偶然同じ講義を受けていたというだけの二十人が、そのような連携をできるものなのだろうか。
否。
一年を共に過ごした仲間であっても、運動会やらフラッシュモブならともかく、実戦ならばほぼ不可能だろう。
少なくとも前世以前でそれを知っている俺と、身内の所属する騎士団の様を間近で見てきたであろうマーズさんは、それを知っている。
そして生憎、この場でそれを知っている者は、俺達以外に一人か二人しかいないようであった。
審判席からムーア先生が現れた直後、「ジャァァァァァァァァン」と、ドラの音が響き渡る。
模擬戦開始。
片割れは彼に認めてもらおうと、片割れはあわよくば彼に勝利して名声を得ようと、突撃する二人の学生、或いは仲間。
しかし、次の瞬間。
二人の身体は、あっという間に宙へ浮かんでいた。




