宮殿の自室での目覚め
客殿には国内外の客人向けに客室がたくさんある。
その中の一室は、わたし以外の人が使ったことがない。子どものころからわたしの部屋だったのである。
そこは、いまでは暗黙の了解で開かずの間と化している。
ひさしぶりにやって来たけれど、ちゃんと清掃が行われていてきれいなことに驚いた。
すでに宮殿付きの侍女たちの勤務時間外。
だから、フリッツにお願いしてトランクをクローゼットに放りこんでもらった。そして、そのフリードリヒを部屋から追い出し、夜着に着替えた。
お腹が空きすぎている。
見ると、テーブルの上に葡萄酒とサンドイッチが置いてある。しかも、わたしの大好きな西方地域の白葡萄酒とハムとチーズとタマゴのサンドイッチである。
顔見知りの侍女と料理長が準備してくれたに違いない。
ありがたくいただいた。
完食後、寝台を見るとシーツはきれいで上掛けや枕はふっかふかの状態である。
まるで、今夜わたしがやって来ることがわかっていたみたい。
おもいっきり寝台にダイブした。って、ダイブした瞬間には眠りに落ちていた。
翌朝、わりとはやく目が覚めた。
これが屋敷だったら、ヨハンナらメイドたちが交代で起こしに来てもなんやかんやと理由をつけて追い返していた。寝台の上でまどろむあの罪悪感がたまらなく好きだから、結局お昼くらいまでダラダラすごす、なんてことがほとんどだった。
それなのに場所が変わったからか、これからひと暴れふた暴れしようとする興奮からか、パッチリ目が覚めてしまった。
そのタイミングで部屋の扉が叩かれた。
まるで見張られているかのような絶妙なタイミングだった。
「アイ様、お目覚めなのはわかっているのです。入りますよ」
よく知っている声がそう脅してきた。
それは、わたしも彼女も子どもの頃から付き合いのあるベテランの侍女リーゼ・ロイスの声である。
彼女は、わたしが入室を許可するどころかたったの一言も発していないのにカートを押しながらズカズカと入って来た。
焼き立てのパンと卵料理とベーコンのにおいが、ふんわりと漂ってきた。
「グルルルル」
頭よりもお腹の方がくっきりすっきりはっきり目覚めたみたい。
盛大に鳴き始めた。
「おはようございます。遅かったですね」
彼女は、室内を横切るとテラスへと続くガラス扉の前までカートを押して行った。
そして、豪快にカーテンを開けてまわるとガラス扉を開いてテラスへと出た。
「遅かったですね」?
約束かなにかしていたような口ぶりだわ。
彼女の言うことが謎すぎる。
だからなにも応じないまま起き上って寝台から飛び降り、夜着から室内着に着替えた。
それから、洗面室に行って顔を洗った。
石鹸やタオルもあたらしいものが準備されている。
顔を拭いてからテラスへと行った。