ピンクブロンドのヒロインが華麗に階段ダイブを決めて星になりました
「ああ、カレン様、酷い……」
何かと私に突っかかって来ていたらしい、どこかの女の子。
庇護欲をそそる大きな目に大きなお胸、そして艶やかなピンクブロンドの巻き毛が特徴のようだ。
私に水を掛けられた、ハンカチを盗まれた、そういった身に覚えの無い罪をなすり付けてくる面倒なお方だったらしいのですが、この日、とうとう学院の階段の所でこう叫びながらダイブを決めたようです。
目撃者の証言によると前回りの受け身を華麗に決めようとしたのでしょうか。
わざわざ頭頂部が真下に来るタイミングで踊り場に激突。
「ぐぇ」
カエルのような声を最期に彼女は星になりました。
――3ヶ月後。
「カレン・ハドルストン、そなたとの婚約を破棄する!」
私は王立学院の卒業パーティで婚約者のアーサー様にこう告げられた。
アーサー様は現王の孫に当たり、王位継承権第八位を持っています。
このたび王立学院の卒業をもって降臣し、ハドルストン侯爵家へ婿入りすることが決まっていました。
ただ残念ながら私との婚約関係にはありながら恋人関係とは言えず、それどころか交友関係としても希薄な状況です。ですが国庫の負担にしかならない王家の血筋を臣下である私どもが費用負担するような形で積極的に取り込むことは、とても政治的に重要なのです。
当家のような最大勢力を保つ貴族であっても、王家を介して他家との縁を結んでいき、この先、長きに渡るこの国の権力基盤を維持していく必要があります。
言ってしまえば、侯爵家としての私には価値があり、王族のままのアーサー様自身には価値はありません。婚姻の道具として臣籍に降りるからこその王子としての価値なのです。
ですのでアーサー様の都合で一方的に破棄できるものでは本来は無いのです。
「婚約を破棄ですか。幸いにも殿下には弟君がいます。ですので私としてはアーサー殿下の代わりにクリス殿下を迎え入れるだけなのですが、それでもよろしいということでしょうか?」
「ふ、ふざけるな。クリスとの婚約も認めん」
「困りましたわ。このままですとお父上であるダグラス殿下の降臣も含めて白紙に戻すしかありません」
「父上は関係無いだろ!」
「ダグラス殿下は王家から独立した継承権の無い公爵として陛下から領地を賜り、殿下の兄君であるマイルズ殿下が次期当主に。アーサー殿下とクリス殿下は上級貴族へ婿入りすることで、王位継承権第5位以下をリストラすることが決定しています」
すでに王位継承権は現王の長男の家系で孫の代までに合わせて4人。
金銭ばかりかかって生産性の無い無駄な分家はいらない。
言外にこう言っているのが伝わったのでしょう。
アーサー様は顔を真っ赤にしてプルプルと震えてしまいました。
ですが、どう取り繕うと王座に就かない王族はさっさと降臣させ働かせるしかないのです。
国体の維持のためには、継承順位の低い王族の意思など気にすることはありません。
はっきりとお伝えした方が良いのです。
「な、なぜ」
あ、声が裏返った。
「なぜ、我々が臣下にならなければならない! 私は王子だぞ。王族なんだぞ」
「お金が足りませぬ、力が足りませぬ。王族は先祖の財産を食い潰してきたのです」
「金ならお前達が何とかすればいいだろう」
「はい。ですので、無駄な王子は各家が引き取ると言っているのです」
「ふ、不敬だぞ! 誰か、カレンを牢へ引っ立てろ!」
あら。
困りましたわ。
牢は入るのは経験としては楽しそうですが、侯爵家当主としては醜聞になりそうです。
まぁ、そんな指示は握りつぶしますけど。
「誰か! 衛兵はいないのか! 他の貴族ども、この女の傲慢さに気が付かないのか!」
「ここは卒業パーティですよ。最初から無礼講です。衛兵がこの程度で動いたりはしません」
そう言って周囲を見回すと、パーティ会場である王宮ホールの入口に立っている衛兵は背を向けたまま、こちらを振り返りもしていない。
そして私たちを取り囲むのは突如始まった婚約破棄劇を楽しそうに眺める貴族の面々。
さすがに下級貴族は事情が分からず遠巻きに固唾を呑んで見守っているが、当家の力を知り尽くしている上級貴族は、生暖かくこの茶番を見守っているようです。
「くそ! だいたい、貴様は可愛いノエルを殺したじゃないか」
「え、どちら様です?」
突然、知らない名前が出てきたので、私は思わず首を傾げてしまった。
天下に敵無しと言われるハドルストン家ですが、さすがに殺した相手くらいは、ある程度は覚えています。
「オルコット男爵令嬢のノエルだ!」
「はぁ」
「本当に覚えていないのか!」
あ、また声が裏返った。
ノエル様とはどなたでしょう。
私は助けを求めるつもりで周囲で苦笑を浮かべている貴族達に視線を送る。
(カレン様、例の階段ダイブの彼女ですよ)
私の取り巻きの一人が近づいてきて教えてくれた。
階段ダイブ?
ああ、ありましたね。それが。
「私は殺していません」
「嘘だ! 落ちる瞬間にお前の名前を叫んだことは調べが付いている」
「ですが、殺しなどしていません。殿下、ハドルストン家を舐めています? うちが手を出すなら、事件があった痕跡も残しませんし、ましてや私が直接手を下すなど……」
我が家の名前はそのくらい強いのです。
ハドルストンが動けば、誰もそこに死体があったことにすら気が付きません。
さぁ、これで証明完了。堂々と胸を張って無実であることを知らしめることができました。
「ノエルは……ノエルは、俺は王子のままが良いと言っていたのだ。俺のような優秀な人材は、王家にこそ相応しい。臣下たる侯爵家に落とされるなど相応しくない。そう言ってくれたのだ!」
「はぁ」
「俺が王子であるなら、生涯、俺を支えてくれると、側にいてくれると」
アーサー様はそう言いながら涙を流しました。
「護れなかった、あんなにか弱かったのに。あんなに優しかったのに」
「そうなんですね」
「俺は聞いたのだ! 婚約者であるお前は、俺が想いを寄せるノエルに嫉妬をし、嫌がらせをしていると! それが日々、エスカレートしていると! だからあの日、俺はノエルを迎えに階段へ向かった。そこではっきりと聞いたのだ。お前の名前を叫びながら落ちていった彼女の声を!」
「なるほど」
残念ながら私の無実は殿下には伝わらなかったようです。
完璧な論理でしたのに。
「俺のノエルはお前に殺されたのだ! この恨みは……」
「だから殺していませんし、嫌がらせもしていません。そもそも、どこのどなたですか、そのノエル様は」
「オルコット男爵家の令嬢だ!」
「ですから、そんな家、ありませんよ」
「なんだと!?」
侯爵家、しかも当主の私にちょっかいをかけてきた男爵家など嫌がらせをする必要もありません。
男爵家程度であれば、次の日には、この世界から全ての痕跡を消し去るくらいは余裕です。
秒殺です。
わざわざ私が指示をしなくても、名前を聞いて目を顰めるだけで、うちの者たちが動き出します。
この国で最大の権勢を誇る侯爵家の当主なのですよ。
まだ学生の身ですが、私の言葉で国が動くのです。
「ですので、知らないのです。そんな男爵家は存在しません。ああ、確かにそういう主張をする、どこぞの平民の娘がいるとは聞いていましたが……さすがに貴族として平民に手を出す訳にはいきませんからね」
平民の上に君臨する貴族。
ですので、平民は我らの守護対象なのです。
たとえ不満の声が上がろうとも、怨嗟の声が上がろうとも、羨望の声が上がろうとも、我々貴族は平民には手を出しません。それは美学に反します。
ですので、私はピンクブロンドちゃんが何を言おうとも、手を出すという発想にはなりませんでした。
生きている平民に興味を抱くのは時間の無駄です。
しかし、名前はピンクブロンドちゃんじゃなかったのですね。
知りませんでした。
「ちょっと待て。ノエルは王立学院に通っていた生徒だぞ。貴族じゃ無いのか!?」
「いつの時代の話をしています? 比率としては貴族の方が圧倒的に多いですが、平民にも門戸を開き、広く優秀な人材を集めている王立学院ですよ? 平民がいるのは当たり前じゃないですか」
事実、今年の首席は平民だ。
貴族と違い命懸けで勉強に打ち込む。
その姿は尊敬に値します。
本当はこんな喜劇はさっさと終わらせて、正しい卒業パーティの進行に戻したいんですけれどね。
「ノエルは男爵令嬢を名乗っていたぞ」
「準男爵なんじゃないのですか? それならお金で買えますし。でも貴族では無いので名簿にも載りません」
アーサーは少し混乱してきたようだ。
「貴族じゃない……確かに男爵を、いや、準男爵だったか。準男爵なら平民……貴族は手を出さない」
頭を振りながらもブツブツと呟く。
まぁ、そうでしょうね。
この国で貴族が平民に手を出すというのは王族であっても恥ずべきだということは常識なのです。
「もうよろしいでしょうか? とりあえずアーサー殿下からの婚約破棄は承りました。当家としては問題ございません。クリス殿下とは別途席を設けて話し合ってみます」
「ま、待て。まだノエル殺害容疑が晴れたわけじゃない。お前がいなければ、彼女は死ななかったのだ! お前のような傲慢な女なら平民に手を出してもおかしくはない! 無罪だというなら無罪の証拠を出してみろ、証拠を!」
疲れましたね。それに今のはちょっとムカつきました。
もう面倒なので、喚びましょう。被害者を。
「なら、直接聞いてみてください」
「うわ、あああ、ノエル!」
アーサー様のすぐ後ろに立ったのは頭から赤い液体を流しているピンクブロンドちゃん。
さすがうちの黒子集団。仕事が早いですね。
私の言葉を汲み取って、瞬時にピンクブロンドちゃんを地下から連れてきました。
「生きていたのか!」
いえ、死んでいます。
当家に伝わる死体操作術は洗練の域に達しているのです。
死んでいるのに生前と同じ血が通った肌つやを維持している様はまさに芸術。
今回は心臓が無事だったため、秘術で血を抜いた後に心臓を動かし人工的に作った赤い液体を全身に巡らせているからこそ、できる色艶なのです。
当家は、確かに殺した相手であれば証拠隠滅のために死体を残したりはしませんが、常に事故などで無くなった若い死体を求めています。今回は学校という場だったため、控えていた黒子たちが直ちに回収することができたので、非常に状態が良いのです。
そして艶やかなピンクブロンド。これは自慢の一品になりました。
ただ頭が割れているのが、悔やまれることろ。
今も割れ目から赤い液体が心臓の拍動に合わせて噴き出してきます。ああ、これはこれで芸術かもしれませんね。
「殿下、頭が痛いです……」
「割れているからな! いや、無事で良かった。俺はお前と離れてとても悲しかった。早く怪我の治療を」
「私は悲しくありませんが、頭が痛いです」
「そう言わされているのだな。くそ、どこまでも卑劣なやつめ。医者、医者を呼べ。このままでは本当に死んでしまう!」
ですから死んでいるんです。
ここまで頭がぱっくり割れていたら生きている訳ないでしょう。見えてますよね? 脳が。
ちなみに無理矢理秘術で繋いで動かしていますが、頸椎もキッチリ折れています。
ほら、少し頭がフラフラしているでしょ。
わりと頭って重いので自然な形で固定するのは難しいんですよね。
あ、ということで頭も首も致命傷でした。
「やはりカレンに傷つけられたのだな。可哀想に」
「違います。カレン様を嵌めてやろうと階段落ちを華麗に決めようとしたのです。なんども練習して怪我をしないはずだったのに受け身を失敗しました……頭が痛いです」
残念ながら人は死ぬと嘘がつけなくなります。
脳の記憶を読んで、アウトプットするだけですからね。
考えるということはできません。保身という概念もなく、ただ情報を吐き出すだけです。
「な、なぜ、そんなことをしたんだ」
「だって、私がヒロインでカレン様が悪役令嬢だからです。ヒロインは階段から落ちて、悪役令嬢はそれを理由に断罪されるのです」
「あら、この国を実質統治しているハドルストン家を、どうやって断罪するの?」
「アーサー殿下を騙して、嘘の罪でカレン様を断罪するのです。カレン様は牢に入れられ処刑されてしまうのです。乙女ゲームヒロインなら勝てるのです。カレン様の首がとれます……頭が痛いです」
乙女ゲーム?
死体だからでしょうか。意味がわからないですね。
「ノエル……なぜ、そんなことを」
アーサー様も意味が分からなかったのだろう。
重ねて同じ質問をしてしまった。
そしてピンクブロンドちゃんも同じ回答をする。
「ヒロインだからです、あと受け身に失敗したのはアーサー様が変なタイミングで声をかけたからです。頭が痛いです」
「もう良いですわね」
私が手を叩くとピンクブロンドちゃんはその場で崩れ落ちました。
慌てて抱き留めるアーサー様。あら、今の反応は男性としてポイント高いですわね。
「医者ぁぁぁ」
「大丈夫ですわ。元々死んでますから」
みるみる血の気を失っていく死体にアーサー様は呆然と抱きしめるだけだった。
「殿下、すぐ処置しないと悪くなります」
黒子姿に分した私の部下達が近づき、アーサー様に声をかけるとアーサー様は呆然とした表情を浮かべ、抱きしめていた手を離しました。
黒子たちは死体をあっという間に片付けてしまいます。
また、メンテをしつつ、地下に保管ですね。動かすのはいいのですが、長く保たせるには、それなりの労力がかかります。あ、やはり割れた頭も補修しておきましょうか。赤い液体ではせっかくのピンクブロンドが染まって目立たなくなってしまいます。
「さて、アーサー殿下、ご理解いただけましたか?」
「何をだ」
「私が殺していないことを」
「……」
プルプルと震えている。
怒ったのかしら。
「……でやる」
「はい?」
「こんな世界、もう嫌だ。死んでやる!」
そう言ってアーサー様はホールの端にある階段を駆け上がり、2階のテラス席からこちらを見下ろした。
「俺は死んでやる! ノエルの元へ行くのだ!」
「そうですか。では有効活用させていただきますね」
私の言葉にアーサー様の顔から表情が抜けてしまいました。
そしてしばらくすると、今度は嬉しそうな表情を浮かべるのです。
「ふ、ふふふ……ノエルの言う通り、お前は間違いなく悪役令嬢だよ」
「失礼ですわ。悪役ではありません。私たち上級貴族は紛うことなく、悪なのですわ」
「ノエル、今、俺も行く!」
アーサー様は、そう叫ぶとテラスからホールではなく、窓から外に向けて身を投げ出した。
「あら……あちらは崖でしたわね」
「そうです」
音も無く私の背後に立った黒子のリーダーに声を掛ける。
振り返らなくても、居て欲しい時に居てくれる、とても優秀な部下なのです。
「潰れる前に回収できましたわね」
「はい、手配済ですので問題ありません」
秘術を加えるには鮮度がとても大切です。
何よりも絶望して死ぬ直前の身体というのが、先に魂が抜けてくれるので、一番鮮度が良いとされているのです。さらに王家の新鮮な死体というのは良いコレクションになるでしょう。
「そうだわ、地下安置室に学院のような階段を作りましょう。そこでダイブするピンクブロンドちゃんと、それを助けようとするアーサー様という風に配置するのです。動く死体劇場としてお客様も喜びますわ」
この言葉だけで明日には階段が出来上がることでしょう。
「お題は……そうね、『乙女ゲーム』とでもしておきましょうか」
自慢のコレクションになりそう。
とても楽しみです。
「ああ、でももう少し麗しい貴族男性がピンクブロンドちゃんの周りに欲しいわね」
私はそう言って、ホールに集まっている貴族を見回した。
誰も私に目を合わせてくれませんでした。
残念です。
すみません、どうしてこんな作品になったか作者自身も理解不能です。
カレンが私の脳内で突然、言い出したんです。
「じゃぁ、喚んでみよう」と……
面白いと思った方、ぜひ下の☆☆☆☆☆で私と一緒に星になったピンクブロンドちゃんのご冥福をお祈り下さい。