第百四十二話 天国は何処に? 前編
一方の俺達は、父の身体を乗っ取ってマルコシアスとしての力を解放したジィンに、苦戦を強いられていた。
「はぁっ……くぅ。手強いね、ロディア」
「そうだな……これが、真の力……」
「そうでしょう、そうでしょう、強いでしょう、今の僕は。闇の魔力でシールドを張っているから、そうそう攻撃は通らないよ。さしずめ、『マルコシアス・ジェノサイドモード』といったところかな。ま、擬似的なものだけどねー」
「じゃあ、せめて親父の身体だけでも返してくれねぇかなぁ」
「いやー。それが難しい話でね。ここが地獄だったら、わざわざジノア・セラムの身体なんか借りなくても、真の力が使えてたところだったんだけど」
「負荷を肩代わりさせているのね……どこまでも外道だわ」
「勝てば良いんだよ、勝てばね」
「チッ。気に入らねェな」
「君のようなバカには分からないさ」
バグラディは斧に炎を纏わせたが、振るう間も無く、ロディアの右手から放つ魔力に弾かれ、後方へ。
「クソッ……!」
「ふぅ。邪魔者には一旦、黙っててもらおうかな。【ソウルバインド】」
「なっ!?」
「クソッ、歩くことも許しちゃあくれねェってか!」
「ん……きつい……」
そしてあっという間に、マーズさん、ファーリちゃん、バグラディの三人は闇の魔力で作られた鎖に縛りつけられ、動きを封じられてしまった。
「皆!待ってて、皆は私が助ける!ジィンはロディアをお願い!」
「了解!」
ガラテヤ様が霊の魔力で闇の鎖を削っている間に、俺は単騎でロディアを迎え討つ。
「はぁ。皆、無駄に足掻いちゃってさ。もう諦めたら良いのに」
「何をだよ!アドラさんにも変なこと言ってみたいだけど、マジで何なんだよ、その天国がどうこうって!俺とガラテヤ様が救い主!?だから何だって言うんだよ!俺達が何か、その神様の思い通りとやらの世界を強いるために、何かしたって!?」
「したよ、ジィン。君達はそれを確かにしたさ、ジィン・ヤマト・セラム」
あえてここで雑な翻訳のような喋り方をするロディアの態度が、一々癪に障る。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言うが、俺は今まさに、ロディアのような言い回しが嫌いになりそうなところだ。
「したって、何を……!」
「『クダリ』。この名前に聞き覚えはある?」
「はぁ!?お、お前、その名前!」
「知ってるんだね。聞いてるかもしれないけど、アイツは……この世界を弄くり回してる神様の別人格なんだよ。クダリは、人間に対して滅多に姿を見せない。この名前を知ってるってことは……君、喋ったんだろう?」
「喋ったよ。……で、そのクダリ仙人が、俺達を使って、神の思い通りの世界を強いようとしてるって?」
「ご明察。僕は悪魔だからね。ほどよく善と悪が調和した、この世界を……神の方に傾けるのは、どうにも気に食わないんだ」
「それはお前が悪魔だからじゃなくて、か?」
「うん、それは僕が悪魔だからだよ。でも、考えたことは無かったのかい?天国は、所詮神が作った、『神が考える善』の世界であって、人間にとっての幸せは、違うかもしれないって」
「……どういう意味だよ、それ」
「ジィン。今から僕は、大事なことを言う。君を動揺させたいとか、殺したいとか、そういう理由じゃない。これは、悪魔として、この世界で人間が醜く生きる様を、それでもずっと見ていたいと思う僕からの注意喚起だ」
「はぁ……?」
「人間の正しさと、神の正しさは違う。人間の幸せと、神の幸せも違う。この世のルールを完璧に守ったからって、天国に行けるとは限らない。この世で幸せになったからって、天国に行けるとは限らない」
「ああ、そうだろうけど……」
そして、ポカンと口を開ける救い主……らしい俺を前に、ロディア・マルコシアスは攻撃を止め、悪魔らしからぬまっすぐな目で言い放った。
「だったら何で、『天国は良いものだ』ということだけ……人と神で考え方が違わないんだい?」




