第百四十七話 その血に決着を
マーズさんがロディアを引きずって天へと昇り、何時間が経ったのだろうか。
全員でジノア・セラムだった死体を囲みながら、始末をしなければとは思いつつも、おそらくはマーズさんを失った悲しみからか、腰が上がらずに座り込んでいた。
「……不思議ね。雪の上に、しばらく座り込んでいるハズなのに……移動する気にもなれないわ」
「同感です。俺も、もう動きたくないです。っていうか動けないです。久々に気が滅入ったっていうか……はぁ」
「んっ、くっ、ひっく、ひっく……うぅ……」
「チッ……クソッ!クソッ……ぁぁぁァ……!」
動けない俺達を見て、しかし先生達も無理やり動かす訳にはいかないと思ったのか、その場で目を伏せているばかりだった。
これが、死に向き合うということ。
今ならアドラさんの時とは違って、ロディアにも邪魔されない。
マーズさんは、確かに死んだ。
冒険者をしていれば、死に向き合わなければならない時も訪れるだろう。
しかし、こんなにも辛い。
俺はまだ、過去の人生で多くの死を経験してきた。
ガラテヤ様も、過去に俺が死ぬ瞬間を目にはしているハズだ。
それでも、いつまで経っても、慣れないものだ。
感情に決着をつけられないまま、そこにもう一つ、俺達を覆うように影が重なる。
「……あぁ、何で……何でだよ、何で、あんたまで」
「迷惑を、かけたね」
ジノア・セラムの影。
「ジィン?誰に、ぐすっ、話しかけてるの?」
「え……?」
しかし、それは俺にしか見えないようである。
「でも……良かった。何とか、友達もできたんだね。父さんが!父さんがあの時、怒りに呑み込まれなければ。お前はあの村で、普通に生きていけたハズだ。父さんは息子である、お前の人生を狂わせた。本当に、すまない」
「そんなこと……そんなこと言ったら、俺がガラテヤ様と出会えたのも、友達ができたのも……その狂った人生のおかげだよ。だから、何も気に病まなくて良いよ」
「はは、そうか……なら、良かった……。俺も、もう限界みたいだ。悪魔を地獄に連れていく役目でももらって去ろうと思ったけど、どうやらその役は、もっと強いお友達が担ってくれたようだね」
「そんなの、良いんだよ、良いんだ……!」
「さて、頭を潰された俺も、もう限界みたいだ。さようなら、ジィン。見えていないと思うけど、皆にも、ありがとうと……よろしく」
「あ、あぁ……父さん、父さん!行かないでくれよ、俺とまだ、もう少しだけ、話して……」
「すまない。別れの時間も、あまり取れずに……さよう、な、ら……」
「父さん……最後に、話せて……良かった……!」
「俺、も、だ……」
マーズさんとは違って、父さんの、幻にすらならない影は、サラサラと消えていく。
「……ジィン?父さんって、ロディアが乗っ取っていた、この身体の」
「ああ、そう、です……俺の、父さんが、最期に、影と、声を……!」
マーズさんとの別れに向き合うことで精一杯だった心と涙腺は、父さんとの別れで、一気に崩れ去った。
視界は涙で滲み、雪の白以外には何も見えない。
やがて、いよいよ凍死してしまうと思った先生達に引きずられながら山を降りる翌朝まで、俺達は、ずっと泣き続けていた。




