第百七話 北部を目指して
一ヶ月後。
この世界の、少なくとも俺の生活圏は、日本ほど四季が豊かでは無かった。
しかし、それでもだんだんと春の訪れを感じるようになった頃。
俺達は、遠征の準備が整った。
やはりマーズさんは重症だったらしく、応急処置をしたとはいえ、寝ている時以外は普通に意識を保って王都まで戻ってくることができたのは、その精神力故だったらしい。
しかし体力は大きく落ちていたようであり、魔法薬を使って身体に強引に傷を治すには、体力面でのリスクが大き過ぎるため、結果として、完治までに長い時間……もとい通常の時間がかかってしまったというのだ。
特に最後の一週間は、本当にマーズさんの回復を待っているだけだったが……そのおかげで、しっかりとパワードスーツの細かな点まで調べることができたと思う。
俺は自室に飾っておいたパワードスーツを持って、部屋を出る。
これは後ほど馬車の中で判明したことだが……パワードスーツの預かり手については、先進技術が何たるかについての理解がある俺とガラテヤ様のどちらかが預かることになったと、俺がトイレへ行っている間に決まったらしい。
そして決め手となったのは、俺が男だということだと、ガラテヤ様は言っていた。
ケーリッジ先生がパワードスーツをパクろうと、俺の部屋へ侵入するとなれば、必然的に男子寮に忍び込むことになる。
そして、ケーリッジ先生は元冒険者にして冒険者養成学校の先生なワケであり、普段はツンとしたお姉さんだ。
それが男子寮に忍び込んでしまえば、教師としてだけではなく、冒険者の先輩としても大問題になってしまうというのは、言うまでも無いだろう。
このような事情があって、パワードスーツは俺の部屋で預かることになったそうなのだが……この一ヶ月間、部屋のスペースを圧迫し続けていたため、いざ外に持っていくとなると、部屋が一気に広くなったように感じた。
俺、ガラテヤ様、ケーリッジ先生、ムーア先生を乗せた馬車は、残りのメンバーを回収すべく、王都を回る。
まずは、資材や簡易的な鍛治道具をまとめていたアドラさんを乗せるため、工房前へ。
「お待たせン!準備は万全ヨ!」
続けて、自宅から薬を持って来るとか何とかで、急遽実家へ帰っていたメイラークム先生を拾うため、王都の南門へ。
「はぁ、はぁ……何とか、待たせずに済んだみたいね!馬車で実家から薬を運んできて、やっとこさ戻ってきたと思ったら……今度は辺境行き……か!……しばらくの間、寝かせてもらおうかしら」
そして最後に、マーズさんを病院へ迎えに行ったファーリちゃんとバグラディを迎えるため、西の道を回って病院へ。
「待ってた。マーズお姉ちゃんなら今来る」
「……ったく、何で俺まで迎えに来なきゃいけなかったんだかなァ」
「バグラディが行きたいって言ったから」
「あっ、コラ、皆の前で言うな」
最近、バグラディがチョロく見えて仕方ない俺なのであった。
「私のせいで出発が遅れてしまったようで、すまないな。だが、その分の働きはさせてもらうつもりだ。マーズ・バーン・ロックスティラ……完全復活といったところだな」
独自でロディアへ立ち向かうために結成したパーティは、これで勢揃いである。
本当はマーズさんの家族……特に、レイティルさんも誘っておきたかったが……そちらは俺がわざわざパーティに誘わなくても、軍人として立ち回ってくれるだろうと見込んだ上で、俺達がパーティを組んだという話を伝えておくに留めておいた。
いざ、出発の時。
俺達は贅沢に十二人乗りの馬車に乗り、運転手はメイラークム先生、ムーア先生、ケーリッジ先生、アドラさんの四人が務め、俺、ガラテヤ様、ファーリちゃん、マーズさんとバグラディ(マーズさんは復帰して間も無いため、バグラディと合わせて一人として数える)は、それぞれ交代で荷物番をする際に荷台へ乗り込むこととなった。
御者と荷物番はそれぞれ二時間半で交代として四人のローテーション、実質的な移動時間となる十時間を引いた残り十四時間の時間の使い方についても、事前に決めておいたものに準拠することにした。
四時間を食事やミーティング、可能であれば水浴びなどに充て、八時間を睡眠時間としつつも、その内一時間を見張りとすることで睡眠中の安全も確保しつつ、残りの二時間を交代や馬車のメンテナンスなどで生じるであろう多目的作業時間、余裕があれば追加の睡眠時間とする。
これはスケジュールこそ詰まってはいるものの、比較的ゆとりのある旅を続けることができるだろうという、俺とガラテヤ様による、何の根拠も無いスケジューリングの賜物である。
しかし案外上手く行ったようであり、馬車での移動中も、荷物の備えは万全であり、また道が比較的良いところでは移動中も寝ることができたため、特に何か困ることは無いまま、ウェンディル王国北部の中心都市「アロザラ町」まで到着したのであった。




