第百二十五話 車輪の悲鳴
翌日。
マーズさん、バグラディ、アドラさんの副作用が治まった後、俺達はチミテリア山を目指して再び歩みを進め始めた。
段々と険しくなる道に、馬車の車輪が悲鳴をあげ始める。
もはや集落はすっかり見えなくなってしまい、俺達以外には人っこ一人いない高原を、キシキシと軋む馬車で進んでいる。
身体が慣れたのか、それともまた気候が変わったためか、薬を使わなくても十分なくらいにマシな寒さになった。
「変。寒くなったり、あったかくなったりする。この辺、やっぱりおかしい」
「そうだな。薬が使えない私達にはありがたい限りだが……こうも気候というものは、コロコロと変わるものなのか?ケーリッジ先生、来たことは?」
「うーん。いろんなところを飛び回ってた現役の頃でも、この辺りに依頼は無かったし……初めて来たかしらね」
「ケッ、調子狂うじゃあねェか……」
「寒暖差には今後とも注意した方が良さそうね。高山病とか魔物の襲撃とか、それ以前に体調を崩しかねないわ。それと……乾燥もかしら」
「そうネ!あーあ!もう、大変ヨ!これじゃ、どんどんお肌が荒れちゃうワ。ガラテヤちゃん、何かイイ保湿グッズあったら教えてチョーダイ!」
「ええ。今は生憎、持ち合わせが無いけれど……王都に戻ったら、お気に入りの店を紹介するわ。……ところでメイラークム先生、保湿に良さそうな薬草はご存知ではなくって?」
「うーん……『アローイ・アローエ』なんて良いんじゃないかしら?乾燥対策にも、お肌のダメージケアにも使えたハズよ。ちょっとの傷なら治癒もできるし、便利な植物だけれど、王都ではたまに品薄になるから……これから南の方に行く機会があれば、採れる場所に寄ってみても良さそうね」
馬車の運転席に声が届くよう荷台の前方に集まった、美意識が高いメンバーによる肌のケアに関する話がつぼみをつけていく中。
一方でムーア先生が、懸念点を小さく呟いた。
「……馬車が動かなくなるのも、時間の問題ですかな」
「やっぱり、そう思います?俺もさっきから気になるんですよね、車輪がギシギシ鳴ってて」
「ええ。そして、ここから先は……仮に修理したとしても、ただ時間と、予備のパーツを浪費するだけになるでしょうな」
「道、明らかに悪いですもんね」
馬車がガタガタと揺れ、車輪のギシギシという音が酷くなってきていることには、やはりムーア先生も無視できなかったようである。
やはり長年の人生を戦士として過ごしていく中で培った、危機感知センサーのようなものがあるのだろうか。
ムーア先生は、コスメトークに参加していない俺、ファーリちゃん、バグラディの三人へ、荷物を取り出しやすいようにまとめておくよう促した。
そして案の定、予想していた事態は数時間も経たないうちに起こる。
「キャーッ!何、何コレェーッ!?」
アドラさんの野太い声が響き、それと同時に荷台の下部から「ボゴォァ」という音が鳴ると、数秒の間に荷台は引きずられるようにガタガタと揺れ、すっかり動かなくなってしまった。
「……ふぅ。思った通り、でしたな。もっとも、この予想は外れて欲しかったですが」
「ジィン!……この分だと、大丈夫そうね」
「ええ。無事、無傷です。……さ、ここからは歩きコースですか」
「そのようですな。馬車は『あえて壊れたままの状態で』ここへ置いて行くべきでしょう」
「盗まれても困りますもんね。盗む奴がそもそも、人通りがほぼ無い、こんなところに現れるのかって話ではありますけど」
「……二人とも、すごい落ち着き」
俺とムーア先生は焦るアドラさん達を横目に、荷物を分担して運べるように、持って行けるだけの荷物を詰め込んだ袋を、それぞれパーティメンバーへ渡す。
俺達は一旦馬車を放棄し、ここからは、徒歩で山へと向かうこととなった。
山へと向かうスピードは、足場の悪さと重い荷物の影響もあり、大きく落ちるだろうと思われる。
物資は満足な量があるものの、油断はできない。
本当に険しい冒険は、今この瞬間から始まったのであった。




