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向かう先は……

「フリッツ、どいてちょうだい。急いでいるの」

「アイ、久しぶりに会ったというのにつれないな」

「つれない? どうしてわたしがあなたに愛想よくしないといけないわけ?」


 トランクを振り上げた。彼の向う脛にぶつけてやろうと考えたのである。


「おっと。その手にはのらないぞ」


 彼は、わたしの害意に気がついた。トランクを振り上げた右手から、さっとトランクそれを奪い取ってしまった。


「ちょっと、返してよ」

「返してほしくばついて来い」


 つぎは左手を振り上げた。左手のトランクを彼の腹部にでもぶつけてやろうとした。


 が、左手からもトランクそれを奪われた。


 こちらが口を開くまでに、彼はとっとと歩き始めてしまった。


 宮殿の奥へと。


 ついて行くしかない。


 だからそうした。



 フリードリヒは、わたしのトランクを両手にさげて無言のまま宮殿の奥へと進んで行く。


 見慣れすぎた大廊下の光景。


 初めてここを通る人たちは、どこまで続くかわからない大理石の床、庭園に面した側上方に等間隔に配置されたステンドグラス、壁側に等間隔に飾られている数々の絵画、要所要所に配置されている彫刻や前衛作品を驚愕の面持ちで眺める。


 宮殿でも一番贅を凝らした、というよりかは一番見栄を張ったこの大廊下は、子どもの頃のわたしにとっては庭園や森などと同様最高の遊び場所だった。


 大理石の床に落書きをし、絵画や彫刻にはインスピレーションがひらめくに任せて付け足したり書き足したりした。


 この果てしのない廊下をキャーキャーわめきながら全力疾走する、なんてことは朝飯前だった。


 ほんと、懐かしいわよね。


 フリードリヒの巨獣みたいな背を見つめながら、つくづく過去を懐かしんでしまう。


 さすがにここまで来たら、フリードリヒかれが向かっているのがどこなのかがわかる。


 というよりか、そこに向っている以外考えられない。


「ねぇ、フリッツ」


 大きな背に彼の愛称をぶつけた。


「やめておくわ」


 歩を止めると、彼も歩を止めこちらに体ごと向き直った。


「やめておく? 残念だが、それは出来ない。彼から、なにがなんでもきみを連れてくるよう命じられている」

「傲慢ね。いつもそう」

「ハハッ! 似た者どうしというやつだ」


 大きいけれどやさしい顔にやさしい笑みが浮かんだ。


 彼は、いい人すぎてやりにくい。


 昔からそう。


「ここから動かない、と言ったら? それでも無理矢理連れて行くの?」

「ああ。仕方がないからね。お姫様抱っこでもいいし、小脇に抱えてもいい。きみが恥ずかしがる方法で連れて行くさ」

「嫌な男ね、フリッツ?」

「おれに対してそんなことを思ったり言ったりするのは、きみだけだ」

「あー、もう。わかったわよ。あなたの顔を立てることにする」


 癪だから足早に歩き始めた。


 もう彼の案内など必要ない。


 わたしを連れて来いと彼に命じた人物がどこにいるのか、わかっているから。


 えらそうにわたしを呼びつけた皇太子コルネリウス・ユーヴェルベークは、書斎にいる。


 だから、さっさとそちらに向かった。


「物は言いようだな」


 フリードリヒの笑いを噛み殺した言葉が、わたしの背中にあたり、大理石の床に落下した。


 まったくもう。だから、フリードリヒあなたは苦手なのよ。


 彼に勘付かれないよう苦笑してしまった。


 

 コルネリウスが室内にいることはわかっている。そして、彼もわたしがやってくることをわかっている。


 だから、ノックもなしに書斎の扉を開けた。


 しかも、静まり返った奥の宮全体に響き渡るほど勢いよく開けた。



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